考えさせて
突然の話。
いい話ではあるけど、心が落ち着かない。
引き抜きの話なんて、私とは無縁だと思っていた。
「できるだけ、そちらの要望に沿えるように努力はします」
「はぁ」
情けない話であるが、私が出せる精一杯の声だった。
他の言葉もあっただろうが、この時には頭から消えていた。
「では、本日はこれで。何かありましたら、メールをいただければ、ご相談には応じます」
ではこれにて、と先方が別れを告げる。
「それで、相談しに来たと」
私が相談できそうな相手はただ一人、友人だ。
何かにつけていろいろと言ってくるものの、いざという時には頼りになる。
「いい話だと思うけれど、やっぱしだめかなぁ」
「転職はいくらでもするっていう人もいるけれどね。そればかりは、私もズバッと言い切ることはできないわね」
「えーどうしてよー」
私は彼女に尋ねる。
「だってそれは私の人生じゃないもの。決めるのはあなた自身。ただ、言っておくと、えっと、手野デザイン工房だったっけ。そこはいいところよ」
噂だけどねーと友人は言って、電話は切れた。
翌日、私の上司に辞職を告げる。
「引き抜かれました」
「そっか、寂しくなるね」
「引き止めないんですか?」
慰留とかするという話はよく聞いていたから、あっさりと別れられるのは、なんだか寂しい。
「君が決めたことに、とかく言わないさ。向こうでも頑張ってね」
上司にはそう言われ、いつでも戻ってきていいからね、という言葉を餞別に、私は新しいところへと旅立った。




