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 引き摺られる感覚が消え、ゆっくりと目を開ける。そこは、屋上から見える街や家の並んでいる景色ではなかった。今では珍しい、木材だけで作られた部屋のようだった。だが、それにしては生活感のない部屋だ。ベッドと掃除用具入れとトイレしかない。それに、屋根が非常に低い上、斜めになっている。もしかすると、ここは屋根裏部屋というやつだろうか。テレビでしか見たことのないようなそれに、思わず感嘆の声を上げてしまう。ってことは、つまりここは夢の中ってことか。事実は小説より奇なりとはよく言ったもんだ。ってか、俺はここで何をすればいいんだ?

 ぐるりと部屋を見渡しながら考えていた俺の耳に、ぐわんと不協和音が響いた。


《聞こえますか? えっと、怖い人》

「誰が怖い人だ!」


 この声は、奇抜女子か。誰が怖い人だ。確かに、女子にはよく怖いと言われるが!


《うへぇ、だから怖いって言ってるんですよぉ。あのですね、まだあの人には会っていませんか?》

「ん、ああ、秀のことか? ああ、というか、人っ子1人いないぞ」

《好都合です。いいですか、ちゃんと聞いてくださいね。今貴方はあの人の夢に侵入している謂わばテロリストのようなものです。つまり、貴方はここには本来入ってきてはいけないのです。無理やり夢魔の力で建物のセキュリティのパスワードを強奪したようなものです》

「何か嫌な例えだな」

《事実なのですから仕方ありません。よく考えてみてください。普通、そんなことをしてリスクがないはずがありません》

「何だよ、リスクって」

《夢の中の人達に干渉した時、貴方は現実でもそれが実際に起こります。例えば貴方が夢で死んでしまえば、現実でも死にます》

「やべえじゃねえか!」

《そうです。ですから、貴方には本来の現実から離れて貰う必要があります。今は、貴方の現実での姿ですよね?》

「現実っつうか、まあ、そうなるのか?」

《夢とは、その人にとって幻覚であり現実なのです。つまり、貴方も幻覚を夢での現実にしてください》

「は? 意味わかんねえ」

《貴方ではない貴方を、作り出すのです。何でもいいのです。自分とはかけ離れた姿を想像するということです。そうすれば、夢は貴方を貴方と判断しません》

「う、お。何となくでしか理解してねえけど、頭に浮かべるだけでいいんだな?」

《はい》


 奇抜女子の訳の分からない説明からじゃ、いまいち理解出来ないんだが、姿が普段の俺じゃなきゃいいってことだよな?

 自問しながら想像しやすいように目を閉じる。

 (なん)だ、(なに)がある? 想像力なんて俺にはないってのに。

 思い浮かべるものはどれもモヤモヤとするばかりで、中々はっきりとしたものが浮かび上がらない。ヒーローものとかいいんじゃないか? あ? 顔ってどんなだったっけ?

 少しばかり悩むが思い出せそうになくて早々に諦める。

 じゃあ、格好いいやつだ。っつても、格好いいやつって具体的にどんな顔してんだ? 秀か? いや、和田先輩もか? いや、他人になるっつーのは、あんまいい気しないしな。

 ぐるぐると思考が空回りだけして、一向にゴールが見えない。うーんと唸り声を上げる俺に焦った声で奇抜女子が叫ぶ。


《マズイです! 早くしないとマズイ予感がします! 私の嫌な予感はあたるんです!》


 その声のすぐ後でパタパタと走る音が聞こえた。それは徐々にこちらに近付いている。

 そんなこと言われても出来ないもんは出来ないっつーの!

 思わず目を開けた俺の視界に床に転がった兎のぬいぐるみが飛び込んだ。

 ガチャリとノブが回り扉が開く。思ったよりも勢いよく開いた扉に驚きながらも入ってきた人物に見入った。

 くるりと丸まった毛先を揺らして入ってきたそいつは、こちらを見向きもせずにその小さい手で強く扉を閉めると扉を背に座り込んだ。息が上がっているのを見るに相当急いでいたのだろう。じっとその様子を見ていると、こちらを向いたそいつと目があった。そいつは、ゆっくりと床の兎に視線を落とすと、もう一度俺を見た。


「……大きいウサギさん?」

「おう、何だ」


 自分でも想像力のなさに呆れるが、最後に思い付いたのはバイトで飽きるほどに鏡でチェックした兎の着ぐるみ姿の俺だった。視界は悪いわ、無駄に重いわ、暑苦しいわで最悪だ。何でよりによってこれだよ。


《間に合いましたか?》

「なんとかな」

「何?」

「いや、独り言だ」


 目の前のガキといるときに奇抜女子と話すと気味悪いだろうな。俺は小声で「これから返事しねえけど、気にするなよ」と話しかけた。少しの間があってから了承の返事が返ってきた。


「大きいウサギさん、どうしてここにいるの?」

「まあ、いろいろあってな」

「知ってるよ。大人のいろいろはつごうのわるいことを言いたくないからだって」

「うぐ」


 可愛くねえ。俺が言葉を詰まらせると、目の前のガキは茶髪をふわりと揺らして楽しそうに笑った。流石だな。やっぱりお前は昔から毒舌だったか。

 俺は、少しだけつり上がった目を緩め歯を見せて笑う(すぐる)に目線を合わせて提案する。


「なあ、お前。俺と遊ぼうぜ」


 どうしたら秀を助けれるかわかんねえけど、幼少期(ガキ)が出て来たってことは遊べってことだろ?

 俺は着ぐるみの下で口の端が自然と上がるのを感じていた。秀は一瞬きょとんとして、すぐにぱっと笑顔になる。


「いいの?! 遊んでくれるの?!」

「ああ。そうだな、やっぱり基本は鬼ごっこか?」


 ガキの時に一番やったのは、やっぱりこれだろうと無難な提案をする。けれど、秀は俺が鬼ごっこと言った途端、口を尖らせそっぽを向いた。


「やだ。僕、すぐに捕まっちゃうんだもん」

「情けねえなあ。お前それでも男かよ」

「僕、女だったらよかった」

「あ? 何言ってんだ。男の方がかっこいいだろうが」


 目を見開いてこちらを向く秀の頭を抑えてわしゃわしゃと髪を乱す。何だよ、文句あんのかこら。きゃーと高い声を上げて笑う秀に俺も面白くなって両手で更にぐちゃぐちゃにしてやる。流石に秀も逃げ出して俺から離れた。けれど、その顔は随分と楽しそうだ。


「大きいウサギさん、やっぱり鬼ごっこしよ!」


 そう言うと秀は突然立ち上がり扉を開けた。切り替えの早さに追い付けずにいると、振り向いた秀が泣きそうに呟いた。


「だから、一番に見つけてね」

「おい!」


 扉は無情にも閉まり、俺の引き留めるように伸ばされた手が虚しく空をきった。

 一番に見つけてだと? 俺と秀だけなんだから、一番もなにも、見つけるのは俺だけに決まってるだろ?

 お前は、俺の他に一体誰と鬼ごっこをしているんだ?


「くっそ!」


 兎に角、今は秀を見つけることが優先だと立ち上がる。

 舌打ちをして兎の掴みにくい手でドアノブを引き、俺は愕然とした。扉の先は、おぞましい程に黒々とした空間だった。部屋ではない。飽くまで空間でしかないそこには、何体もの巨大な鬼がいた。口の際からは長い2本の牙が下から生えており、憎悪の塊のような恐ろしい表情をして辺りを探っている。何かを探しているのだろうか。


 髪の長い鬼が笑う。


「おおい、私の可愛い可愛い坊やぁ。出ておいでぇ。お母さんが遊んであげるからねえぇ。憎い憎いあの男と同じ顔を叩いてあげますからねええええぇ」


 髪を結っている鬼が泣く。


「どうしてですか坊ちゃまぁ。こんなに私は貴方を大切にしているのにぃ。一度足を舐めたからって逃げることないじゃないですかああああああぁ」


 白髪の鬼が囁く。


「おいたわしや、おいたわしやぁ。じいやが味方ですぞぉ。さあ、坊ちゃまぁ。早くこっちにくるのです。坊ちゃまの内臓はさぞや高く売れるでしょうなあぁ。だから、早くこっちへ来おおおおおい」


 鬼たちは一斉にある方向を向いた。包丁を振りかざし、涎を撒き散らし、髪を振り乱しながら、鬼たちはどこかを目指していた。俺は鬼たちの目指す先へと着いていった。何故だか悪寒が止まらない。一体、何を。


「見ぃつけた」


 鬼たちは、何かを囲んでいた。俺はそれに近寄り、口を抑えた。そんな、もしかして、これは。

 そこには、沢山の切り傷で血みどろになり、顔を痣だらけにした秀がいた。目は虚ろで、意識があるのかも分からない。鬼たちはそんな秀を上から覗きこんで笑っている。楽しそうに、楽しそうに笑っている。

 一体の鬼の胸ぐらを掴む。


「何が可笑しいんだよ! 秀にこんなことして、何がそんなに可笑しいんだよ!」


 鬼は首をふざけた方向にかくかくと動かした後、こちらを見た。


「一番に見つけるって、言ったのに」

「あ?」


 ぐわりと口が広がり、俺は鬼に飲み込まれ、視界が闇に包まれた。



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