自爆
婚約破棄された上に冤罪で国からも追い出される令嬢。
だけど彼女は「記憶もち」であり、ひっそりと準備を進めており無事に脱出、過去を忘れて自分なりの「平凡だけどファンタジーっぽい生活」を確立した。
一方、彼女を追いだした国の方は……。
今度は逆にファンタジー全開にしてみました。
なんというか、言葉がなかった。
「おまえとの婚約を解消する!」
ああ、そうですか。
聞けば、私は何やら聞いた事もない平民の女の子をイジメ倒した事になっているらしい。ごくろうな事だけど、そもそもその女の子って誰?あなたの隣にいる子なのかしら?
え?白々しい?
はいはい。
しかも、それだけではない。どうやら私は国外追放されるらしい。
そもそも冤罪なのだけど、たとえ有罪だとしても「あなた、ひとの婚約者に手を出さないでくださいます?」って脅しつけたら侯爵家を追い出されて国外追放とか、何それって感じなんですけど。ほんと終わってるわ。
ああもういいわ、好きにすれば?
普通の国なら、王子様がほざいてるだけなら、こんなバカな私刑が実行される事はない。そして、本当にこんな無茶苦茶が通る国ならば、まぁ、その時はそれなりの対応をするまでのこと。
お好きになさったら、ごきげんよう。
そう言い捨てて、私はその場を去った。
何やら王子様のわめく声と共に衛兵が走ってきたけど、それを躱して屋敷に戻った。
そして帰ってみたら、お父様にも出ていけと言われた。王家を敵に回した者は娘ではないそうだ。
本当にひどい話だと思う。
だけど、悲しいことにそれは予想済みだったから、きっちりとお辞儀をして告げた。
「そうですか。ではプリン・タクニカはこれより、ただのプリンとなります。タクニカ家にも、いえこの国にも、二度と戻りませぬのでご安心を。それでは失礼いたします」
「まて!」
「はい?」
呼び止められたから何かと思ったら、
「その服は娘のために買ったものだ。平民の小娘が着るものではない。ここで脱いでいけ」
さすがにムッときた。脅しか何かのつもりなんでしょうけど、そこまで言いますか。
「まぁ。タクニカ侯爵様は平民とはいえ年頃の女に全裸で町を歩けとおっしゃるのですか。なんてことでしょう!きっと今夜には町中の評判になっておりますわね」
その言葉にムッと言葉に詰まったのを尻目に、さっさと部屋を出た。
メイドや執事たちに挨拶していこうと思ったけど、皆避けるように逃げたり顔をそむける。こんなとこにも手が回っているのね。
まぁ、そういう事ならば仕方ない。一方的に別れを告げた。
部屋にもよらず、着の身着のままで家を出た。
馬車も何もない。追放というわりには国境まで護送とかしないのね。どこまでアレなんだか。
……と思ったら、妙な気配を周囲に感じる。
うわぁ、もしかしてそういうこと?
下手に生き延びないように、人けのないとこに連れて行って殺しちゃうってわけ?
これは……さすがにもう誤魔化すのも限界かしら?
本当は見つからない場所に隠れてからやるつもりでしたけど、仕方ないわね。
「……」
魔力を集め、イメージを固める。
雰囲気が変わったことに気づいたのか周囲が動き出すけど、もう遅い。
「『迷彩』」
音と光を曲げて姿を消すと、靴を脱いで走った。
しばらく走り、とりあえず追手を巻いたところで靴を履き直し、脚に強化をかけたうえで迷彩もかけなおす。
「とりあえず、いつもの山小屋までいきますか」
ええ、実はそういう事。あらかじめ準備してたのよね。
私は知っていた。いつかこの日がくる事を。
あれだ、昔よく物語で読んだ転生ってやつね。
あらためて、記憶にある歴史と現実を見比べて、こりゃあダメだと思って。
じゃあ逆に、国外追放となったらどうやって逃げるか。どうやって生き延びるかを考えて。
そのために魔法をこっそり学び、訓練し、この日に備えた。
え?高貴なるものの義務?
それはもちろん考えたわね。
だけど、いくら何でも小娘ひとりで国一個まるごと変えるとか、それは無理。
それに転生の記憶の中のプリン・タクニカの最後は、それはもう酷かったのよ。
町では石を投げられ、罵声を飛ばされ。
食べ物もなく、水の一杯すらももらえず。共同井戸の利用すらも拒否され、もちろん宿も泊まれず。
泣きながら汚れた川の水を飲んで人目を避けて野宿。王都から国境まで、怯えて野宿しながら汚い姿で歩かされるの。
で、ぼろぼろの姿で……どう見ても一般人が仮装したっぽい、にわか野盗の群れに捕まって。
あとはもう、わかるでしょう?
さんざ汚されたあげくに殺され、遺体はそこいらの山の洞窟に投げ込まれるっていう……なんていうか、ざまぁ好きの人でもドン引くレベルの悲惨なラストだったのよね。
いいえ、それだけじゃないわ。
遺体になった私は回収されて王都に運ばれ、綺麗に飾られてわざとらしく泣く人々に囲まれるのよ。
そこまでする気はなかったとか、すまなかったとか、わざとらしく。
要するに、自分たちの株を少しでもあげるために、死んだ私の身体まで利用するの。
そしてお墓はたてるけど、そこに私の遺体は納められない。
言ってもいない遺言とやらを捏造されて、魔力の強い身体だという事で魔石の材料に回される。
そして記憶はいうのよ。「このままいけば、ほぼこの通りの最後になる」って。
冗談じゃないと思った。
あんな私刑の被害者になる事が国のためになるわけがない。
ただあいつらが「ざまぁ」とげらげら笑うために、そして自分たちの利益のために、文字通り骨の髄まで利用される。
ふざけないでよ。
もし、私がこの国にためにできる最後の仕事があるとしたら、このままスパッと姿を消す事よ。それが一番。
さようなら。私の生まれ育った国。
さようなら。一度は本当に好きになった人。
さようなら……。
高位貴族の令嬢なんてものが突然市井に放り出されたとして、ちゃんと生き延びられる確率的はゼロだと思う。
ただ私には前世知識があり、ひそかに準備を進めていた。
知識を蓄え技能を磨き、アイデアを駆使して「生き延びられる確率」をこっそりと上げていった。
もちろん、魔法の才はある程度知られてしまったようだけど。
でもそれは「お嬢様としては」って枕詞がつくレベルに誤解されるようにしたのね。
まぁ、一部の宮廷魔道士の方には「それほどの才がありながら」って嘆かれもしたのだけど、そのような方にはこんな話をして納得してもらった。
「もし無事に王妃になれましたら、その時はまたお勉強を再開いたしますわ。立場が決まらないうちはちょっと」
実際、高位魔法が使えるとわかったら、その時点で国外に嫁げなくなるでしょう?
それでなくとも王太子殿下に婚約破棄されたって時点で貰い手がつきにくいだろうに勘弁してほしい。
そういえば、わかっていただけたのよね。
さて。
物理戦闘の才はからっきしだったけど、幸いにも魔法の才には素晴らしく恵まれていた。
もともとこの世界の青き血の者は魔法に長けた者が多いそうだけど、転生という事もあるのか、記憶の中のプリン・タクニカと比較しても段違いといっていい才能があったみたい。
これはありがたかった。
その才能を私は全力で伸ばし、魔道士として生きる道を切り開いた。
平民として他国に出てから、冒険者と商業ギルドに登録した。
素材の売却などは本来、冒険者ギルドを通した方がいいのだけど、冒険者ギルドの方で迂闊に実績を積み上げると有力な人と見られ、高ランクをつけられて高位貴族や王族からの依頼を断れなくなってしまうのよね。だから、あえて安いの承知で素材のほとんどは商業ギルドにおろし、バランスをとっていった。最悪、冒険者ギルドが無茶をやったら向こうを退去できる可能性も含めてね。
それでもじわじわと、冒険者プリンの名前は有名になっていったけども。
たまにバカも出たけど、お友達も仲間もできた。
私はやっと、平和な暮らしを手に入れた。
そんなある日の事、商業ギルドで不穏な噂を聞いた。
あの国の屋台骨が傾いてしまい、人々が逃げはじめているというのだ。
そんな状況だというのに王は王妃と遊興にふけり、それでいて子供は長男ひとりだけ。
「どうして子どもがひとりだけなのかしら?」
「嘘か本当か知らないけど、どうも王妃様は妊娠を拒否し、避妊薬を飲んでおられるとか」
「どうして?」
「身体の線が崩れるから、と」
「……バカでしょ。でもそれって王様は知ってるの?」
「知ってるみたいだね。諭しても聞かないらしいよ」
「何それ?」
王妃は国母だよ。子を産むのは仕事であって、産めるのにそんな理由で産まない王妃なんて交替だよ普通。
「やばいんじゃないの?もう」
だいたい、そんな話が他国にじゃんじゃん流れてる時点でもアレだし。
「なんでも、王妃様を聖女に見立てて魔物討伐の旅をするらしいぜ」
「なんでまた?」
「聖女税をとる名目でしょ」
「税金の名目なの?なんで?」
「本来の税金はもう上げすぎなんだよ。農村なんて種イモまで食うか死ぬかってレベルらしいぜ」
話の通りなら、もう崩壊寸前じゃないの。
「でもあの女に討伐?無理でしょ?戦う力どころか野宿も無理でしょうに?」
「金にまかせて冒険者を募集しているそうだぜ。あんたのとこにも来るかもな」
「ご冗談でしょ」
「いーや、ありうるね。あんたの前の事もようやく嗅ぎつけたみたいだし」
バカにしたように目の前の女が言った。
彼女は商業ギルドの職員で私の友達だ。私のように個人で長く商業ギルドに卸す者は多くなくて、足りない品目の採取依頼とか調整のための担当がつく事がある。それが彼女の仕事。
で、以前の私の事も彼女は知ってる。
「冤罪で国外追放にした女を、そんなくだらない理由で招聘なんかしてたらまずいでしょうに」
「いやいや、やりかねないよ?あの国ならね」
「そんなやばい状況なの?全然近寄ってもいないからわからないんだけど」
「商売はもちろん、旅行者にも避けろって全てのギルドが警告出してるよ。女の子ひとりで王都を歩けば昼間でも危ないって」
「……なんでそんなことに?」
「原因は色々言われてるけど、きっかけはあんたが叩き出された事でしょうね」
え?
「えって……まさかあんた、昔の自分の評判知らないの?タクニカの聖なる姫ってね。まぁ、それは美しいというだけじゃなくて貴族の厳格さって意味もあったようだけど」
「なにそれキモい」
「自分のことでしょうが」
アハハと笑われた。
「あんたは知らないと思うけど、歩く清廉潔白たるタクニカの聖なる姫が、よりによってイジメの冤罪つけられて国外追放だもの。あんたの存在そのものが王都周辺の貴族のモラルを間接的に支えてたってのに、それが崩壊しちゃったわけで。本当、情けない話だけどね」
「……」
言葉がなかった。
「で、どうする?もし来たら召集に応じる?」
「条件次第かしらね」
「条件?」
「王子、つまり現国王の正式な全面的謝罪と退位、あとは帝国通貨による賠償金かしらね。王妃を排して実家に帰すのもつけるかな?」
「……要するに応じない、と?」
「いーえ、今言った事を本当に実現するなら応じてやってもいいわよ。
あれが退位したら次の継承者はラツウェイ侯爵だもの。王子は小さすぎるし、息子を即位させて実権を握るつもりなら仕事を受けるつもりはない。契約違反として賠償金の上乗せさせてさっさと引き上げるわ」
「徹底してるわねえ……それに従うと思う?」
「契約は全て王家の印璽を使わせて、神の名の元に第三者の前で宣誓させます」
「それでもやらかしたら?」
「そうなったら正当防衛するだけよ」
肩をすくめてやった。
しばらくして、私の住居に見覚えのある騎士がやってきた。しかも十名近く。
祖国の鎧姿のまま、しかもここは下町のど真ん中。
ちょっと。みんなビビってるじゃない、やめなさいよ。
「プリン・タクニカ嬢、王の招聘である。ただちに来てもらおう」
「そんな者はここにはいません。あと何様のつもりですか、さっさと消えなさい」
なんだとと色めき立つ騎士たちに、私はハッキリと言った。
「見たところデンジャークの騎士団のようね。完全武装で他国の町で住民に威圧行為とは、デンジャークはこの国に対して宣戦布告をなさるという事かしら?」
「……なん?」
自分たちが何をしているのかも気づいてないと?
いったい、どんだけバカなのよ。
「もう少し簡単に言いましょうか?
ここはあんたたちの国じゃない。あんたたちが今、ここに、完全武装で立っている事自体がデンジャークの侵略行為であり、デンジャークはこの国に対して莫大な賠償金を払わなくちゃならないの。わかるかしら?……わかってないって顔ね」
ダメらしい。
だったらもういい、このまま捕まってもらおうか。
そんなこんなを考えていると、いきなりピーッと物見の笛が鳴った。
「む、なんだ?」
「なんだ、物見が襲撃でも発見したのか?」
うんうん、発見したよねえ。私の目の前にいる完全武装の敵国の騎士団をさ。
そんなことを考えていたら、遠くにここの騎士団の姿が見えたので私は走り出した。
とっさの事で、バカどもの動きは遅れた。
うむ、そんで私の一言。
「助けてください!デンジャークの騎士団です!王命で国民を誘拐しにきたと!」
「何だと!?」
「!?」
全部本当なのが何とも笑える。
たちまちのうちに騎士たちが殺到して、バカ騎士たちを囲んだ。
「待て、誤解だ!我々はそこのプリン嬢を我らがデンジャーク国王陛下の元にお連れしようとしただけで!」
「国境侵犯にこの町への不法侵入、さらに国家間協定を破り市街地を完全武装で行動!とどめに市民の民家に押しかけ略取未遂だと?我が国を馬鹿にしておるのか!
おまえたち、ただちに引っ立てろ!!腕の五、六本は折れてもかまわん!」
「おおっ!」
抵抗したが多勢に無勢、彼らは連れられて行った。
しばらくして、町の女領主様に呼ばれた。
「いやいやご苦労だったねプリム嬢。彼らは今、賠償金を払わせるかこの国で裁くかデンジャーク国とやりとりの最中だよ」
「ありがとうございます、ご迷惑をおかけしました」
「いやいや。こっちも主権問題だからね。あの国と何があったにせよ、今はここの住民でしかも貴重な人材だ。がっつり守らせてもらうさ」
「光栄です」
領主様はニコニコと楽しげに笑った。
「しかしなんだね、あんたの前で言うのもなんだが、あの国はまずそうだね。シュバーンのヤツは、あと一年もたないだろうって言ってたが、この分じゃ冗談事ではなさそうだよ?」
「そんなにひどいのですか?」
「そりゃま、自分たちが冤罪で国外追放した元侯爵令嬢を、いきなり武力で連れ戻すって時点で終わってるだろ。
しかも国としての謝罪もなく罪状の取り消しもなし。それどころか、国のために命をかけて働くなら追放刑を解き、平民として居住も将来は許可しないでもないって、いったい何様なんだって感じだよねえ?」
「全くですよね……。それで伝えていただけましたか?」
「伝えた伝えた。陛下も意図を悟ってお笑いになられてね、面白い、もっとやれとおっしゃられてね」
「あははは」
以前、この町に陛下がいらっしゃった時、領主様に騙されて謁見した事がある。
あの時も、面白い中に鋭さのある方とは思っていたけど。さすがね。
「ここだけの話だけど、デンジャークの周辺諸国が連合軍を作ったようだね。もちろん目的はデンジャークの解体のようだね」
「それは……でも可能なのですか?」
デンジャークの周辺国は共通の敵がいるというだけで、決して味方というわけではないはず。
「どの国もね、近年のデンジャークからの難民問題に手を焼いてるのさね。最初はあの国の自浄作用に期待していたんだけど……あの国王夫妻ではね」
「援助しても無駄という事なのですか」
「ああ、そういう事らしい。
国民のために援助を送っても、一番いいところを国王夫妻の采配で取り巻きの上位貴族に分配し、国民には何も渡されない事も珍しくないそうでね。あの国は国民を何だと思っているんだろうね」
「……それは」
そこまでになってしまいましたか。
それでは、もう。
「ああ。もうダメだろうね」
私の顔を見て何を言いたいか悟ったのか。
領主様はうなずき、そして大きなためいきをついた。
「そういえばプリン、話が変わるのだけどね。
この間に逢ったデューク、あれの印象はどうだったかねえ?」
「はい、いい方ですね」
領主様の親戚だけあって、下級貴族とは思えないほど高貴な印象の方だった。ちょっぴりワイルドだけれども。
それでまあ……なんていうか。
こんな逝き遅れのために領主様が手配してくれたお見合いなわけですよ、ええ。
「私はいいんですけれど、デューク様は本当に私なんかでいいのでしょうか?」
デンジャークの元貴族で、しかも国外追放なんか食らった女。醜聞の種なのでは?
「デューク坊はね、お飾りの貴族の女よりも実務に優れた女がいいというんだよ。有能なら立場は問わないってね。
その点、あんたなら有能なのは間違いないと思ったんだが、本当にえらい気に入りようでねえ。
まぁ、前の事があるし、どうしてもイヤだというのならあきらめるそうだけどね?」
「そうですか……」
実際、不安がないわけではない。
それに、他国のお后教育なんか受けていた人間だし、この国の社交界でうまくやれるかしら?
結局、嫁ぎ先に魔道と薬学の研究室を作ってもらう事を条件に、デューク様に嫁ぐ事を決めた。
そして一年後。
デンジャーク王国は崩壊、いち自治領として連合預かりとなった。
とりあえずは連合各国の国際共同管理下に置き、相談の末、どこかの国に信託統治を頼む、下位貴族たちの中から代表を決めて独立させる、分割して各国に吸収するなりの道を数年かけて決める事になった。
住民はとりあえずそのままで、上層部を挿げ替えとなったわけ。
元デンジャーク王族一家は、死んだ。平民に落として地方で生活させるようにしたのだけど、王族を憎む現地住民に襲撃され、家ごと焼き討ちされて全員亡くなったそうだ。
そこまで憎まれていたのかと思ったけど、襲撃者の事情を聞けば無理もないと思った。
「村中の若い女の子を村長の息子が奴隷にしていたらしくて、それを直訴するために代表団を送ったそうなんですが。話を聞いた王宮の王妃つき担当官が直訴を認める代わりに女性メンバー全員での夜伽を求め、断ったら書類を偽造され奴隷として売り払われたそうです」
で、かろうじて逃げ出した者から事実関係が判明、激怒していたところで今回の王国崩壊となったとか。
「なにそれ。そもそも王妃様は何をやってたの?知らなかったの?」
「王妃が握りつぶしたようです。
その村は王妃様お気に入りのブローチを納めた村なのですが、愛用のブローチのイメージが悪くなるから表ざたにせず、内輪ですませなさいと眠そうに命じられたそうで。担当はその命に従い、最初から全員売り飛ばして口封じするつもりだったとか」
「……そんなバカな」
そんな、三文小説のバカ王妃も真っ青な話を本当にやらかすなんて。
だけど崩壊した後から聞くに、どうも末期はそんなのが普通にまかり通ってたらしい。
え?で、そのロクでもない王妃様はどうしたのかって?
彼女だけは他の王族と違い、奴隷に落とされて売り払われたのよね。
平民になって地方にいくと決められた際に、連合側が王妃だけは別だと言い切ったらしい。
「たったひとりで一国の国庫を傾け、自分のアクセサリーのために村ぐるみの犯罪を握りつぶすような女を生かしておく理由はない」
私はたまたま偶然から、奴隷商に運ばれる彼女と対面した。デューク様に誘われてお出かけ中だったのだけど。
ぼろをまとった汚らしい女があの、王子にべったりと張り付いていた女だと気づくのに、だいぶ時間がかかった。
だけど彼女の方も同様だったらしい。
あっけにとられた顔をした後に激昂、私をゴミ女呼ばわりして罵倒してきた。
その時の奴隷商のセリフは今も覚えてる。
「一国の王族を操り贅を尽くしたあげくに国を滅ぼした究極の毒婦の分際で、何を言うのやら。
しかも暴言を吐いた相手は、かつて自分が婚約者を寝取ったのみならず、さらに無実の罪を着せて国から放逐した被害者の方ではないですか。まともな神経の者なら、這いつくばってお慈悲を求めるところですよねえ?
いやはや、卑しいという言葉はこのような者のためにあるのでしょうね。全く救いようもない」
「あら、彼女は売り払うのでしょう?商人のあなたがそんな事を言っていては儲けが減ってしまうのでは?」
「ご心配には及びません奥様、これの売却先はもう決まっているのですよ。
この女はね、これから二度と日の光ささぬ場所で鎖につながれ、高貴な方々には想像もつかないような、およそ人間とは思えないような生活を強要され、心身ともにすり減らしていくのです。死なせてすらもらえず、苦しむだけ苦しめられて地獄の中で潰れていくのですよ」
なんでも、周辺の国の平民までとどろくほどの豪奢な生活をしていたらしい。
そしてその当時に元王子以外の王族の反感も買っていたらしく、誰も味方にならなかったのだとか。
哀れなものね。
そういえば。
最近はあまり思い出さないけど、あの『記憶』の中にあるタクニカ令嬢の末路にもそんなのがあったわね。確か変態プレイの好きな秘密クラブに売り払われ、人間用に改造された馬具をとりつけられるんだっけ。ポニーガールっていうらしいんだけど。
え?ポニーガールくわしくって?
ごめんなさい、その、なんていうか、あれは……ご、ご自分でお調べになってくださいな。
もし貴方が責任もてる大人で興味がおありならば、ですけれど。
話を変えましょう。
上はこんなありさまなんだけど、意外なことに下級貴族やその家族は結構まともだったらしい。これは幸いだったわね。
王都の不穏さに彼らは田舎の領地に逃げ帰り、相互に王都ぬきの交流をしていたそうよ。そして王都がおかしくなればなるほど、あんなのと一緒にされたくないって、彼らはむしろまともな領地運営に努めていたとか。
おかげさまで国がひっくり返る事態になっても地方は生き残り、今も良い治安と豊かな生活を維持できているのだとか。何が幸いするかわからないものね。
で、最後に私なのだけど。
えーと……今は結婚式。つまり、あの日お見合いしたデューク様との挙式なのですが。
なんで私、王都にいますか?キラキラの花嫁衣裳着て?
「王族だったなんて、聞いてない」
デューク様はニヤニヤ笑った。
「そりゃ話してなかったからね。何者だと思ってた?」
「貴族の三男坊あたりかしら?」
「大差ないよ。それ」
王族といっても下位で、本当に貴族の三男坊レベルらしい。
上位ではないらしいのだけど。それに無位無官の私と結婚するわけなので、下位貴族になって地方領主に収まるつもりなんだって。
ただ、問題はその領地。
「なんで候補地にデンジャークがあるの……」
「そりゃ連合からの統治依頼だからね。やらないか?俺としても都合がいいんだが?」
そんなおそろしい事をおっしゃるのである。
「君が無実の罪で追放された事は有名だし、生き残ってる元デンジャーク貴族ではぶっちぎりの最高位なんだよ。おイヤでなければ是非って声があってね。
俺も王都にいない方が色々とありがたい。
ただ唯一の問題が君の心情なんだけどね。やっぱり、戻るのはイヤかい?」
「……いえ」
そんな目で懇願されては断れないでしょう。
まぁ、王国はもうないわけですし、タクニカ家も民衆の私刑で殺されて誰も残ってないそうですし。「国にも家にも帰らない」って言い訳はたちますね。
まぁ。
とりあえず、当面は刺激的な生活になりそうだ。