文字が読めますか?
草原は花で満ちていた。
青い草葉の茂みの中に咲く白い花。
辺りに二人以外の人影はなく、ただ風が草原の葉を舐めていた。
「カレン殿はお花がお好きですか?」
じっと白い花を見ていた私に、リエルが隣にしゃがみ込む。
「本物ハ初メテ」
「甘い香りがしますよ」
私は鼻を近づけた。確かにリエルの言う通り、わずかな芳香が鼻孔をくすぐった。
リエルは歩みを進める。
私は遅れないよう、その背に付いていく。
草原はやがて森に変わり、その幹も一重二重に太くなっていく。
「ここには沢山の小動物が暮らしています。小さいですが、ここには人の手を離れた生態系があります。私たちの目的は、こうした森で大陸全球を覆うことです」
リエルは苔むした樹皮を撫でた。子を送る母の気持ちだろうか、少し寂しそうだった。
けもの道の少し先、小川の畔に石造りの水車小屋があった。元は白かったであろう壁面も、すっかり苔と蔓に覆われ、森と同化していた。
「どうぞ」
オールドブラウン色の床板。壁は漆喰で、至る所、所狭しと本や額が積みあがっていた。
「カレン殿は文字が読めますか?」
「ハイ」
私は首を傾げた。
「私には読めません。父は文字の読み方を教えてはくれませんでした」
リエルは手元の本の表紙を撫でる。
ガリバー旅行記だった。
「退屈なのです。父は私に生き物の造り方しか教えてはくれませんでした。本でも読んで、退屈を紛らわせたいのです」
「父……デスカ?」
私は静かな声で聞いた。
「……ええ。私の父は天に住んでいます。父は天から私たちを見守っていると、そして、焼けただれた大地を緑で覆い尽くした暁に、また会えると約束したんです」
「ドウシテ父ニ会イタイノデスカ?」
「え? それは……」
リエルは苦笑いを浮かべた。返答に困ったらしい。
私は機械でリエルは生物。ベースが違うのだから、感覚が異なるのは当然。
「分カリマシタ。私デヨケレバ」
「ありがとう」
リエルは笑みを浮かべた。喜びの表情。私は一先ず、生活の場を得られたようだった。
-20年後-
「何ヲ読ンデイルノデスカ?」
リエルは本を読んでいた。いつもの小屋の前で、ハンモックに揺られていた。
「君主論。マキャベリの」
私はハンモックの下にあった切り株に腰掛けた。
「君主論。私ノ造ラレタ時代デモ古キ良書デシタ。解釈ニモヨリマスガ」
リエルは変わった。昔は野を駆け、木々と触れ合っていたのに、最近は本ばかり読んでいる。
「カレン。一つ、聞きたいのだけど」
「何デスカ?」
リエルは本を閉じ、ハンモックから飛び降りすっと私の前に立つと、じっと私を見下ろし、こう聞いた。
「なぜ、どのようにして、貴女の文明は滅びたの?」