駄目、ですか?
「これなんだぁ?」
「ヒト。ヒト?」
氷河を崩す人間たちの手が止まり、一か所に群がる。
監視官が護衛兵士二人とともに群衆へ近づく。
「散れ」
兵士が剣を抜き、群衆が元の作業場へ戻り始める。だが、その最中にあったのは人間ではなかった。
「どうした?」
見開く兵士の視線の先にあったのは、生前の姿そのまま、氷の中に眠る美しい黒髪の女性だった。
甘い花の香りがして、ゆっくりと瞼を開けた。
私は寝台に載せられていた。薄い木綿の蒲団がかけられている。
「気が付かれましたか?」
私は体を起こした。声のする方を見ると、さび付いた丸椅子から立ち上がる女性がいた。
容姿は無邪気な少女のようで、尖った耳にバーコードの書かれた三角形の札を下げている。
「リエル・セア・アンヘルと申します。お名前を伺っても?」
名を問われ、私は迷う。けれど、すぐに答えた。
「カレン」
「かれん。カレン」
リエルは何度か発音の練習をする。
「カレン殿は変わっていますね。私と同じ匂いがします」
「私ノペンダントハ?」
そう言うと、リエルはポケットをまさぐった。
「少し調べさせていただきました。人間の血ですね。経年劣化しないよう、変わった酵素が添加されているようですが」
私は差し出すリエルの手から、ペンダントをもぎ取った。
「ココハ何処?」
「エルフランド。神代の地名は分かりませんが、私たちはエルフランドと呼んでいます」
リエルは私の手を取った。
「お出かけしませんか?」
「ナゼ?」
「私、貴女に見て頂きたいものがあるんです」
「……」
「駄目、ですか?」
『駄目かな?』
どうして今、思い出したのだろう。
「行きましょう」
手を引かれ、私は立ち上がる。
リエルは扉を開け、私は草原に足を踏み入れた。