いらっしゃい
朝人登場。
「終わりました──」
引越業社の人が、帽子を取って尋子に言う。額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
「ありがとうございました。助かります」
「いえいえ。それでは、ご利用ありがとうございました──」
そう言って、引越業社の人たちは頭を下げてからトラックに乗り、走り出した。
「……さてと、あとは皆が帰ってきてからね」
そう呟いて尋子は家に入り、買い出しの準備を始める。
「やっぱり、男の子だから多めに買った方がいいかしら」
頭の中でイメージしながら、尋子はスーパーに向かった──
*
尋子が買い物から帰ってくると、既に麻奈美が帰ってきていた。
スーツ姿ではなく、もう部屋着に着替えている。
「あら。早いのね、麻奈美ちゃん」
「うん。今日は早くあがれたから──それに、今日来るんでしょ。男子」
「そう。朝人くん──だから今日は多めに買っちゃった」
と尋子は袋から買ってきた物を取り出す。
「とりあえず、今日はカレーにしようと思って」
「カレーかぁ。確か、私と世津奈が初めて来たときもカレーだったよね」
「そう。もうしきたりみたいなものね──」
と尋子は野菜を刻んでいく。
その音に混じって、玄関の開いた音がした。
「ただいま──」
「おかえり。世津奈ちゃん」
制服に身を包んだ世津奈が、入ってくる。
「ほんとに今日来るの?」
「来るわよ」
「……だよね──」
夢じゃなかった……と世津奈は落胆する。
「まあまあ、大丈夫でしょ。イケメンだった?」
「麻奈美ちゃん、それは自己判断してちょうだい。イケメンかは別として、大人しそうだったわね──」
そんな会話を聞きながら、世津奈は自分の部屋に向かった。
部屋に入って、部屋着に着替える。
「はぁ……」
緊張するなぁ……。そんなことを思いながら、一階に戻る。
──ピンポーン
するとチャイムが鳴った。
「世津奈ちゃん出られるー?」
「はい。出られます──」
ちょうど玄関前に来ていたので、尋子に返事をしてから、ドアを開けた。
「はい──」
「ぁ……えっと、こんばんわ。広岡です。心羽さんいますか?」
「はい、ちょっと待ってください──尋子さーん、お客さんでーす」
奥に聞こえるように言って、広岡を玄関に通す。
「はいはーい──ああ、いらっしゃい」
そう言って、尋子がやってくる。
「よく来たわね、朝人くん」
「どうも……」
と広岡、もとい朝人はぺこりと頭を下げた──
*
リビングに通して、尋子が紹介する。
「はい。今日からお世話する朝人くんです」
「……はじめまして。今日からお世話になります、広岡朝人です。よろしくお願いします」
とまたぺこりと頭を下げる。
「私がこの心羽家の大家、兼皆の母親の心羽尋子。知ってると思うけど、よろしくね」
「はい」
「私、横山麻奈美。OL、よろしく〜」
「はい……」
と一瞬朝人は苦い顔をした。
だが、一瞬のことだったので麻奈美は気づいていない。
「えっと、新原世津奈です。高二です。よろしく、ね」
「よろしく」
とりあえず紹介が終わったので、尋子はキッチンに行く。
「……じゃあ、我が家のルールは、ご飯食べながらにしましょう。朝人くんの部屋は二階の手前ね。わかると思うけど、世津奈ちゃん案内よろしく」
「ぇ……はい──」
少しぎこちなく、世津奈は先導していく。
「こっち──」
「うん」
二階に上がって、部屋を指差す。
「ここ、です」
「ありがとう」
そう言って、微かに笑った。
そして朝人は、ドアを開けて入っていった。
一瞬見えた室内は、青色が基調の、落ち着きのある部屋だった。
「……あ、下行ってるから──」
とドア越しに言って、世津奈は階段を下り始める。
さっき笑ってた? と思いながら。
*
「ふぅ……」
朝人はリュックを机に置き、一息つく。
そして制服をハンガーにかけて、楽な格好に着替える。
「……よし」
と朝人はとりあえずスマートフォンを持って、部屋を出た。
一階からは、香ばしいカレーの匂いが漂ってきていた──
次回、心羽家のルールと朝人が苦い顔をしたわけ。
休日投稿のつもりですが、不定期かもしれません。