四「着床」後
4
「着いたぁ!」
ブリッジの全員が叫んだ。
眼下には巨大なガス惑星が広がっている。
見たこともない色と模様に彩られて。
「皆に到着を知らせて、疑似重力を再開してくれ」
「了解」
タルルカはマイクのスイッチを入れた。
「え~、着きました。目の前には、モッペザイルみたいなでっかい惑星があります。惑星ケッペマンザです。え~、見たこともない模様で、その、ケッペマンザのうねうねは川のせせらぎに似ていとをかし……」
「こら、なに訳の分からんことを」
感極まってとりとめのない事を話しているタルルカをカンザルが突ついた。
「失礼しました。ブザーが鳴り終わり次第、疑似重力を再起動しますので、皆様、所定の位置に着いて下さい」
気を取り直したタルルカは、本来の台詞をアナウンスするとマイクのスイッチを切り、機械係の方に合図を送った。
暫くして、疑似重力が起動されるガコンという振動が響いて来た。
ブリッジの皆がとりあえず一安心して、伸びをするなりあくびをするなりした。
「ところで、なんじゃい?『うねうね』って」
カンザルが困ったような顔をしてタルルカにきいた。
「模様見てたら、青いのがうねうねしてたんで。ほら、船長うねうね」
「ああ、うねうね」
「ライルヒ、ついたよ」
重力が戻ると、真っ先にナグワはライルヒのもとに現れた。
既にカプセルは開いており、降りる用意をしている所だった。
「あ、ナグワ。おつかれさん。こっちは快適だったわよ」
「そりゃよかった」
「ものすごく、退屈だったけどね」
そう言いながらライルヒはカプセルを降り、おもいきり『ノビ』をした。
「ふぁああ。そういえば、さっき航海長がうねうねがどうのこうのって。なんだろう」
「さぁ。とにかく、新しい星系の景色を見に、食堂に出てみようよ。みんな先に行ってるよ」
二人は、カプセルのある部屋を出ると、廊下に出て、三度ほど角を折れた所で食堂入り口の階段にたどり着いた。
「おおっと」
それを三段ほど降りた所で、二人は声を上げながらよろけて、立ち止まった。
急に疑似重力が弱まったため、思わずバランスを崩したところだった。
『みなさん、一か所に集まり過ぎです!重さで進路が不安定になるので、疑似重力を弱くしました。』
そこへ、タルルカ航海長の声で放送が入った。
「これじゃ、重心も偏るわな」
ナグワが簿そりと言った。
さらに半分ほど段をおりてみると、もう、なかは集まって来たおよそ百五十名の乗員たちでごった返していた。
二人がかき分けるようにして窓辺によると、いつもよりだいぶゆっくりと星空が回っていた。遠心力で作っている疑似重力を弱くすることは、船の回転を遅くするのと同じことになる。
窓辺に取り付いたときは、何の変哲もない星空だったが、回転して行くに連れてゆっくりとケッパマンザ星をとりまく大きな「輪」が視野に入って来た。
その「輪」は、見なれたモッペザイルの物と同様に岩や氷から出来ているのか、少々色合いが違う他は、似たよう姿をしていた。
そして、もうしばらくたつと、ケッペマンザ星本体がゆっくりと見えて来た。
「うねうね、だな」
「ええ、うねうね」
食堂の端、星が先に見えてくる当たりから、口々に「うねうね」という言葉が聞こえて来た。
「うねうね、ってなにかしら?」
ライルヒは窓に張り付くようにして星の方をみた。
「すごい、うねうねだわ」
「うねうね」
星が目に入ると、ナグワもライルヒも、思わずつられて「うねうね」と言っていた。
眼下の大惑星は巨大なカンバスとなって眼下に広がっていた。
赤茶色いガスの間に、水のような青さを持った別のガスの流れがあり、それは「せせらぎ」というにはあまりに壮大な川の流れのごとく、縦横にうねっていた。ところどころに身うけられる、赤や緑の斑点が微妙なアクセントをかもし出している。
「美しい」ともまた違うその姿は、全てを超越した魅力にみちており、タルルカの現した通りの「いとをかし」という言葉以外にあてはまる形容詞はあり得なかった。
「『ケッパマンザのうねうねは、川のせせらぎに似ていとをかし』か。なんか、心には残らないけど、頭に残る響きだな。忘れられなくなりそうだ」
ナグワはぼそりととつぶやいた。
5
「ふぅ、やっとみんな自室に戻りましたね」
タルルカは食堂に偏っていた質量が全体に散ったのを見て、疑似重力を元に戻した。
「まったく、これから忙しくなるってのに、浮かれよって」
横ではカンザルが腕を組んで外を見ている。
ひと休みしたら、早速この星系の調査を始めなければならない。さっきまで浮かれていた連中は、全てそのための要員なのだ。今までは、ただのお荷物だったが。
「しかしまぁ、おれたちだけ、老けましたね」
タルルカは、窓に映る自分を見て言った。
「何を言っておる。まだまだ、若いくせに」
「いや、ね。娘のことを考えてたんですよ。もう大人になっちゃったんだろうな、って」
「そら、なるだろう。今頃、子供を産んでるかもしれんよ」
「うわわわわ……」
「ばか言うな。子をなし、育てていては不満かね?」
「いやそんなことは。ぎゃくに、元気にそこまで育ってるか、心配ですよ」
「わっはっは。大丈夫だ、ナフがついている。タフな子に育ってるはずさ」
「あわわわわ……」
おもわず、頭を抱えるタルルカ。嬉しいような、辛いような。親父みたいにタフな娘・・・・まるで、おふくろだ。
「ほれ、タルルカ航海長!」
呆然とするタルルカを、ナフが小突いた。
「貴様も、次の準備をせんかぁ~!」
『ケッペマンザのうねうねは 川のせせらぎに似て いとをかし』
その言葉の通りに不可思議な姿の惑星、その上空にいったん足を止めたケッペサ号の中では、慌ただしく星系調査の準備が進められていた。
そして、この言葉は、言った本人の意思に関係なく人々の頭に残り、なんと、語り継がれてしまうのだった。