弐「飛翔」
広い広い草原のあちこちに、身の丈ほどもあるキノコぷかぷかとが浮かんでいる。
その「足」をよく見ると、どこかに飛ばされてしまわないように、杭にヒモで括りつけられていた。
そのキノコは「モッペドンド」。
カサの下に生えた毛で重力を弾き、宙に浮いている不思議な生き物。
巨大ガス惑星「モッペザイル」が原産だが、ちょっとした工夫により、ここ惑星「ホンザイル」に適応させられていた。
1
「おじいちゃん、昼間なのに、お星様みえるよ」
小さな女の子が、大きな老人に向かって言った。
「あれはねえ、大きなお船なんだよ。これから、遠くまで旅に出るんだ」
老人が答えた。
二人は、「巨大キノコ」モッペドンドが浮かんでいる草原の片隅にいた。
老人は毎日それらを見回り、デンプンでできた餌、というか肥料を与えている。
「ナフ、もうすぐお昼よ。家に戻っておいで。」
草原の丘の上にある小屋から、これまた大きな老女が現れた。
「お~う。さぁ、ネフスワ、婆ちゃんとご飯を食べようか。」
「はーい。」
小屋の中からは、モッペドンドが焼けるいい香りがして来た。
つられるように二人は小屋に入っていく。
栽培が容易で、栄養に事欠かないこのキノコは、ナフたちが若いころの食糧難を、一気に解決させた。それ以来、モッペドンドはホンザイルの主食の座についていた。
食事が終える頃、小屋におかれた端末のブザーが鳴った。
そして、一人の若者の顔が端末のスクリーンに映された。
『やあ、父さん、久しぶり。ネフスワも元気かい?』
若者はそう言って、画面の中で手を振った。
「わー、パパ、パパぁ!」
幼いネフスワは、画面に張り付くようにして声を上げた。
「おお、タルルカか。そっちはどうだい?」
『もうじき、出発さ。多分、この通信が最後になると思う。ほんとは、辛くなるからやめようかと思ったんだけど、挨拶もなしじゃ、と思ってさ』
ナフたちの息子、タルルカは照れくさそうに言った。
「おやまあ、もう行っちゃうんかい。気をつけて行っておいでよ。」
『かぁちゃん……学校に行くみたいに言わないでおくれよ。行き先は遠いんだから』
「あら、関係ないわよ。ま、いない間、ちゃんとネフスワの面倒は見るからさ」
『頼む。あと、兄貴たちによろしく。きっと帰ってくるからさ』
そう言うと、タルルカは下を向いてしまった。
それを見たナフが、画面に向かって「がはは」と高笑いした。
「なーにしょげてるんだ。安心せい、帰って来れなくなったら、俺の方から行ってやるわい!」
『それじゃ、父さん――また。』
2
「それじゃ、父さん――また。」
『おぅ、吉報を待ってるぞ』
タルルカは通信機のスイッチを消した。
そして「ふぅ」とため息をついた所に、「なんだ、元気がないな」と、声をかけられた。
「あ、カンザルおじさん」
「『あ』じゃないっ!これから船出だってのにシケた面しやがって」
カンザルと呼ばれたこの男、ナフの長年の親友にして相棒。タルルカのことなど、産まれる前からよく知っている。
「でだ、タルルカ。頼むから、公の場ではちゃんと『船長』って呼んでくれよな。」
「あ、アイアイサー」
「だから、『あ』じゃねぇと。おっと、言うの忘れてたがな、一番寂しいのはお前の親父さんなんだぜ。この『ケッペサ』号の完成をどれほど待ち望んでたかってーの」
「体さえ、悪くなけりゃ……父さん、あんなにタフだったのに」
「世界一タフなやつら」の方割れと言われたナフだが、この「ケッペサ」号の完成を見ずに一度病に倒れていた。今は普通に生活できるほどにまで回復したが、以前のように宇宙を飛び回ることなどできない。
本来なら、ここにいるのはナフのはずなのだ。
「タルルカぁ~。お前、体力も学力も、ついでに図体も若いときのナフ以上だってのに、どうしてそうも肝っ玉がチイセエんだ?」
「知らないっすよ」
タルルカはシケた面をしかめっ面に変えながら通信室の席を立ち、ブリッジへと向かった。
ブリッジへと向かう通路の窓からは、「ケッペサ」号の巨大さが垣間見れた。
全体的な形は、おおむね円筒形。
居住区だけでも、百五十人あまりのクルーが十分に暮らせるだけのスペースが有り、さらに、多少は「できちゃった」なんてことが有っても大丈夫なだけの余裕ももたせた。
食料や水も十分に積んである。
そして、円筒の外側に突き出たアームの先に、四基の重力エンジンがついている。
「カンザルおじさん、ちょっと聞いていいかな。」
窓の外を眺めながら、タルルカが言った。カンザルが「なんだね」と答える。
「『ケッペサ』ってヒト、こんなすごいフネの名前になるほど凄かったんですかね?」
「なんだ、いまさら。重力子プロペラ推進の、生みの親だぞ。」
カンザルは船尾付近に並んだ、巨大などんぶり状の物体をさして言った。
「父から聞いたのは苦労話ばかりさ。一応『先生』とは呼んではいたけど。人力宇宙船の話は、百回は聞かされたね。」
「わはは、あれは前代未聞だからな。金がねえから、人力にしたんだと。」
「地上から人を呼び出すくらいなら、モーターつけた方が安上がりだと思うんだけどな」
「知るか、ンなこと。死んだ後にでも、あの世の先生に聞いてこいや」
人力宇宙船を作った時点で既にかなり年を取っていたケッペサは、この「ケッペサ号」計画の開始以前に既に他界している。
「それに、人力宇宙船とこの船とじゃ、違うのは大きさと動力だけなんだぜ」
「おじさんも、極端ないい方だなあ」
「極端なものかよ。モッペドンドの傘下の毛皮を逆立てて、それをプロペラへ後ろ向きに貼付けて回す。そうすると、前に進む。それだけだ。」
「そのくらい、分かってるさ。重力と同様に、遠心力も毛の方に弾いてしまうから『斥力』が産まれて、推進力になるって言うんだろ?」
タルルカは腕をぐるぐる回しながら少し動き回ってみせた。
「分かってるじゃねえか。ついでに、ケッペサ先生の偉い所は、そのままじゃ毛皮が干涸びちまうから、どんぶりに空気と水蒸気を入れて、ふたをした所よ。」
「それ、本物のどんぶりだったって、本当ですか?」
「ぶゎっ、がははは、そんなわきゃねーだろ!空気が漏れたら、一巻の終わりだぜ。」
「あはは、そうですよね。」
二人は、再び窓の外に見える「巨大どんぶり」を見た。
その中には、人力宇宙船とは比べ物にならないほど巨大なプロペラがおさめられているのだ。それを作るのに、膨大な量のモッペドンド皮が使われている。
膨大では有るが、一般人に取って皮は「喰った余り」。食品加工業者に頼めばいくらでも手に入るのだった。
3
「ケッペサ」号の胴体から、それまで畳まれていたパネルが、一段ずつぱたんぱたんと広げられていた。そして、巨大な船体の何倍もの広大な一枚板にまで広がると、ようやく止まった。
それは、発電用のソーラーパネルで、母なる陽、メンザイルの光を受けて黒光りしている。
「充電開始します。」
ブリッジからその様子を見ていた、「ケッペサ」号技術長のツォンが言った。
「了解。蓄電が終了次第、発進する。総員、発進準備!」
「船長」カンザルが言った。
大量の蓄電装置をもった「ケッペサ」号の充電には、まだまだ時間がかかる。その間に、熱源確保と予備電源用の反応炉に火が入れられた。
各所に設けられたハッチやゲート類が次々と閉じられ、取り付いていた小舟や設備がどんどん離れて行くのが、ブリッジからもよく見て取れた。
同時に航法支援装置が立ち上げられ、ブリッジのメインスクリーンには図や文字がずらずらと表示される。図上のコースは、一見するとメンザイルに突っ込むかのようだ。
「人工重力、始動」
「人工重力、始動」
カンザルが命じ、タルルカが復唱する。
ブリッジ後方でがたんと言う音がして、円筒形の船体が回転しはじめた。突出しているブリッジだけは、ジャイロにより停止状態を保っている。
しばし待つ……。
ゆっくりと船体の回転は加速し、遠心力により十分な疑似重力を得られるようになった頃、充電状況を示すメーターは最大値を示していた。
「よし、『ケッペサ』号発進!」
「発進!」
命じ、そして復唱。
「……おい、タルルカ。復誦したら、始動しろや」
「あ、はい。重力子ファンエンジン、始動!」
ウイーンというモーターの振動とともに、「どんぶり」の陰に有る、モッペドンドの皮が貼付けられたファンが回り出した。
同時に、ゆっくりと『ケッペサ』号が動き出した。
「じゃ、改めて『ケッペサ』号発進!」
「発進!目標、恒星ケッペザイル!」
4
「あ、おじいちゃん、大きなお船が動き出したよ!」
「どれどれ――おおっ!とうとう動き出したな。」
夕暮れの散歩道……。
ふと、ナフとネフスワが空を見上げると、星々の中に混じって一際大きな光の点が、ゆっくりと動き出していた。
「ほら、ごらん。パパのお船だよ。いまから、パパはおでかけだ。」
「いってらっしゃーい!」
「おっと、そんなんじゃ、パパに届かないぞ。」
「い・っ・て・ら・っ・し・ゃーーーー!!」
星の海から age1-第弐話「飛翔」 了