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壱「黎明」 前


「ナフが、モッペドンドの養殖に成功したそうだ」

 そんな噂が、ホンザイル中央宇宙基地内に広まった。


      1

 ナフとカンザルが巨大ガス惑星モッペザイルにはじめて降りてから、既に十四回の降下が行われた。

 そのうち、三回はカプセルごと行方不明という悲しい結末に終わり、二回はトラブルで中断し撤退してきた。それでも、残りの降下隊は順調に帰還をはたし、貴重な資料を大量に持ち帰ってきた。

 成功した九回のうち、なんと、ナフはその五回に参加していた。トラブルで帰ってきたうちの一回も、生還することを第一に考えたナフの判断だった。

 図体はでかいが器用で、肉体的・精神的にタフな彼は、適時的確な行動をとり、降下隊を生還させ続けてきた。

 そんなナフだが、前回の十四番目の降下を最後に、引退が決まっていた。

 心身ともにガタがきた、というタテマエだったが、実のところ他にやりたいことが沢山あったのだ。


      2 

「なぁ、ナフ。結局、喰い意地だろ。」

 長年の相棒であるカンザルはそう答えた。

「自然保護と言え、自然保護と。」

 科学アカデミーにあるケッペサ教授の研究室に二人はいた。

 彼の最後の降下、第十四次降下隊の時のことが、ナフの今回の行動のきっかけになっていた。

「だってよ~、カンザル。母船から巻き網をおろして、でっかい船一杯のモッペドンドを採ってきたんだぜ」 

「美味そうに喰ってただろう。」

「まぁ、そらそうだが。・・・・じゃなくて、だ。このまま採り続けたら、生態系がおかしくなっちまうだろ、っての。」

「そうだなぁ、こっちの食糧事情もあまりよくない。クセになる可能性は高いな。」

 ホンザイルは、自然破壊と人口増加の影響で、広範囲に渡って飢餓状態に陥っていた。そこにきて、栄養価が高く、安全で、なんといっても美味いモノが手に入るというのだ。それも大量に。

 そこへ、研究室の主であるケッペサ教授が現れた。

「ただいま。お、なんじゃ、でかいのがお揃いで」

 かつての教え子二人をみて、ケッペサは目を丸くした。

 小柄なケッペサからみると、二人はまるで別の生き物のようだ。

「先生に折り入って頼みがあって来たのですが」

 ナフがでっかい頭を下げた。

「ああ、大漁の件か。あれで、何万人かが生き延びたらしいが。」

「あんなことを続けてたら、モッペザイルが干涸びちまうと思いませんか?」

「そうじゃなぁ。いっぺん行ってくると、だいぶ儲かるから、スポンサーも沢山ついとるようだしのぉ……」

 そこが最大の問題かもしれない。

 降下部隊以外にも、既にモッペザイルには三十回以上探査船が派遣されており、安全な航行に十分なノウハウも蓄積されていた。

 たしかに、莫大な資金は必要だったが、一度行くと大量の燃料資源ヘリウムやメタンなどや水資源(氷で出来た『輪』の一部)、そして今度は食糧まで調達できるのだ。牽引して来た巨大な氷の固まりを、砕きながら地上に投下するプロジェックトなどは今も進行中だった。

「やれやれ、目先の事しか考えない連中ばかりだ」

 ケッペサはシワシワの手で頭をかいた。

「どっこらしょっと。で、本題は?」

 ちょっと豪華な自分のいすに座るケッペサ。

「あのキノコ、多分、養殖できる。」

 自信ありげにナフが言った。ケッペサが「ほぉ」と関心を示す。

「前々回採って来たうちで生きてるのを何個か持って来て、こっそり実験してるんだ。今度、みてくれませんか?」

「ナフ、お前、いつの間に」

「おっと、カンザル、とりあえず、な。」

 ナフは口を押さえる動作で、カンザルに口外無用と伝えた。

「みてもいいが、わしは航空工学が専門で、なんだか分からん。生命工学のノノルア先生も連れて行っていいかの?」

「ああ、お願いします。場所は、俺の家。場所を書いておきます。」

「あいよ。ほぇほぇ……面白い事になって来たかの」



     3

 ナフの家は、だだっ広い基地のはずれ、広大な飛行場に面した、薮の中にあった。

 翌日、陽がちょうどてっぺんまで上った頃、ケッペサはノノルアをつれてを訪れた。

 が、呼んでも誰も出てこない。

 二人が困り果てていると、飛行場の方からカンザルが走って来た。

「先生、お待ちしてました!申し訳ないんだけど、ナフの奴、まだあんな所で遊んでやがって・・・・。」

 そう言って、カンザルは空を指差した。

「ほぉほぉ、巧く風に乗ってるのお」

 上を見ると、誰かが落下傘にぶら下がって漂っていた。

 スカイダイビングは訓練科目の一つであり、隊員たちのレジャーの一つではあるのだが、客が来るときにやってる場合ではない。

「あいつ、朝からず~っと降りてこないんですわ。忘れてるかもしれないから、無線で呼んでみます。ナフ!いつまで飛んでるんだ?」

『た~す~け~て~く~れ~』

 無線機から、ナフの情けない声がした。

『降りれねぇんだよ、腹減った、のど乾いたぁ~』

 世界一のタフガイとは思えぬ台詞。

「ちょっと、無線機をかしておくれ」

 それを聞いたケッペサが、カンザルから無線を借りた。

「なにやっとるんだ。」

『あ、先生。モッペドンドの革で落下傘作って、飛んでみたはいいが、降りれくなっちまったんだ。』

「アホか。巧く風に乗ってると感心してたのに。まずは、少し畳んでみれ」

『とっくに、やってる~』

「横に揺すってみるとどうだ~?」

『揺すると、かえって上っていっちまうんでさぁ』

「ほぉほぉ……お~い、ナフ、降りたいかぁ?」

『お~ぅ。あったりめぇでさぁ~』

「ムリじゃ~」

『そんなー』

「ウソじゃ~。とりあえずヒモ切って、予備ので降りてこ~い」 


      4

「はーはぁ。空中で飢え死にするところだった。」

 予備の落下傘を操り、どうにか家の近くに降りたときには、ナフはもうふらふらに疲れ果てていた。

 メインの落下傘はというと、ナフという「重し」がなくなるとすぐに傘の形を失い、しわしわになって落っこちた。直前まで降りるのを散々拒んでいたのがウソのように。

 カンザルは、すぐに落ちた落下傘を取って戻って来た。

 それをケッペサが「ちょっと見してみぃ」と奪い取ると、しげしげと見つめた。

「ナフよ、モッペドンドの革をツギハギするのはいいアイデアだ。でも、「毛」の生えた方を内側にしちゃいかんよ。あ~、それも、カサの内側の革を使っとる。」

 ナフとカンザルが「へ?」と固まった。

「モッペドンドは、カサの内側にある皮膚の表面で重力をはじいて浮いておるからのぉ」 

 ケッペサはこともなげに言った。

「おっと、何も聞かなかった事にしておくれ」

 ケッペサをのぞく三人はあっけにとられている。

「コレ、ナフ。何をしておる、案内せんか」

 ぱんぱんと手を叩いて促すと、ケッペサたちはナフの家に向かった。


 入り口の戸を開けると、すぐそこに一つ、小さく丸っこいモッペドンドが浮かんでいた。

 ナフはそれを軽く小突いて室内に押しやり、皆を中に呼び入れた。

「見てくれ。どうってことはない。もう、ホンザイルに適応しちまった。こいつは、持って来たやつから数えて、三代目になる。」

「いったい!?」

 ここで初めてノノルアが口を開いた。

「なぁに、はじめはモッペザイルに近くなるよう、室内をメタンで一杯にしてやった小屋に入れておいたのよ。そしたら、まぁ。順調に育ったわけだ。」

 ナフは庭にある小屋を指差した。

「実験室でも、そうしてます。」

「俺も、はじめはそうしていたんだが、だんだんに小屋の空気を外気と近づけてみた。そうしたら……」

「だんだん弱っていきますよね」

「そう、そうだった。でも、エサを与えたら元気になった。」

 元気になったと聞いて、驚くノノルア。

「エサって、何を?」

「肥料と言った方がいいかな。デンプン粉を重水で溶かした物をぶっかけたんだ。そしたら、喰ったというか、頭に生えているウブ毛から吸収して、しばらくして元気になった。」

 そこまで話したところで、ケッペサが「ほぉ」と言って、指を鳴らした。

「傘の下の毛は、重力をはじいて、上の毛は栄養を吸収するのか」

「らしいですね。それで、何日か経ったあと、一つを小屋から出した。」

 ノノルアが「どうなった?」と聞くと、ナフは小屋の横にある棒を指差した。

「すぐ死んじまいました。変な話だが、墓をたててやった。」

 そしてしばらく黙っていた後、こう付け加えた。

「ところが、その死体から、次々と小さな子供が生えて来たのさ。あれには、びっくりしたねぇ。」

 ナフは、何かをぱあっとばらまくように両手を広げた。

「そして、その子供は死なずに次の子供を産んで……いや、子供が生えて、またそこから子供が生えて、そいつがそこに浮いてるヤツよ。」

「ほぇほぇ、産んだと言うか、湧いたというか。」

 よくわからんが感心するケッペサ。ノノルアは口を開けて固まった。

 カンザルは「ぶはは、いい加減なイキモノだなぁ」と笑っている。

「で、だ。十分に育った二代目を昨日のうちにシメて、バラしてある。この時間に先生がたを招待したのは、いわゆる昼メシだ。カンザル、手伝ってくれ。」

 カンザルが「おぅ」と返事をし、テーブルの用意をして、ケッペサとノノルアを案内した。その間に、ナフはキッチンの加熱調理機になにやら放り込んでいる。

 前日のうちに仕込みをしておいたので、暖めるだけだ。


 数分後。

 美味そうな匂いを漂わせながら、いくつものキノコ、いやモッペドンド料理がテーブルに並べられた。

 鍋で煮たもの、串焼きにしたもの、カリカリに揚げたもの、そして「生」。

「さあ、喰ってください」

 ナフが勧めると、各々が好きな物を掴んで口に放り込んだ。

「へぇ、いろいろな食べ方がありますね。なんとも、美味いじゃないですか。」

 ノノルアが口をモゴモゴさせて言った。

「この揚げ物はイけるのぉ……。生は(ゴニョゴニョ)年寄りには喰いにくくてかなわんわ(グニャラグニャラ)。」

「そうですか?俺は生が一番だと思うんですがねえ」

 生ではコシがありすぎて悪戦苦闘するケッペサを横目に、カンザルがもりもりと喰いあさる。 

「サンプル、一匹……というか一つくださいませんか?」

 口をモゴモゴさせながらノノルアが言った。

「ええ、どうぞ。小さくてよければ。」

 と、ナフは席を立ち、隣室の扉を開けた。

 大小様々なモッペドンドが扉をくぐってゴロゴロとあふれてきた。

「いやぁ~~、増えちゃって増えちゃって。一つと言わず、何個でも。」

 横では、ケッペサが思わずげらげら笑い出した。

「ぶははは。よう分からんが、笑ってしもうた。わしにもくれんかの。」

「あははは!喰いますか?」

「喰うとも。」

「じゃんじゃん、喰ってください。所で、ノノルア先生。お願いがあるのです」

 ナフは、少しだけ真顔になって言った。

 ノノルアは、丁度串焼きにかぶりついたとろで「なにかね~」とモゴモゴ答えた。

「早いところ、裏付けとって、発表しちゃってくださいな。いつまでもウチでこっそり栽培してたら、家がキノコで溢れちまいます。」

「そうだな。さっさと、公にしてしまおう。自然保護のためにも、ホンザイルの食糧事情のためにも。」

 それを聞いていたケッペサが、「んー」と一つ唸って、口を挟んだ。

「行動には注意が必要じゃよ。うまく行くと困る連中もおるからのう……」


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