浮かれていると、ろくなことにならない
不定期ですみません。
よろしく俺害します。
今日は桃子が俺の家にやってくる。
俺の心臓は弾けてどこかに飛んでいきそうなくらいに激しく跳ねている。
――放課後
夏休みが明日に迫った今日は、授業もなく終業式とたくさんの宿題を手渡され、
それはもう、憂鬱でそれでも楽しみな夏の始まり。
教科書はおいて行こう。だって、夏休みは学校生活では体験できないことを体験するために設けられた期間なのだから。
そう心の中で自分に言い聞かせながら、教科書やら、プリントが入り雑じりおまけに持ってきていた漫画をそのままにして、ロッカーの扉を閉める。
終業式だというのに、俺の荷物はいつもと対して変わりなく、宿題の分が重くなったくらいだ。
周りを見渡すと、皆両手に荷物を抱えて重そうにしている。
特に、俺の親友、杉田は紙袋を2つにさらに、入りきらなかった分の教科書を脇腹に抱えてのっそのっそと力士のように歩いている。その脇腹からボロボロとプリントを落としながら。
「杉田、手伝うか?」
流石に気の毒だと思い、声を掛ける。杉田は振り返るとまたボロボロとプリントが落ちる。
「手伝ってくれんの?」
「お前、落ちてる落ちてる」
杉田は足元を見ると上を見てあ~あと悔しがり、しゃがんでプリントを拾おうとするが、逆にわきに抱えていたものをばらまいてしまった。
「はー、やっちまった」
杉田は手で顔を覆い、立ち上がる。
「おい、大丈夫かよ」
しゃがんで二人でばらまいてしまった教科書を拾い集める。杉田は律儀にも、すべての教科書を持ってかれるようだ。
集めていると、視界に誰かの足が入ってきた。顔を上げると宗治が手ぶらで立っていた。
「何やってんだよこんなに散らかして」
「へへへ」
杉田は左手で頭の後ろを掻きながら苦笑いしている。
「宗治もなんも持って帰らないのか?」俺が言った。
「俺は事前に少しづつ持って帰ってたからな」
「まあ、俺も手ぶら同然だけどな」
「お前は持って帰んないだけだろ」
痛いところをつれてしまった。
「お前ら、話してないで手伝ってくれよ、ほら」
杉田は宗治にプリントを渡そうとするが、宗治はそれを受け取らずふふっと意味深に笑う。
「悪いけど、これからデートなんでね。手伝ってる暇はないんだよ」
「デートってっ誰と?」俺が聞いた。
「桃花とだよ。そういうことなんで」
宗治はそういって教室から出て行った。
「ちぇっ、なんだよ、自慢に来ただけかよ。ちょっともてるからってさ、かんじわるいよな」
杉田はゴキブリを見るような目で宗治を見送り、教科書拾いに戻る。
確かに感じ悪い。しかし、自分の意中の人とデートできる喜びを誰かに伝えたいという気持ちは分からないでもない。デートした経験は無いけど…でも、俺のとこに自慢しにこないでは欲しい。
散らばっていたものを全部拾い集めてとりあえず、机の上に重ねると、杉田がため息を吐いた。
「はあ、でも実際うらやましいよなあ。夏、砂浜、夏の思い出…今からいきなり彼女とかできないかなあ」
「そうだよなあ、いきなりどこかから訪ねてこないかなあ」
杉田につられてつい本音が出てしまった。正直、うらやましい。あんな美人とデートできるんだから、そりゃあ友達のばらまいた
教科書をひろっているばあいじゃないよなあ。
「賛同するなよ余計に惨めになんだろ?」
杉田はさらにため息を吐く。
「帰るか」
俺は拾い集めた教科書を、近くの机の上に重ねて杉田に話しかける。
「ごめん、俺部活あるんだわ」
杉田は露骨な顔であたかも俺は一人じゃありませんよと言いたげな顔だった。本人はそういうつもりはないのだろうけど、俺にはそう感じ取れた。
「そう、じゃあ、またな」
俺はカバンを持って杉田よりも先に教室を出た。このまま教室に残っていても惨めな気分を味わうだけだと思ったからだ。
廊下に出て階段を降りようとすると、下から長い黒髪の見慣れた女子が階段を登ってきた。
「あれ?今帰り?」
桃子かと思いきや桃花だ。あれ?宗治は?デートではなかったのか?学校でデートと言うこともないだろうし。
「宗治と一緒じゃなかったの?」
桃花は訳が分からないような顔になった。
「宗治がどうかしたの?」
「いや、宗治が桃花とデートなんだって言ってたからさ」
桃花はそういうことかというよ言うに、はははっと笑い、
「デートじゃないよ。帰りにお使い頼まれてて、それ話たら今日荷物多いだろうから、手伝うよって。それだけよ」
「そういうこと」
デートってものをよく知らない俺には十分デートに思えるんだが、世間一般様ではそうではないらしい。
「でもなんで戻ってきたの?忘れ物とか?」
「ううん、生徒会の話し合いがあるの。夏休みになるとほとんど集まらないからさ。そういえば、バイトの件よろしく、それじゃあね」
桃花はそういうと階段を登り切り、生徒会室へと向かっていった。俺はその桃花の後ろ姿をぼんやりと眺めながらつぶやく
「デートじゃないんだ――」
「誰がデートするの?」
振り返ると、桃子が目を細めてにやっと笑っている。俺は内心吃驚しながらも、表情は平静を装ってるつもりだが、表情に出ていたのか、桃子はおかしとばかりに笑い始めた。
「なに動揺してるの?淳平だけじゃ無いって、しょうがないって、桃花は人気者だからね。」
「別にそんなんじゃないし」
思わず声が裏返ってしまった。平常心のつもりなのに…
「ウソばっかり、声裏返ってるよ?」
桃子はこういう時にはここぞとばかりにに茶化してくるタイプだ。
「それで、桃花は誰とデートだったの?」
桃子は俺を茶化しながらも、そのことについては気になるようだ。
「なんか、宗治とお使いに行くだけだったみたいでさ、本人はデートじゃないって言ってたよ」
俺がさっき桃花から聞いた話をなるべくそのままに、簡潔に話すと、桃子はそれは違うとと言って、
「二人で買い物に行ったら、それがお使いだとしても、立派なデートだよ」
ごもっとも。俺もそう思う。しかし、本人が違うと言っている以上、本当に違うんだろう。
「本人が違うって言ってるんだから、違うんじゃない?」
「淳平だって、本当は私とおんなじこと思ってるくせに」
桃子は勘が鋭い。いや、俺が表情に出やすいだけか。
「決めつけるなよ、そう思ってはいるけどさ…」
どうも桃子は俺よりもいつも一枚上手をいっている。大抵、桃子は俺が思っていることはお見通しだし、そうじゃなくても決めつけてくる。俺が押し付けに負けてしまうが故に、それが本当のことになってしまうとこもたまにある。
「なんでもお見通しなんだからね。ところでさ、今日はこの後暇でしょ?この前、自分から淳平の家に行くって言っといて、行かなかったから」
もしかしたら、今日、俺が寂しい思いをしたことを見越してのお誘いなのかもしれない。なんせ俺のことはお見通しなのだから。
「別にいいよ」
そっけなく答える。もちろん内心は嬉しい。ふと、桃子の手元に目が付き、荷物をほとんど持っていないことに気づく。
「お前、荷物少なくない?」
桃子は自慢げに右手に持ったスクールバックを前に突出す。
「私に持って帰るものは無い!」
私の辞書に不可能という文字は無い!と、人より優れていると言いたげな勝ち誇った面持ちだ。
「俺にだって、持って帰るものは無い!」
俺も負けじと宿題しか入っていないスクールバックを前に突き出すと、桃子はむくれ顔になっていかにも意に食わないというような低い声で
「真似しないでよね」
と、言って、不機嫌そうな顔のまま振り返りそのまま階段を下りて行ってしまった。
俺は急いで桃子を追いかけた。こんなことで、せっかくの待ちわびた客を逃したくは無かった。とはいえ、待ちわびていたわけでは無いんだけど。
昇降口で靴を履きかえているとき、俺は重大なことに気が付いた。
もしかして、コレってデートなんじゃね?
そうだ、だって、男女二人きりで、部屋でゲームって、立派なデートなんではないだろうか?
それに気づいてしまったが故に、なんだか急に緊張してきてしまった。
やることはいつもと変わらないゲーム。しかし、考えても見れば、女の子と二人きりで遊んだことなんか小学生以来だ。そういえば、あの時もゲームしてたっけ?
よく四人では集まることがあっても、今まで桃子と二人きりというのは無かった気がする。あ!部屋片付けて無いじゃん!朝、脱ぎ散らかしてきたままだった!
帰ったらすぐに片付けないと…待てよ、桃子はもしかして、そのつもりで俺ん家に来るなんて言ったんじゃないのか?マジか!
だとしたら、俺はどうふるまうべきなんだ?紳士的にふるまうべきか?それとも、こっちから積極的に行くべきなのか?いや、やっぱりそんなにがっついてはいけない、でも、もしかしたら今日…
「淳平~、家着いたよ~」
桃子の声にハッと我に返った時にはすでに我が家の玄関先についてしまっていた。
「ずーと考え事してたみたいだったけど、大丈夫?なんかあったの?」
なんということだ、ここまで、ここまで、何も話すことなく、帰っていたのか!?
「別に、話しかけてくれればよかったのに…」
「なんかすごく難しい顔してて、話かけずらかったから」
桃子はこういう時だけ気が利く。
「ごめん、なんでもないから、まあ、あがってくれよ」
冗談でも、これってデートっぽいねとは言えなかった。
「そう?それじゃあ、お邪魔します」
桃子は玄関を勝手に開けて、ずけずけと上がりこんで、玄関を入って正面にある、階段を上り始めた。俺の部屋は二階にあるから。
「ちょっと、どうぞとは言ったけど」
急いで靴を脱ぎ、階段をドタバタ上がって桃子を追いかける。
「部屋汚いから、開けるなって」
そういったときにはすでにもう部屋の扉を開けて、部屋の中に入ってしまっていた。
「きたないなあ、もう」
しょうがないなという声で、桃子は俺が朝脱ぎちらいた寝間着として使っているジャージを拾い上げる。
「だから、片付けるからって言ってるだろう」
俺は桃子が持っているジャージの上着を取ろうとするが、桃子はターンしてそれを回避した。
「私がたたんであげよう」
桃子はそういうと、ジャージをたたみ始めた。
桃子はめんどくさがりではあっても、いつもの姿からは想像できないが、家事全般が得意で、料理もほどほどにできる。と桃花から聞いたことがあったが、どうやらほんとのことのようだ。
手際よく服をたたんでいく桃子を見ていると、桃花が輝いて見えた。そして、心にときめきを感じる。これがうわさに聞く、ギャップ萌えってやつなのか。
「ハイ、おしまい」
見とれているうちに、たたみ終わたようだった。桃子は立ち上がり、部屋の隅にある扇風機のスイッチを入れる。
「淳平、のど乾いた、なんか飲み物出してよ、ほら、私今働いたでしょ?早く~」
扇風機を自分に向けて、床になだれ込む。こんなんだから残念なんだよな…
「分かったよ、待ってろ」
俺は部屋を出て、台所に飲み物を取りに、階段を下りた。
俺が桃子を好きなのは、なんというか、こういう、残念な部分が良いわけで、自分に自信というものが無い俺にとって、宗治とか、桃花とかは別次元の住人というか、
ただ単に、趣味が合うということもあるけど。
冷蔵庫から麦茶を取り出し、適当にコップを取って、お盆に乗せる。
考え込んだり、テンパったりしてきたが、これからが本番だ。終わりよければすべて良し!さあ、行くぞ!
そう意気込、階段を一段一段しっかりと踏みしめて上って行く。部屋の扉の前で立ち止まり、一回深呼吸をする。よし。
「お待たせ」
扉を開けると、桃子はこちらに見向きもせず、こちらに背中を向けて何か本を読んでいる。漫画でも読んでいるんんだろうか?
テーブルにお茶を置き、桃子が読んでいるものを覗き込む。…俺のエロ本だ。
俺は後ろから本を奪い取ろうと素早く手を伸ばすが、桃子はそれを振り払って立ち上がる。空ぶってひれ伏す俺を見下ろして、笑いをこらえている。
「淳平は巨乳好きなんだね」
くそ!なんでだ?ちゃんと隠しておいたのに、ベットのマットレスの下に隠しておいたのに!
「淳平、マットレスの下は危ないと思うよ?」
危なくないよ!どこのだれが人んち来て、マットレスの下をあさるんだよ!
桃子はしゃがんで、またマットレスの下に手を突っ込む。
「今度は何が出てくるかな~」
俺の記憶が確かであれば、マットレスの下には他にエロ本やみたいな隠し物はしていないはずだ。
「これ以上捜しても何も出てこないぞ」
「そんなこと無いでしょう?あ、なんかあった」
そんなはずはない。他に何か隠した物なんて…
桃子は何やら写真のようなものを引っ張り出した。
「あっ!」
俺はその写真がなんなのか思い出し、思わず声を上げた。
桃子は手にした写真を見る。
「桃花じゃん!なんだ、やっぱり好きなんじゃん…ん?」
桃子はもう一度写真をじっと見る。
「これって、私?あれ?」
そう、ここなら見つからないと踏んで、隠しておいた俺の片思いの人の写真。