妊娠
「い・・・ってぇ・・・」
手がわなわなと震えているのが自分でもわかった。敦司の顔にはくっきりと平手の痕が残っている。
「信じられない!あんた、何したかわかってるの!? 十波が・・・。十波は17歳なんだよ?」
目に涙がにじむのが自分でもわかる。
十波の顔が浮かんだ。4歳下の十波は、昔から三波によくなついて傍を離れようとせず何をするにも一緒で三波にとって守ってやりたい大事な家族だ。無邪気に笑い、お姉ちゃんと慕ってくれる。母親が仕事で忙しく、放任主義でもあったため 姉妹のつながりも強かった。それに十波には片思いの相手がいるという話だったはずだ。
それがどうしてこんなことに・・・
「ちょ、違う。落ち着けって、あのな。三波・・・」
激昂する三波の肩に敦司が手を乗せようとした瞬間、三波が手を思い切り振り払った。
「触んないでよ、この色魔!」
「色魔って・・・。おい、勘違いすんなって!!」
びくっと三波がたじろいだ。
敦司の声を荒げ、静かな神社にこだました。
「お前、ふざけんなよ。最後まで話を聞けって。単細胞なやつだな。相手が俺だなんて一言も言ってねぇだろうがよ。」
「え。えぇ???」
「とにかく、お前一回座れ。」
「いや、っていうか・・・」
「いいから座れっての!」
無理やり境内の石垣に腰を掛けさせ、敦司自身は石垣に寄りかかった。
一瞬の間が空いたあと、敦司がため息とともにつぶやいた。
「・・・はぁ。お前、激しいよ。力抜けるだろうが。」
む。。それは敦司君の言い方がいけないからだと思う。
「誤解をうむような話し方しなければいいでしょ。いいから早く話してよ。」
座ると、力がぬけた。激情がいっきに落ち着き、気持ちが放心してしまった。
そもそも会ったことが久々の上、一緒にコンビニへ出かけるなどと緊張する展開になったと思ったら、この話だ。こちらだって力も抜ける。
戸惑い、躊躇するかのように逡巡したそぶりを見せたあと、敦司は思い切ったように話し出した。
「本人に確認したわけじゃないんだ。俺が、そう思うってだけのことで・・・。」
「うん。」
「ここ1・2カ月、ちょっと様子がおかしいとは思ってたんだ。時々ぼんやりしてんだよな。」
「・・・あぁ。」
それは私も思っていた。ここのところ、本人は隠しているつもりらしいがぼんやりしていることがよくある。テレビを見ているようで視点が一点を見つめて止まっている、心ここにあらずなんてことも時折みられた。
「でさ、先週、俺見ちまったんだよな・・・。」
「・・・なにを。」
「妊娠検査薬。」
自分でもハッと息をのむのがわかった。思わず、敦司を見る。敦司は神社の鳥居を放心するかのように見つめたいた。
「テキスト早く出せって言ったらあいつ慌てるんだよ。まぁ気になったけど、でもそのままほっといたんだ。普通に授業して、でもあいつバカだからさ。帰る間際にテキスト片づけるのにがっつりカバンあけんだよな。で、使用済みのが見えちまった。」
思わず、ため息が出る。額に手をあてうつむいた私を敦司が振り返った。
「俺も正直、衝撃でかすぎて何も言えなかった。だから十波は俺が見たこと知らないんだ。だけど、どう考えてもヤバいだろ。俺も焦っちまってさ。三波ならなんか聞いてるかと思ったんだけど。なんか聞いてない?」
「・・・聞いてない。」
「そっか。心当たりは?」
「・・・。」
知らない。そんな話聞いてない。私だって、様子のおかしい十波にどうしたのか聞いたことはある。でも「最近、部活が忙しくってさー」とかヘラっとかわしてしまうから。
水臭いじゃん、十波。なんで言ってくれないのよ。悩んでるなら話しなさいよ。
目の前が滲んで見える。
「おれさ。相手は担任じゃないかと思うんだ。」
うつむいたまま、目を見開いた。
た・担任??
敦司君は今、担任って言った? 敦司も私も母校だから十波の担任はよく知っている。
けれど、あの人は・・・
思わず、顔をあげ敦司を見る。これ以上ないほどの沈痛な顔でこちらを見ていた。
「50歳、越えてるじゃん。」






