背中あわせにさようなら。
今日わたしは、大学受験に失敗した。
もともと望みは無かったが、落ちてみるとそれなりにショックで。
母の落胆した表情を見て、いかに自分がダメだかを実感する。
「来年は、がんばる。」
その瞬間だけの後悔。
自分で自分が嫌になる。
「・・・どりょくすれば、か・・・。
わたしに来年なんて、あるのかな・・・。」
部屋に戻って電気も付けずに寝転がる。
お気に入りの抱き枕を抱きしめて、ちょっとだけ、泣いた。
「・・・おねぇ、ごはん。」
控えめなノック。
姉とは違う、出来のいい妹。
華やかで明るいと近所で評判私と、地味だけど真面目で優しい妹。
世間からみれば、私たちは仲がいい。
でも正直言って今日は鬱陶しかった。
「・・・後で食べる。」
察しのいい妹は、黙って階段を下りていく。
気を使っているのか、静かな階下。
(こんな慰めなんて、要らない。
思いっきり、なじってくれればいいのに。
馬鹿野郎と、言ってくれればいいのに。)
父も母も妹も。
わたしを壊れ物のように扱う。
(わたしが、もう数年も生きられないから?)
そう、家族の態度が変わったのは、去年の、秋からだった。
その日、校庭での体育で、わたしは咳が止まらなくなって保健室に運ばれた。
仕舞には血を吐いて。
手に零れた赤を見て、漫画みたいだと漠然と思った。
病院で検査を受ける。
肺がんだった。
もうあちこちに転移して、今の今まで症状が現れなかったのが不思議な位だと、お医者さんは言っていた。
手術をしても、ただ莫大な費用がかかるだけで、完治する見込みは無し。
それなら、少しでも家族と一緒に。
そう進められ、すごすごと引き下がった両親。
なんとかならないんですか、と聞かれて、方法が出てくるのはドラマだけの話だ。
第一、手術の費用なんで、出てくる訳もない。
大量の抗がん剤とともに、退院する。
その日から、私は、激しく体を動かせなくなった。
表面上は明るく、華やかに。
嘘偽りで自分を守って。
そのストレスの反動に、勉強も何もしなくなった。
大学受験が近づいて、両親は受験なんてやめろと言った。
でもわたしは、せめて皆と同じ事をしたかった。
病気や、余命を理由に、ただ無為に過ごすなんて!
思わず言って、後悔した。
それから私は、一日の大半を勉強して過ごした。
でも、重い体を引きずって、たいしてはかどる訳もなく。
それでもがんばったら、入院してしまった。
目が覚めたのは、三日後。
入院中は勉強なんてさせてもらえない。
ただひたすら窓を見て過ごした。
(合格、したかったなー・・・。)
けほけほ、喉を枯らしたような咳。
もう時間は、あまり無いみたい。
(・・・最後に、もう一度だけ。)
朝皆が起きる前に起きた。
鉛のように体が重い。
喉の奥から何かが込み上げて、控えめに咳をしたら、何時もとは違う、どす黒い色の血が手に残った。
(あぁ、ほんとにやばい。)
お気に入りの服を着て、華やかな化粧をする。
(死に化粧、かなぁ。)
そう、わたしはこれから死にに行くんだ。
(いいよね?
わたし、がんばったもん。)
最後に、玄関を開けて。
小さく、呟いた。
「行って、きます。」
(ごめんなさい。
ありがとう。
さようなら。)
それだけが頭を駆け巡る。
時間は午前四時。
新聞配達のおじさんや、早朝のランニングをしている人が、怪訝そうな視線を向けてくる。
ゆっくりと時間をかけて、高台の公園を目指した。
「・・・キレー・・・。」
展望台の手すりに手を掛けて、朝日を拝む。
朝もやに包まれて眠る町が、徐々に目を覚ます。
「おねぇ・・・っ!!」
聞きなれた声に、びくりと肩を震わせる。
「なん、で・・・。」
「朝、起きたら居ないから、だって。」
泣きそうな顔。
寝癖もろくに、直さないで。
「・・・ごめんね。
でも、わたしがんばったよね?
神様も、認めて、くれるよね?」
自分が、どれだけ家族の負担になっているか。
想像しただけで、胸が痛い。
「っ、認めない!
私、絶対に許さないから!!」
どうして。
わたし、がんばって・・・今まで・・・。
頭の中で、何かが、弾けた。
「うるさい!
何で、なんで・・・わたしはがんばったもん。
一生懸命やったもん。
勉強も、運動もだめで、あんたみたいに、何も、なにも出来なくても。
がんばったのに!
神様は、わたしの命まで、縛った!!
生きられない、わたしは。
わたし、は・・・もう、皆に迷惑をかけてまで、生きていたくなんかないもん!!」
何時も、心の中に秘めていた想い。
なんで、どうしてわたしなの・・・?
勉強が、出来ないから?
運動が、出来ないから?
何も、出来ないから?
だから病気にして、出来ることを奪ったの?
「お願い、だから・・・このまま行かせてよ。」
神様、あなたは、私に。
死んでしまう事まで、許さないのですか・・・?
「嫌だ。
やだよ、おねえ・・・。
私、おねえが好きだもん。
何も出来なくたって、おねえは、私の自慢の・・・。」
そこで、私の意識は、唐突に途切れた。
大好きだよ。
そんな声が、聞こえた、気がした。
(あぁ、起きなきゃ。
でも、わたし、死んだ・・・?)
おねえは、私の、自慢なんだから。
(わたし、馬鹿、だよねー・・・。)
死のうだなんて。
そんなこと、わたしに許されるわけが、無いのに。
だったら、とことん、生きて、生きて、生きて!!
人生まっとうして、神様とやらに見せつけて。
堂々と。
死んで、やろうじゃないか!!
ごめんね、ありがと。
だから、もう少しだけ。
わたしの、わがままに、つきあって・・・?
もちろんだよ、おねえ。
「行ってきまーす。」
「おねえ、薬飲んだ?」
「もう、あんたお母さんみたい。」
「ね、手、つなごうよ。」
「何で突然?」
「いいからー、ね?」
「もう、おねえ、小学生みたい。」
「なんだとう!?」
キャー、あはは。
「・・・、ありがと。」