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巡る巡る取り返し

作者: 富田恵輔
掲載日:2026/11/08

短編小説集「交錯2」(2026年)に収録

ー巡り巡る取り返しー




<初音(はつおと)と響き>


<青さだけの世界>


<一瞬の白色>


<正義の残り香(が)>


<思想のお届け>


<悲しき夢の行方(ゆくえ)>








<初音と響き>


 日が真南に差し掛かった昼十二時頃、”高田(たかだ)”はアパートの一室にあるベッドの上で起床した。

「今日も練習か……」

高田はまだ寝ぼけながらも、枕元に置いてあるスマホを取り上げて、覗き込んだ。すぐさま、家を出る準備をして家のドアを開けた。背中にはギターを背負っている。

「おお!高田。今、スタジオに向かうところだろ。一緒に行こうぜ!」

同じアパートの二階に住んでいる”丸山(まるやま)”もちょうど部屋から出てきて、目が合った。高田と丸山は東京都内の同じ大学に通う二年生。今日は午後から、二人が所属するバンドサークルの練習だ。

「いや〜。春休みまで練習があるなんて、ちょっと大変だよなw」

丸山がまだ寝ぼけている高田に言った。丸山の背中には、ギターよりも一回り大きいベースが背負われていた。

「うちのバンドのリーダーが結構、本気だからな……w」

高田も笑いながら言った。

「お前、今さっき起きただろ!」

丸山が探偵のような目つきで言った。

「え?何で分かったんだよ!」

ズバリ言い当てられたので、高田は動揺してしまった。

「まだ寝ぐせ残ってるぞw」

丸山が高田の頭に指を差しながら言う。

「マジかよ⁉」

高田は髪の毛を触って、手で梳(と)かした。

「嘘だよw!」

丸山が笑いながら言った。

「やめてくれよw」

高田が呆れた声で言った。

「俺も、今さっき起きたばっかりだし」

そんな話をしながら二人は最寄駅に向かって行く。

「それにしても、最寄り駅が徒歩二十分って。遠くねえか?w」

丸山が話題を変えた。

「文句言うなよ!俺らのバイト代じゃあ、これが限界なんだから」

高田が呆れた顔で言った。

「やっぱり、もっといいバイト見つけないとな。アプリでいいバイト探すか!」

丸山は真剣に悩んでいるようだった。

「でもさ、そろそろ三年生だし。教育実習とかもあって大変だよな」

「なんだかんだで二年生までやってきたんだから、大丈夫だろ!」

丸山は高田の方に自分の肩をぶつけた。

しばらく歩いて、二人はようやく駅に到着した。

「今日も混んでんな~」

高田が駅の人の多さを見て呟いた。

「まあ、いつものことなだな」

丸山が言った。

「それにしても、なんかいつもより駅の中が騒がしくねえか?」

高田が丸山と目を見合わせてから言った。二人が駅の中まで進んでみると、改札の前に人だかりができていた。その付近では、多くの人の怒号(どごう)が飛び交う。

「え?電車が遅延だってよ!」

丸山が手元のスマホを確認しながら言った。

「どういうことだよ?」

高田が聞いた。

「駅のホームで高校生の飛び込み事故があったらしくて、その事故処理でしばらく電車が動かないらしい」

丸山がネットニュースの記事を読み上げた。

「マジかよ……練習に遅れちゃうよ」

高田がため息交じりに言った。

「とりあえず、”松本(まつもと)”に遅れるって連絡しとく」

そう言って、丸山は松本に電話をかけ始めた。松本とは二人が組んでいるバンド”Rainy Bank(れいにー ばんく)”のボーカルギター兼リーダーのことだ。

「頼むわ……」

高田はそれだけ言って、近くにあった椅子に腰かけた。

「こんなの東京に来て初めてだよ……」

丸山も、高田と同様に困惑していた。


 その後、電車の遅延は解消された。その案内を告げる放送が、駅の中に鳴り響いた。

「やっと、スタジオまで向かえるよ」

丸山が立ち上がりながら言った。

「早く乗ろうぜ!松本と加藤が待ってる」

高田も重い腰を持ち上げながら言った。


二人は一時間遅れで練習スタジオに到着した。高田たちのバンドは、メンバーが通う大学から少し離れた閑静(かんせい)な住宅街にあるスタジオに通っている。

「ごめ〜ん!遅れちゃって!」

スタジオの重い扉を開けて高田が言った。

「しょうがないよ、電車の遅れなんだから。とにかく練習に来られてよかったよ!」

松本が笑顔で言った。

「その間に、俺と”加藤(かとう)”でちょっと練習できたしな!」

松本が加藤と目を見合わせて言った。加藤はRainy Bankのドラムを務めている。

「松本のボーカルは、いっつも走るからなw。ドラムと練習してくれてよかったよw」

丸山が冗談交じりに言った。

「じゃあ、早速始めるか!」

松本の掛け声とともに、遅れてきた二人は演奏する準備を始めた。

「もうちょっとここは合わせようか!」

「ギターのリズムを変えてみよう」

「ボーカルの声量を抑えめにしてみて!」

練習中は四人から多種多様な言葉が飛び交っていた。


「今日も頑張ったよ、俺ら……」

三時間ドラムを叩き続けた加藤が、ヘトヘトになりながら言った。

「今日は終わりにしよう」

松本が言った。四人はすぐに片づけて、スタジオの外に出た。

「久しぶりの外だー!」

丸山が両腕を頭の上で伸ばしながら言った。

「三時間スタジオの中にいただけだろw」

高田が間髪入れずツッコんだ。そのまま四人は一緒に最寄り駅まで歩いた。

「やっぱりあそこはテンポを落としたほうがいいよ!」

「次の練習ではそうしてみよう!」

帰り道でも四人が話すのはバンドの話ばかり。

しばらく歩くと、加藤が突然切り出した。

「みんな、ちょっといいかな?」

その言葉に三人は足を止めた。

「何だよ……?急に……」

松本が言葉を詰まらせながら言った。

「しばらく、バンドを活動休止にしないか?」

加藤が言った。

「ど、どういうことだよ?説明してくれよ!」

丸山が感情的になりながらも口を開いた。

「ライブのキャパはしばらく変わってないし。他のバンドの人気が出てる中、俺らのバンドは全く人気が出ないじゃないか……」

松本はずっと下を向いていた。

「そんなの納得できない!」

丸山が松本に言った。三人は何も言葉が出なかった。

「確かに……各々(おのおの)が充電期間に入ってもいいかもな」

高田がみんなの顔色を伺いながら言った。

「分かったよ……」

丸山が頷きながら言った。

「またみんなで演奏しような!」

松本が前向きな言葉をかけた。

それ以上は何も言葉を交わさずに、四人は駅まで向かった。

「じゃあな……」

駅の改札に着くと、加藤が三人にその言葉を噛み締めて言った。

「また……」

三人は声を揃えて静かに言った。


 それから、約半年が経った。高田と丸山は大学の食堂にいた。二人は長いテーブルの端に向かい合って座る。

「お前、またカレーかよ!」

高田が笑いながら言った。

「いいじゃん。食堂のカレー美味しんだよw」

丸山はカレーを乗せたスプーンを口元に運びながら言った。

「そんなこと言ってるけど、お前はいつも生姜焼き定食だろ!」

丸山がカレーでいっぱいの口で言った。

「これは一週間ぶりだから、いいんだよ!」

そう言って高田はさらに箸を進めた。

「てか、この前の教育実習めっちゃ大変じゃなかった?」

「大変だった。小学生はみんな活発だから、良くも悪くも、全然言うこと聞いてくれなくてさ」

高田が呆れながらも、笑顔で言った。

「俺には小学校の先生は不向きかもな……」

「でも、お前、小学生と遊んでるとき楽しそうだったぞ!」

高田は前のめりで話していた。

「おい高田、電話鳴ってない?」

丸山が、高田の椅子の脇にあるカバンを見ながら言った。

「あ、ホントだ……松本からだ……」

高田はカバンの中から携帯電話を取り出した。電話を持って、食堂の端の方に移動した。

数分程電話をした後、高田は小走りで丸山が座っているテーブルに戻ってきた。

「おい!おい、丸山!」

高田は抑えきれない感情とともに何度も言った。

「どうしたんだよ……?」

丸山が不思議そうな顔で尋ねた。

「バンドを再開するって!」

「え……?」

丸山は思わず、聞き返した。

「バンドの活動を再開するって!」

高田がさらに声を大にして繰り返した。

「マジかよ……」

丸山はまだ状況を飲み込めずにいた。

「来週の水曜日から、いつものスタジオで練習するって!」

高田は松本から聞いた情報を伝えた。

「分かった……準備しよう」

丸山はそう言ったまま、しばらく固まって動かなかった。





<青さだけの世界>


 あっという間に一週間が経過し、久しぶりのバンド練習の日になった。高田たちは大学三年生になっていた。高田と丸山はアパートから最寄り駅に向かって歩いている。

「お前がギター背負ってる姿を見るのも久しぶりだなw」

丸山が高田に向かって言う。

「お前の方こそ、ちょっと小さくなったんじゃねえの?ベースが大きく見えるよw」

高田も負けじと返した。

「そんなことねえだろw!」

丸山がツッコミを入れた。そんな会話をしながら歩いていると、最寄り駅に到着した。

「今日は何の問題もなく電車に乗れそうだなw」

丸山が改札を通りながら言った。

「何の事故も無くてよかったよ」

それに続いて高田が言った。


「やっとスタジオに着いた〜。このスタジオも久しぶりだな!」

丸山が伸びをしながら言った。

「相変わらず、家からスタジオまで遠いよなw」

隣にいる高田が言った。

「もう松本が中に入ってるって。俺らも入ろうぜ!」

丸山が、スマホで松本からのメッセージを確認して言った。

二人はスタジオに入っていった。

スタジオのドアを開けると、松本が一人でギターを鳴らしながら待っていた。雑味(ざつみ)のないギターの音がスタジオ内に響き渡る。

「お、やっと来たか!」

松本が二人の姿を見て言った。

「久しぶりだな!」

丸山が笑顔で言った。

「俺たち同じ大学にいたのに、全然会わなかったよな」

高田が言った。

「実は俺、あんまり大学も行ってなかったんだ……」

松本が暗い口調で言った。

「そうなんだ……でも、こうしてまた会えてよかったよ!」

丸山が松本を励ますように言った。

「よかったよ!」

高田もそれに続いて言った。

「まだ加藤が来てないけど、練習始めるか!」

松本も調子を取り戻した。

「よっしゃー。やるぞー」

高田が準備をしながら言った。

その後、三人は一時間ほど一緒に練習した。

「それにしても、加藤遅いなー」

練習がひと段落ついた頃、丸山が切り出した。

「電車の遅延かな?松本のところに連絡来てないの?」

高田が松本に聞いた。

「それが、何の連絡もないんだよ……」

松本は困り果てた表情で答えた。

「それは心配だな……」

高田は下を向いた。

「加藤に電話かけてみるよ」

丸山はそう言うと、スタジオの隅で加藤に電話をかけ始めた。

「どうだった?」

松本が食い気味に聞いた。丸山は静かに首を横に振った。

「全く電話に出てくれない……」

「とりあえず、今日はこの三人で練習しよう」

松本が二人に声をかけた。

結局その日は、ドラムの加藤を抜いた三人だけで練習をした。


 その日から三週間が経ち、Rainy Bankは未だに三人だけで練習していた。

「やっぱり、ドラムがいないと練習にも身が入らないな……」

丸山が小さな声で呟いた。

「そうだよな。リズム隊がいないと、ちゃんと曲になってる気がしない」

松本はマイクを椅子の上に置いた。

「あいつ、何してんだよ……」

高田は怒りをあらわにしていた。

「俺、今日は帰るよ!」

丸山はそう言うと、自分の荷物をまとめ始めた。二人はその様子をただ見ているしかなかった。その時、丸山のカバンの中からスマホが落ちた。

「丸山!スマホ、落としたぞ」

高田が落ち着いた口調で言った。

「ああ……」

それを聞いた丸山は、慌ててそのスマホをカバンの中にしまった。

「ちょっと待てよ!そのスマホ、加藤のスマホじゃねえか?」

松本はスマホを凝視(ぎょうし)している。

「いや……これは……」

丸山は口ごもった。

「どういうことだよ?お前がそれを持ってるって、どう考えてもおかしいだろ!加藤に何があったんだよ……」

高田が勢いのままに言葉を発した。

「みんなが悲しむと思って、言ってなかったんだけどさ……。三日前に加藤の遺体が発見されたんだ。大学近くの山で……」

丸山は事実をありのまま話すしかなかった。

「おい、マジかよ。その話、本当なのかよ!加藤が死んだって……」

高田はその現実をすぐには受け入れることができなかった。

それを聞いていた二人は、何も言わずにしばらく黙っていた。

「加藤の両親から聞いたんだ、加藤の遺体のこと……。その時に、このスマホも……」

丸山の目は涙で溢れかえっていた。

「何でそんな大事なことを、俺らに言ってくれなかったんだよ!」

高田が丸山の肩を軽くたたきながら言った。

「でも、どうして加藤がそんなことに……?」

松本が言った。

「わからない……。俺も自分で調査してるんだけど、何も手掛かりは掴めないでいる」

丸山が溢れ出る感情を抑えて言った。

「そうなのか……」

松本はその場に座った。






<一瞬の白色>


 二日後の休日、三人は大学のキャンパス内にいた。

「急に大学に呼び出して、何するつもりだよ?」

高田が丸山に聞いた。

「いいから。俺について来い」

丸山はそれだけ言って、建物の中まで歩いていった。

「何するつもりだよ……」

松本がため息をつきながら言った。

二人が丸山に言われるままついて行くと、構内にある学生が利用できるロッカールームの前に来た。

「これって……」

高田がロッカーを見つめながら言った。

「そうだよ、高田。加藤のロッカーだよ。ご両親から鍵を預かってるんだ。開けてみよう……」

丸山は高田の方を頷きながら言う。

「開けるのかよ?」

松本が聞いた。

「うん。ご両親も納得してくれてる」

丸山はそう言って、ロッカーの鍵を開け、ゆっくりと薄い金属製の扉を開けた。

「おお。何だよこれ……」

丸山の後ろで見ていた高田は、開いた口が塞がらなかった。

「大量の……封筒?」

丸山は状況が掴めていない様子だった。何枚もの茶封筒が、ロッカーの中から三人の足元の上に零れ落ちてきた。

「『督促(とくそく)状(じょう)在中(ざいちゅう)』って書いてあるぞ!」

高田が封筒を一枚取り上げて言った。

「督促状ってことは、加藤に借金があったってことか?」

丸山は高田が持っている封筒を凝視しながら言った。

「そういうことになるな……」

松本が冷静に言った。

「あっ……。加藤の母親から電話だ。出てもいいか?」

丸山が二人に尋ねた。

「もちろん」

高田が答えた。丸山は携帯電話を持って、二人から少し距離を置いた。電話はすぐに切れて、丸山は二人の近くに戻ってきた。

「加藤の実家に来てほしいって……」

丸山が驚いた顔で言った。

「何があったんだよ?」

松本がすぐに聞いた。

「加藤の実家に不審な番号から電話がかかってきていて、その電話がずっと鳴り止まないらしい」

「急いで向かおう!」

高田が言うと、三人は加藤の実家に向けて走り出した。


 大学から三十分で加藤の家に着いた。そこにあったのは、全面真っ白で塗られた二階建ての一軒家。庭も綺麗に整備されている。

「ここが加藤の実家か……」

高田が家の容貌(ようぼう)を見て言った。

「入るか……」

丸山はそう言って、玄関に取り付けてあるインターホンを押した。

「はい。どちら様ですか?」

インターホンから女性の声が聞こえてきた。

「丸山です」

丸山がインターホン越しにそう伝えると、すぐに玄関の鍵が開いた。

「丸山くん、この前はありがとう。後ろのお二人は?」

加藤の母が、高田と松本を手で差しながら言った。

「加藤くんと同じバンドに所属している高田と松本です」

丸山が二人を紹介した。二人もそれに続いて軽くお辞儀をした。

「そうでしたか。中に入ってください……」

加藤の母はそう言って、三人を中に案内した。

「広いな~」

高田が呟いた。

「座ってください。すぐにお茶持ってきますね」

三人は和室のリビングに案内され、大きめの机を囲んで座った。

「息子はそこによく座ってました。いつもの定位置で……」

押し入れの近くに座った松本に、お茶を持ってきた加藤の母が言った。加藤は実家に帰ってくると、いつも押し入れの近くに座っていたらしい。部屋全体が和やかな雰囲気で包まれた。

「不審な電話がかかってきたって……」

早速、丸山が本題を切り出した。

「ああ、そうでしたね……。電話は二十分程前に、何とか鳴り止みました。会話の内容を録音しておいたので聞いてください」

加藤の母は部屋の隅に置いてある固定電話のそばに行って、ボタンを押した。固定電話のスピーカーから、録音された音声が再生される。

「加藤さん!もう逃げられませんよ。実家の住所も親御さんの情報も全部知ってるんですよ!早く戻ってこなかったらどうなるか、分かりますよね……」

電話からは男性の声が聞こえた。

「何なんですか?あの電話……」

高田が恐る恐る聞いた。

「分かりません。私には全くと言っていいほど、心当たりが無くて……」

加藤の母も頭を悩ませていた。

「みんな、何か思い浮かぶことは?」

丸山が二人に呼びかけた。その表情は真剣そのものだった。

その後、四人で何の電話だったのかしばらく考え込んだ。

ピーンポーン

突然、インターホンが鳴った。

「誰ですかね?」

丸山が加藤の母に小声で聞いた。加藤の母は首を傾げた。

「僕が出ます!」

高田はそう言って、玄関へ向かった。万が一のことも考えて、丸山と松本は加藤の母を二階の奥の部屋に隠した。

高田が玄関のドアを開けようと、ドアノブに手が触れると、

ドンドンドン

玄関のドアを何度も強く叩かれた。高田は思わず手を放した。

「加藤さん!いるんでしょ!開けてください!」

電話と同じ男性の声だった。高田の脚は小刻みに震えていた。高田と丸山は目を見合わせた。

「俺が開けるよ!」

丸山は高田の代わりにドアを開けようとした。その瞬間、外にいた男がドアを開けて入ってきた。

「加藤を出せ!」

男が激しい口調で言った。

「加藤くんは、ここにはいません」

丸山が男に言い放った。

「お前誰だよ?」

男が言い返した。

「加藤くんの友達です……」

丸山の声は震えていた。

「友達か……まあいい。加藤がいないんなら、お前!こっち来い!」

男は自分の一番近くにいた高田の腕を引っ張って、玄関の外に出て行った。高田は懸命に抵抗したが、男の力には敵わなかった。

「おい!待て!」

丸山と松本は靴も履かずに男たちを追ったが、高田は外に停めてあった車に乗せられて、どこかに行ってしまった。

松本は放心状態でその場に立ち尽くしていた。

「松本!松本!」

丸山はそう言いながら、松本の両肩を手で何度も揺らした。しばらくすると、松本の表情が戻った。

「おい、大丈夫か?」

丸山は、松本の顔を下から覗き込んだ。

「大丈夫だ……」

松本は小さな声で囁いた。

「よかった。でも、高田が……」

二人は高田を乗せた車が走り去った道を、しばらく見つめていた。

「とにかく、警察に行って事情を説明しよう!」

松田が自分の正気を取り戻すように、強い口調で言った。

二人は加藤の家を去って、警察署に向かった。警察に事情を説明すると、すぐに捜索が始まった。

「早く見つかってくれ……」

丸山は両手を合わせて願った。

「大丈夫。きっと見つかる」

松本はそう言って、丸山の背中をさすった。でも、その言葉には何の確証も無かった。





<正義の残り香>


 一週間後。丸山はアパートの寝室のベッドに寝そべっていた。未だに、警察から高田についての連絡は何も無かった。

「あいつ、大丈夫かな……?」

一人でボソッと呟いた。

ピーンポーン

玄関のチャイムが鳴った。

「誰だろう?」

丸山は玄関に向かい、扉をゆっくり開けた。

「高田!無事だったのか!」

丸山の目線の先には高田がいた。丸山の表情には活気が戻った。

「ああ、」

高田は頷いた。

「とりあえず、中に入れよ!」

丸山はそう言って、高田を部屋まで案内した。二人はかなり散らかっている部屋の中に置かれた小さな机に、向かい合って座った。

「どうやって、戻ってきたんだよ?同じアパートに住んでるのに、お前が戻ってきたのに全然気づかなかったよ!」

丸山が何の前置きもなく、唐突(とうとつ)に聞いた。

「あの男に事情を話したら、分かってくれたんだ。話が分かる人でよかったよ」

高田はホッとした表情で説明した。

「無事に戻って来てくれて、本当によかったよ」

丸山はそう言うと、泣き出した。

「泣くなよw」

高田は励ますように言う。

「そんじゃあ、久しぶりに飲むか?」

丸山は冷蔵庫から缶ビールを二本取って、高田に見せながら言った。

「俺はいいや……」

高田は遠慮した。

「分かった。俺は飲むぜ!高田が心配で、飲めてなかったんだよw」

「飲みすぎんなよw」

高田が笑いながら言った。

「はいはい!」

丸山は缶ビールのプルトップを開けて、そのまま一気に飲み干した。

「美味いな~」

「お前はビールを美味そうに飲むよなw」

高田は丸山の表情を見て嬉しくなった。

二人は丸山の部屋でしばらく飲んだ。

「加藤の件だけどさ……」

高田が話題を変えた。

「何か分かったのか?」

「ああ、いや……」

高田は口ごもった。

「何だよ?」 

丸山が聞いた。

「もう一つだけ、確かめたいことがあるんだ」

高田が手で一を表して言った。

「確かめたいこと?」

丸山が険(けわ)しい表情で言った。

「明日、松本といつものスタジオに集合してほしい」

「分かった……」



  


<思想のお届け>


「松本、そろそろ来るかな~?」

丸山が独り言のように言った。

「あいつならきっと、来てくれるさ」

高田が胸を張って言った。

しばらくすると、松本がドアを開けて入ってきた。

「急に呼び出して、何だよ?」

松本の表情には若干(じゃっかん)の怒りがうかがえた。

「そうだよ、高田。どうしたんだよ?」

丸山も不思議そうな顔で聞いた。

「松本。早速だけど、ドラムを叩いてくれないか?」

高田が突然、松本に切り出した。

「ドラム?俺、一応ギターボーカルなんだけど……」

松本は訳が分からないまま、ドラムの方に向かった。

「弾いてみてくれよ!」

高田が再度、松本に言った。

「おいおい、急に松本にドラムを叩かせようとするなんて。どうしたんだよ?」

丸山が心配そうに聞いた。

「俺たちの前で叩けないんだろ。お前はドラムが叩けるから……」

高田がはっきりと言った。

「は?」

丸山が、高田と松本の姿を交互に見ながら言った。松本の全身からは、どこか動揺している様子がうかがえた。

「お前……加藤なんだろ……」

高田がそう言うと、松本はその場でうなだれた。

「そうだよ……俺は加藤だ」

松本が下を向いたまま言った。

「ますます分からないよ!何があったら、加藤が松本になるんだよ?」

丸山は未だにこの状況を掴めていない。

「加藤は顔を変えて、松本に入れ替わっていたんだよ。逆に、松本は加藤に入れ替わっていて、加藤に殺された」

高田が冷静に言った。

「どうやって?」

丸山が高田に聞いた。

「今の時代なら、整形で顔を変えるなんて簡単だよ……」

丸山の質問に高田は即答した。

「ああ、そうだよ」

松本がゆっくりと顔を上げて言った。

「どうして、そんなことしたんだよ……」

高田の目は真っすぐ松本の目を見ていた。

「毎日、借金取りと詐欺グループの奴らに追われてた。もう耐えられなかったんだよ。そんな時に、いつも詐欺グループの奴らは言ってたよ『すべて終わりにしたいなら、お前が死ぬしかない』って。だから、俺は死んでやったんだ。松本を身代わりにして」

松本は開き直っている様子だった。

「よくみんなに隠し通してたな。詐欺のかけ子をしてたことも……」

高田の目はさらに冷淡になっていた。

「そんなことまで分かってたのか……」

「加藤の家に押しかけてきた男が、教えてくれたんだ」

「最初はお金が欲しくて始めた。辞めたいと言っても、簡単には辞められなかった。実家の住所も、親のことも知られてて……」

松本の目は段々と涙で溢れてきた。

「自分の親まで騙して、することかよ!」

丸山が訴えかけた。

「自分の人生がかかってるんだ!お前だって、俺と同じ状況になったらそうするぞ!」

高田が大きな声で叫んだ。

「俺はそんなことしない!」

丸山も負けずに返した。

「そんなことないさ、絶対にするね」

松本が薄っすら笑いながら言った。

「何だと!お前!」

それを聞いた丸山は、松本に飛び掛かった。そのまま、二人は揉み合いになった。周囲の機材に体をぶつけながら、夢中で二人は衝突している。

「二人ともやめろ!ここで揉み合っても、何にもならない……」

高田はそう言って、二人を引き離した。二人はふと我に返った。

「しょうもない自分の都合で、バンドメンバーを殺すような奴は、もう信用できない!」

丸山が言い張った。

「俺は友達を殺したんじゃない。救ってやったんだよ!」

松本は丸山を睨みつけながら言った。

「ふざけんな!それは自分が助かるためだろ!」

そう言って、丸山はまた松本を殴り掛かろうとした。

「やめろよ!こんな奴のためにお前が殴る価値はない」

高田は必死で丸山の体を拘束した。

「分かったよ……」

丸山が落ち着いた口調で言った。

「自首してくれ。松本……。いや、加藤……」




<悲しき夢の行方>


 次の日の朝、高田と丸山の二人は警察署の前にいた。警察署の中で、今日も忙しなく警察官たちが働いている様子が見える。二人の周りだけはゆっくり時間が流れている。しばらく待っていると、加藤(松本)が二人の元にゆっくり歩いてきた。

「来てくれたんだ」

高田が加藤に言った。

「ああ……」

加藤は軽く微笑んだ。

「俺たちがついてるから、大丈夫だ」

丸山はそう言って、加藤の肩を軽く叩いた。

「行ってくるよ……」

加藤は警察署の中へとその歩みを進めた。

「お前と初めて演奏した時のこと、まだ鮮明に覚えてるよ」

高田が言った。

「またどこかで会おうな!」

続けて丸山が言った。

加藤は静かに振り返って、そのまま警察署内に入っていった。二度と振り返ることは無かった。

「寂しくなるな……」

丸山が高田に囁(ささや)いた。

「そうだな……。松本……」







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