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VSリオン(9)

 そのあとも、空中戦は容易に決着がつかなかった。互いに決定打を与えられていないのだ。このまま戦いはさらなる長期戦に発展するかに見えた。

 

 だが――。


(勝てる)

 

 と、リオンは自身の勝利を確信していた。

 

 炎に体を焼かれそうになったときは若干ひやりとしたものの、それ以降リオンはさしたるダメージを食らっていない。赤竜の動きが悪くなってきているし、吐く炎も小さく弱くなりつつあるからだ。

 

 赤竜の体力が減少してきたというよりは、バルドル王子の騎竜術が弱まってきたのだろう。王子の魔力が底をつきはじめたのだ。無理もない。竜に乗っての実戦は初めてのはずだ。

 

 もし、竜騎士として研鑽けんさんを積んだバルドル王子と、成獣となった赤竜が相手であれば、リオンが負けるかもしれない。だが、それには一年は必要である。


(現時点では――)

 

 これまで数多の竜と竜騎士を打ち倒してきたことで、過信に近い自信をリオンは持っていた。


(俺のほうが上だ) 

 

 そして今回リオンが勝てば、バルドル王子との次戦などおそらくないだろう。

 

 現在、高度五百メートル。王子を乗せた赤竜とリオンは同高度、水平距離にして五十メートル離れたところに位置している。

 

 と、赤竜が攻撃を仕掛けてきた。


 リオンを挑戦的に見据えるバルドル王子。直進してくる。赤竜の口から炎の槍が放たれた。

 

 工夫のかけらもない、あきれるほど単調な攻撃だとリオンは思った。戦いの中盤までは予想外の攻撃をされることもあったが、今やそれもない。魔力切れと疲労によるものか。

 

 赤竜が炎を吐きながら、リオンの手前まで迫ってきた。リオンは斜め後ろに降下する。燃えあがる炎で視界が紅蓮に染まる。が、やはり先ほどまでの勢いはなく、リオンに届かない。


(ここで決める)

 

 しばらく燃えあがった炎が消え去るやいなや――リオンは急上昇した。零から百へ一気に加速。瞬く間にリオンはドラゴシュの上方に占位した。

 

 リオンが下を見れば、そこには驚愕の表情を浮かべたバルドル王子が――。

 

 いなかった。

 

 竜の背に乗っていないのである。


(どういうことだ)

 

 王子はついさっきまで乗っていたはず。直感的に、リオンの脳裏に警鐘が打ち鳴らされた。

 

 飛術士としての勘が、自分に危険が急迫していることを告げている。その危険は後ろ斜め上方からやってくる。と、感知したリオンは背後を振り仰ぐ。

 

 びゅん、と空気を切り裂くうなり。

 

 リオンの視線の先には――急降下して襲いかかってくるバルドル王子。獲物に飛びかかるハヤブサさながらの速度だった。

 

 不可避の距離。バルドルの斬撃が閃いた。



 2

 

 

 否、それはアウグストの斬撃だった。

 

 今は、アウグストが表に出ているのだ。


(俺がリオンを斬る)

 

 アウグストがバルドルにそう言ったのは、形勢がリオンに傾きはじめたときだった。

 

 このままではバルドルが負けると、アウグストは危惧したのだった。これはバルドルの戦いだといっても、彼に死なれては元も子もない。バルドルの死は畢竟、アウグストの消滅を意味する。いや、そうでなくても、長年見守ってきたバルドルが殺されるところをアウグストが見ていられるはずがない。だから協力するとアウグストはバルドルに伝えた。

 

 とはいえ、正攻法でリオンと戦って自分が勝てるとアウグストは思わなかった。アウグストよりリオンのほうが飛術士として一枚上手だからだ。だが、不意をつき、背後を急襲すれば倒せる可能性はある。その不意をつくために、炎を吐き、大きく燃えあがらせ、ドラゴシュの背中から飛ぶところをリオンに見せないようにした。

 

 炎でリオンの視界をさえぎり、そのすきに優位高度から襲いかかる。

 

 今、この攻撃が、成功したのだ。リオンは寸前で気づいて振り返ったが、回避することはできなかった。


 アウグストの一太刀は、リオンの胸部に深く鋭く振り下ろされた。鮮血が激しく芽吹く。ずっと無機的だったリオンの顔に、苦悶の表情が走る。

 

 アウグストは二撃目を繰り出そうとする。それ以上の速さでリオンが剣を払う。アウグストは後ろに飛び跳ねて、かわすしかなかった。

 

 その間、リオンは胸から血の尾を引きながら落下していく。追撃しようかアウグストは迷った。だが、すでに致命傷を与えたはず。深追いはしなかった。宙を移動してドラゴシュに乗り、下降する。


 

 3



 アウグストがリオンを斬ったところは、両部隊のいる場所のほぼ直上だった。

 

 リオンは王弟軍の兵たちのいるところへと舞い落ちた。胸から血を流し、片膝をつくリオンのもとへ、部下たちは動揺した様子で駆け寄る。


「リ、リオン様……ご無事ですか?」

 

 リオンは胸部を深く斬り裂かれて激しく出血していた。普通の人間ならとっくに絶命しており、飛術士でも並の者ならすでに死んでいるだろう。こんな状態で無事なわけがあるか、とリオンは内心で吐き捨てた。

 

 しかし――このままリオンが息絶えるかというと、答えは否である。

 

 リオンの再生能力は並外れている。心臓と肺にまで損傷を受けて本来なら致命傷の深手も、すでに最低限の修復はできていた。この傷でリオンが死ぬことはない。

 

 それにしても、これほどの深手を負ったのは近年稀だ。リオンは己の力を過信し、油断していた。飛術を使える竜騎士というのは極めて少ないが、王子がそうである可能性も皆無ではなかった。それを想定しなかったのはやはり油断だった。過去の戦いで勝ち続けてきたゆえに生じた不覚だ。それでこのざまである。

 

 

 

 地上にいる全員の視線の先に、舞い降りてくる赤竜の姿があった。その背にはラーザの王子が乗っている。

 

 それがバルドルではなく、アウグストという名の別人格だとは、ディアナ以外の人間にはむろん知りえようはずがない。

 

 着地したドラゴシュの背からアウグストは飛び降りた。その動作は華麗であっても、彼の顔には驚きの表情があった。瀕死の状態に追いやったと思っていたリオンが、くずおれるどころか立ち上がろうとしていたからだ。


 決定的な一太刀を浴びせたとアウグストは思っていた。だが、寸前で攻撃に気づいたリオンは、体を後ろにずらして斬撃をわずかに浅くしていた。それによって、再生すれば死をまぬがれる程度のダメージにしていたのだ。しかし――。

 

 リオンの顔には苦痛と狼狽の色がわずかににじんでいた。わずかであっても彼がそのような表情をしているのは異例である。

 

 アウグストとリオンは、やや距離をおいて対峙した。両者、一言も発しない。張り裂けるような緊迫感が戦場に落ちた。

 

 再び空を舞い、二人だけで戦うのか、部隊同士の再衝突になるのか。ディアナも他の者たちも、固唾をのんで二人の様子を注視している。

 

 空気が変わった。

 

 先に動いたのはリオンで、彼はアウグストに背を向けて部下たちのほうへ歩いていった。


「退くぞ」

 

 と、端的すぎる言葉を放ったリオンに、部下たちは戸惑いを見せた。


「……撤退するのですか? しかし、ここで退けば確実にディアナ王女を取り逃がすことに……」


「戦いたい者は戦え。この戦に自分の命をかける意味を見いだせるならな」

 

 リオンが退く理由は、この言葉のとおりだった。勝てる可能性もまだあるが、それと自分の命を秤にかける価値がこの戦いにはないとリオンは結論づけたのだ。リカードにそこまでの忠誠心を持っていないともいえる。

 

 引き下がることを告げると、リオンはすぐさま跳躍した。アウグストやディアナたちのほうとは反対方向に飛んで行く。このあっさりとした去り方も彼の性格の表れでもあった。ともあれ、一騎打ちの結果は――。

 

 バルドル王子、勝てり。

 

 残された王弟軍の兵たちは呆然としている。彼らの間をざわめきが駆け抜けた。精鋭揃いであっても、リオンなき今、王子と赤竜をふくめたランカスター部隊を打ち破る自信が彼らになかった。

 

 王弟の部隊は馬を反転させて退却を開始した。むろんそれを追撃する必要はない。ランカスターの兵たちは安堵の表情を浮かべ、歓喜の声をあげた。

 

 幕が下りたのである。

 

 アウグストとディアナも、引きあげていく敵部隊のほうへしばらく目を向けていた。


 やがて、二人は目が合った。今の彼がバルドルではなくアウグストであると、ディアナは顔を見てわかっていた。ディアナは彼の前まで近づいた。


「途中から出てきてくれたのね……。けがはない?」


「ああ」

 

 奇跡的にとでもいうべきか、バルドルおよびアウグストがリオンに斬られることはなかった。


「ドラゴシュも今は損傷が激しいが竜の再生能力なら回復できる。とにかく――」

 

 アウグストは安堵の息を吐いた。


「一山越えたな」

 

 そうね、とディアナはうなずいた。その顔には感嘆の色が濃い。


「よく――よく、あのリオンを倒してくれたわ。あなたのおかげで、おそらくリオンが追ってくることはもうないわ。進軍してきた一万の軍は追ってこないとも限らないけど、仮にそうなっても振りきれるはず」

 

 いつのまにかディアナの目には涙がにじんでいた。


「戦ってくれて本当にありがとう。感謝してもしきれないわ」

 

 ディアナの言葉には真情がこもっていた。

 

 だが、彼女が感謝の言葉をより伝えたい相手は別にいるのだった。

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