VSリオン(7)
バルドルは顔を後ろに向けた。リオンが飛来して背後に迫ってくる。
過去、バルドルはあれほど戦うことを恐れていたのに、今は不思議と恐怖がそれほどない。なぜなのか、答えはわかっている。
バルドルが倒されるということは、ディアナの破滅を意味する。彼女だけは失ってはならない。その思いがバルドルの恐怖を減殺していた。
(今、僕の魔力の集中力は半端じゃない)
魔力――魔道の力は精神状態によって変化する。バルドルの騎竜術の力は激烈なほどに高まってきていた。
バルドルとリオンの水平距離が十メートルを切った。
そのとき――。
瞬間的に、バルドルは騎竜術の魔力を爆発させた。
リオンの斬撃が迫る寸前、バルドルはドラゴシュに宙返りを打たせた。圧倒的なほど素早く、流麗に、竜が宙を舞った。
竜にはありうべからざるアクロバティックな動きである。手綱と、足に結びつけた革ひもがなければ、宙返りの最中に遠心力でバルドルは竜の背から振り飛ばされていたに違いない。
そういう本来ありえない曲芸飛行だからこそ、リオンの意表をつけた。翼を翻したドラゴシュは、一瞬にしてリオンの上方に占位した。
逆落としの体勢のドラゴシュは、顔を真下に向けた。
半瞬後。
その口から紅蓮の華が芽吹く。
騎竜術という油が加わって大きく燃えあがり、華は大輪の炎と化した。
これがリオンに直撃したのか、炎が大きすぎてバルドルには見えなかった。バルドルも熱波を感じるほどだ。この業火には、さすがのリオンも呑まれたか。
しかし――というより、やはりというべきか。
炎が消えたときにバルドルの視界に映ったのは、下降していくリオンの姿だった。間一髪で急降下して炎を回避したのだ。
バルドルは口の端をつりあげた。悔しさと同時になぜか昂ぶりも感じていた。
翼を脇につけ、ドラゴシュも急降下してリオンを追尾する。
自分とディアナの命がかかっており、高揚感など覚えている場合ではないのに、自然と気持ちが昂ぶっていく。今、バルドルの恐怖が打ち消されているのは、ディアナの命運がかかっているからだが、どうやら理由はそれだけではないようだ。
もっとドラゴシュと空を舞いたい。
竜騎士としての根源的な欲求が全身からあふれてくるのだ。
ドラゴシュと一つになって、空を我が物にしたい。そして、リオンに勝ちたい。
そうするには、どうすれば――。
(バルドル、深呼吸しろ)
ふと脳裏に蘇る兄ヴラドの声。
それは以前、兄と二人で竜に乗り、騎竜術の高め方を教わったときの言葉だった。ラーザ最強の竜騎士であるヴラドの言葉である。
(深呼吸して、竜の心を感じろ。ただ竜を操ろうとするだけではなく、感じるんだ)
バルドルは深呼吸し、ドラゴシュの心に触れ、その気持ちを感じようとした。ドラゴシュからも高揚感が伝わってくる。
(竜の心の隅々まで感じとれば、竜の全身の感覚も肌で感じることができる)
再びよぎる兄の言葉。バルドルは意識をドラゴシュの心の最奥まで伸ばす。竜の体中の感覚をかつてないほど知覚した。
(そして、竜の感覚すべてに、お前の力を、騎竜術を駆けめぐらせろ)
バルドルは騎竜術の力をドラゴシュの体中に行きわたらせる。ドラゴシュの飛行が瞬く間に速くなっていく。
(それができたとき、お前と竜は――)
バルドルとドラゴシュの間に電光のようなエネルギーが走る。
(一心同体だ)
騎竜術が不可視の閃光としてまばゆく迸った。
電撃的速度でドラゴシュの飛行が急加速する。赤竜から解き放たれた全力を、神速を、バルドルは感じた。
リオンの飛行速度を一時的に凌駕した。
先に降下していたリオンにみるみる迫っていく。リオンの後方を飛ぶドラゴシュの顎が開き、炎が迸る。
「ぶっ倒してやるよ、リオン」
バルドルが彼らしからぬ好戦的な言葉をもらす。
リオンを追撃する猛火が彼に迫りかけたが――。
バルドルは眉をひそめ、口もとを引きむすんだ。
リオンが進む先にディアナたちがいた。ほとんど地上にまで近づいていたのだ。このまま火を吐き続ければ、ディアナとランカスター兵たちにまで炎がおよぶ。バルドルはドラゴシュに炎の噴射をやめさせた。それをリオンは狙っていたのだ。
地上に迫る寸前で、リオンは急反転し、剣を水平に構えた。望むところだ、とバルドルも攻撃態勢に入る。
ドラゴシュとリオンが真正面から相対する――。




