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VSリオン(4)

 リオンの攻撃はいよいよ苛烈さを増してきた。

 

 飛ぶ。斬りつける。駆ける。ぐ。急上昇。急降下。突き込む。これらの動作を変幻自在に神速で行うリオンに、ランカスター兵たちは翻弄され、次から次へと倒されていく。

 

 それでも――八百対一である。

 

 一斉に八百人で攻撃できるわけではないにしても、ランカスター兵たちは間断なくリオンに斬りかかっている。何回か太刀を浴びせていた。

 

 だが、リオンには並外れた自己治癒能力がある。竜に肉体の損傷を再生する力があるように、飛術士にもその力があるのだ。凡百の飛術士であれば竜ほどの再生能力は持っておらず、浅い太刀傷でも治すのに時間を要する。が、そこは天才たるリオンである。よほど深く斬られない限り、傷はすぐさま癒えていく。

 

 結局、ここまでリオンはほぼノーダメージだった。この男を倒すには、首を斬り飛ばすか、致命傷となるほどのすさまじい深手を与えなければならない。

 

 それをランカスター兵たちにできるかどうか。

 

 今や、彼らの死者数は五十人を超え、負傷者はその何倍にものぼっている。部隊中部にいるディアナより前方は、半ば壊滅状態にあった。

 

 その光景を目の当たりにして、ディアナの心は芯から凍りついていた。自分の無力さに打ちひしがれてもいた。だが、彼女は完全に絶望したわけではなかった。後ろの兵たちはまだ無傷なのである。

 

 さしものリオンも、無限に飛術を使い続けられるわけではない。徐々に疲弊し、そのうち隙ができるはずだとディアナは思った。

 

 ――そのときだった。後方から異常なざわめきが起こったのは。


「敵襲!」

 

 後尾の兵が狼狽の叫びをあげた。

 

 振り返ると、ランカスター部隊の後背に迫ってくる騎兵隊の姿が見えた。むろん、王弟軍の兵たちであり、ずっと追ってきていた敵部隊である。

 

 その数は五百程度にすぎなかったが、今のディアナたちの絶望に追いうちをかけるに充分だった。


(リオン一人でも手に余るのに……)

 

 この瞬間だったろう。ディアナの中で、かすかに残されていた希望の光が闇にかき消されたのは。

 

 敵騎兵隊は地軸をゆるがせながら猛進して、ランカスター部隊の末尾に突撃した。ランカスター兵たちは、どうにか反転して迎え撃つ。撃剣の刃音と兵士たちの喚声が野に響きわたった。

 

 すぐにランカスター部隊の末尾はくずれた。敵の騎兵は突進による勢いがあるうえに精鋭ぞろいだった。加えて、もともと後ろからの奇襲であり、隊列を完全に反転できていなかったのだ。敵を一人討つごとに、ランカスター兵は二人倒されていくような有様だった。

 

 前方では、それと変わらぬ勢いでリオンがランカスター兵たちを圧倒する。前のリオンと後ろの騎兵五百による一種の挟撃を受けている格好だった。


(これは……もう……)

 

 ディアナは敗北を悟らざるをえなかった。

 

 それはランカスター兵たちも同じだったのだろう。ごく少数だが、左右の木々のほうへと逃げだす兵たちがいた。それを非難する資格はディアナにない。


(私のせいだ)

 

 小娘が己の力量もわきまえず、あの王弟リカードを打ち倒そうと思いあがった結果がこれだ。

 

 もちろん、叔父を打倒しようと動いたのは謀殺された父の無念を晴らすためだった。しかし、ディアナがその憎しみを内に飲み込み、大人しく叔父に王位を譲っていれば、こんな戦闘は起こらなかった。ここにいる兵たちを破滅に追いやることはなかったはずだ。


(もう諦めよう……)

 

 ディアナが降参して、ランカスター兵たちの命だけでも助けてくれるようリオンたちに懇願する。それ以外に、ここまで支えてくれた兵たちの忠誠にこたえる道はない。

 

 投降すれば、ディアナは命を奪われる可能性が高い。この場で殺されることはないかもしれないが、ここで捕まり、叔父のもとに引き渡されたのち、密殺されるだろう。ディアナという反乱の芽があるかぎり、叔父は即位しても完全には安心できないからだ。

 

 死。むろん恐怖しかない。

 

 だが、今この瞬間、ランカスター兵たちが殺され続けている。

 

 いつの間にか、ディアナの十メートルほど手前まで進んできたリオンは、斬撃一閃、兵士二人を斬り下げる。一人は首を飛ばされ、一人は胴を裂かれた。そこかしこにそんな惨状があった。

 

 生首。傷口からはみでる内臓。悲鳴。剣と剣がぶつかる金属音。怒号。馬のいななき。死体。戦い。

 

 ディアナはもう耐えられなかった。彼女は投降の叫びをあげようとした――。

 

 そのとき!

 

 空から、すさまじいばかりの咆哮ほうこうがとどろいた。雷鳴のごとく、激しく、大きく。

 

 何事か。

 

 誰もが戦いをやめ、咆哮の聞こえたほうへ目を向けた。後方、南西の上空。そこに浮かぶのは――。

 

 竜。

 

 炎を思わせる猛々しい真紅。赤い竜だった。

 

 西日が照らす空を猛然と飛翔し、どんどん戦場に近づいてくる。その姿に、ランカスター兵も敵兵も全員、驚愕に目を見開いている。もちろん、ディアナも。


(ドラゴシュ)

 

 我知らず、ディアナの口もとがほころぶ。 

 

 赤竜ドラゴシュは、すぐに戦場の上空へと到達した。

 

 ディアナがはじめて乗ったときより二回りほど大きくなっていた。体長は五メートル程度だが、首と尾をふくめた全長なら、その倍はあるのだろう。長く華麗な翼のおかげで、さらに巨大に感じられる。

 

 赤竜の姿は、天空の神それ自体の化身のように神々しかった。

 

 ――その背に、誰かが騎乗していると思しき影がかすかに見えた。どくん、とディアナの胸が高鳴る。

 

 兵たちは敵も味方も、茫然として竜の威容を仰ぎ見ている。中には、はじめて竜を目撃する者も少なくないだろう。

 

 ドラゴシュは力強く羽ばたきながら旋回して舞い降りてくる。竜が斜めに傾いたとき、乗っている人間の姿がディアナの目に少し映った。

 

 黒髪の少年。

 

 それがラーザの王子であることは、ディアナには明らかだった。どちらの彼なのか。ディアナの中で答えは出ていた。一度別れたアウグストが再び彼女のもとに戻ってくるとは考えにくい。つまり――。


「バルドル……」

 

 目に涙がにじむのをディアナは感じた。


(ああ……どうして――)

 

 あんな別れ方をしたのに。

 

 こんな状況なのに。

 

 兄の仇なのに。

 

 なぜ、彼を見ただけで、これほど胸が高鳴り、力がみなぎってくるのだろう。

 

 くすんでいた世界が明るく色づいたようであった。ディアナの中、闇に消滅していたはずの光が輝きを取り戻した。

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