第9話:『強制鑑定の代償』
「ああああああああああッ!!」
視界が真っ赤に染まる。
脳を直接、灼熱の鉄串でかき回されるような激痛。
黒い機体――『アビス』から放たれるノイズを、俺は無理やり右目の【鑑定】でこじ開けようとしていた。
《警告:適合者の脳負荷が許容値を超えています》
《精神汚染(ノイズ・汚染)が進行中。即刻、鑑定を中断してください》
「うるさい……! こいつを見切らなきゃ、みんな死ぬんだ!」
右目の奥で、ブチブチと何かが切れる音がした。
だが、その苦痛と引き換えに、ついに漆黒のヴェールが剥がれ落ちる。
《強制鑑定:成功》
《対象名:アビス・ゼロ。構造……欠落。動力……虚無。弱点……右胸部・疑似コア》
「見えた……! セシル、右胸だ! そこが唯一、現実と繋がってる!」
「承知した! よくぞ繋いだ、主殿!」
セシルが瓦礫を蹴り、光を帯びた剣で闇の隙間を突く。
同時に、俺はゼクセリオンの残光を振り絞り、左の拳を叩き込んだ。
ドォォォォォォォン!!
闇の機体が初めて大きくよろめき、その身を構成する影が霧散していく。
だが、喜びは一瞬だった。
「カハッ、……う、あ……」
突然、力が抜けた。
ゼクセリオンのコックピットから、俺の体が崩れ落ちる。
右目から、止めどなく血が溢れていた。
「アルト様! ああ、なんてこと……」
ルナが駆け寄り、俺の顔を抱きかかえる。
彼女の手が、俺の右目に触れた瞬間、彼女の顔が驚愕に染まった。
「右目の回路が……焼き切れています。アルト様、あなたの『視界』が……」
『アルト! しっかりして! ビットの修理キットじゃ、人間の目は直せないよ!』
視界が、半分だけ暗闇に包まれていく。
右目が見えない。
それどころか、今まで見えていたあらゆるモノの「鑑定情報」が、ノイズ混じりで消えかかっている。
「……っ、大丈夫だ。これくらい……」
強がって立ち上がろうとするが、指先一つ動かせない。
強制鑑定の代償は、俺の誇りである『鑑定士』としての力を根底から壊し始めていた。
闇の機体は、霧のように消え去った。
だが、その場に残された絶望は、黒い影よりも重く俺たちにのしかかる。
「アルト様……。エクリプス教団の奥地に、古の『再生の泉』があると言い伝えられています」
ルナが悲しげな瞳で、北の空を指さした。
「そこなら、あなたの目を……そして、傷ついたあなたの魂を救えるかもしれません」
「……旅の、続きだな」
俺は血を拭い、残った左目でルナを見つめた。
力を失っても、まだ彼女の温もりは感じられる。
だが、俺たちはまだ知らなかった。
この「能力喪失」こそが、カインさえも利用された、真の黒幕による『選別』の始まりだったということを。




