第19話:『精神汚染――闇に飲まれる右目』
視界が、壊れていく。
新生ゼクセリオンの右目から流れ込む情報は、もはや数値やログではなかった。
それは、ドロリとした黒い泥のような「負の感情」の奔流。
『――絶望セヨ。壊レタモノニ、価値ハナイ』
「……が、ああああッ! やめろ……俺の頭に、入ってくるな……!」
アビスが、ヴァルガスの残骸を取り込み、巨大な異形の腕を振り上げる。
その一撃を、ゼクセリオンは回避できない。
いや、俺の体が、アビスの放つ「死の共鳴」に縛り付けられ、金縛りにあったように動かないのだ。
「アルト殿! しっかりしろ! 機体の出力が……逆流しているぞ!」
セシルの叫びが、遠い場所で響く。
右目のレンズがどす黒く濁り、熱い痛みは急速に「冷気」へと変わっていく。
脳を焼くような感覚ではない。俺の意識という境界線が溶け、アビスのどす黒い意志が直接流れ込んでくる感覚だ。
強制的に見せられたのは、燃え盛る世界。
人間も、ロボも、希望も、すべてが「等しく無価値なガラクタ」として粉砕されていく光景。
『ソレガ、正シイ「鑑定」ダ。アルト……、オ前モ知ッテイルハズダ。世界ハ、直ス価値モナイ……ゴミ溜メダト』
「……そ、れは……」
一瞬、心が折れそうになる。
ゴミ山で虐げられ、カインに裏切られ、右目を奪われた俺。
この世界に、本当に守る価値なんてあるのか?
全部壊して、やり直してしまった方が――。
「……アルト様!!」
耳元で、鋭い声が響いた。
気がつくと、ルナが俺の体を後ろから強く抱きしめていた。
「飲まれないでください! アビスの言葉は、あなたの言葉ではありません! それは……ただの古い『記録』なのです!」
「ルナ……、でも、俺の右目が……こいつを『正解』だって……」
「いいえ! あなたが直してくれたゼクセリオンを、アンダー・ギアのみんなが繋いでくれたその手を信じてください!」
ルナの体から、淡い、けれど透き通るような白銀の光が溢れ出す。
その光が、俺の脳内を侵食していた黒いノイズを、じりじりと押し返していく。
《警告:精神シンクロを強制切断……》
《セーフティ・プロトコル発動。右目の制御を……「意志」に移行します》
ハッ、と意識が現実に戻る。
目の前には、アビスの黒い大剣が迫っていた。
「……悪いな、アビス。お前の『鑑定』は……俺の趣味じゃない」
俺は血走った左目と、紅く光る右目を同時に見開いた。
「ビット! 汚染されたログを全部パージしろ! 空いたメモリに、俺の『怒り』を叩き込め!」
『了解だよ、アルト! お返しに、ボクの全力の『バカ(ノイズ)』をぶつけてやるからね!』
ゼクセリオンが咆哮する。
精神汚染をエネルギーへと変換し、白銀の装甲が「紫電」を帯びて輝き始めた。
ドォォォォォォォン!!
アビスの一撃を、ゼクセリオンが片手で受け止める。
「……お前が世界をゴミだっていうなら、俺はそのゴミの中から、お前をぶち壊すための『牙』を見つけ出してやる!」
逆転の火蓋が、再び切って落とされた。




