11 終わりへ向かう王国 後編2二章終幕
白き騎士は、己の持つ十の力を一切の躊躇なく魔力へと変換し、そのすべてを剣へと流し込んだ。白く脈打つ剣は、まるで鼓動を持つかのように震え、周囲の空気さえ押しのけている。
「これで貴様と同じだ」
静かな宣言に、エリオはわずかに眉を上げ怒りを露わにする。
「……舐めているのか」
「これでも騎士だ。ならば騎士として、真正面から斬る」
その言葉に、エリオは呟く。
「貴様が味方にいれば、どれほど頼もしかったか」
次の瞬間、両者は同時に地を蹴った。
激突と同時に凄まじい衝撃波が広がり、大地は抉れ、空はひび割れたように震える。白き騎士の放った斬撃は、これまでとは比較にならぬ規模でエリオの一閃を飲み込み、そのまま王の剣を無残にへし折った。
砕けた刃が宙を舞う。
「ふむ……わずかに届かぬか」
「以前より強いな」
「貴様が弱っているだけだ」
エリオの擬似心臓の鼓動は明らかに速い。薄く、紅色に光り、胸が上下し、汗が頬を伝う。それでもエリオの視線だけは相手を見ている。
これまで自分より強い騎士と剣を交えたことはなかった。常に上に立ち、圧倒してきた。だが今、初めて“届かぬかもしれない相手”と剣を交えている。その事実が、恐怖ではなく奇妙な集中を呼び起こしていた。
折れた剣に魔力を流し込み、欠けた部分を強引に補う。歪な刃を再び構え、踏み込む。
斬り結ぶ。
右へ流し、左へ受け、返す刃を紙一重でかわし、直感だけで最適な角度を選び続ける。火花が散り、金属が削れ、空気が軋む。
白き騎士が一瞬距離を取り、地を強く蹴り上げた。砂塵が舞い上がり、視界が奪われる。
咄嗟に目を閉じたその刹那、閃光のような痛みが走る。
エリオの両手の腱が、正確に断ち切られていた。
剣が地に落ち血が滴る。
「残り二分といったところか。口で咥えたところで、何ができる」
エリオは何も言わず、落ちた剣を口で拾い上げた。
その直後、両腕が淡く光り始める。肉も骨も境界を失い、魔力へと変換され、すべてが剣へと流れ込んでいく。
「お前と同じだ」
腕を失った身体は前へ傾き、刃は異様なまでの重みを帯びる。鎧を脱ぎ捨て、上裸となった王の姿は威厳からは程遠い。それでも、その眼差しだけはまっすぐだった。
かつて庭園であったであろう瓦礫の上で、両者は再び向き合う。
動かない。
互いに一歩も譲らないまま張り詰めた時間だけが流れる。
エリオの頬から汗が落ち、小さな音を立てて地に触れた。
その瞬間、二人は同時に踏み込む。
白と紅が交錯し、世界が遅れたかのような静寂が一瞬だけ訪れる。
エリオは咥えていた剣を、静かに離した。
「悪くなかった」
擬似心臓の鼓動が、不自然なほどあっさりと止まる。
崩れ落ちる王の身体。
「満身創痍で、よくぞここまで戦えたものだ」
白き騎士がそう呟いた、その直後。
自らの視界が傾く。
遅れて、首が滑り落ちた。
血が噴き上がり、白き身体が膝を折る。
王と騎士。
二つの骸が、同じ地に横たわった。
「はぁ……はぁ……まだだ……」
膝をつきながらも、ロストは折れかけた剣を杖のようにして無理やり立ち上がる。視界は滲み、血で片目はほとんど開かない。それでも奥歯を噛み締め前を見る。
「残っている魔王軍を……殺さなければ……っ!」
震える声で吐き出したその瞬間だった。
遠くで角笛が鳴る。
低く、長く、引き際を告げる音。
黒い旗が翻り、魔王軍の兵が次々と後退していくのが見えた。統制は崩れていない。ただ静かに確実に戦線を離れていく。
「……撤退、していくのか?」
ロストは荒い呼吸のまま、ゆっくりと周囲を見渡す。
崩れた城壁。抉れた大地。倒れた仲間。倒れた敵。
そして――もう、迫ってくる殺気はない。
「守り……切ったのか……?」
名も知らない兵士呟きが、血と煙の混じる空気に溶ける。
「……俺たちの誇りを守れたぞ!」
掠れた声だった。
それに続くように、別の兵が叫ぶ。
「あぁ……やったぞ……!」
生き残った兵は、五百にも満たない。傷だらけの身体で、剣を掲げる者、地面に座り込んだまま泣き出す者、ただ空を見上げて笑う者。勝利の歓声というにはあまりに弱く、それでも確かにそこには安堵と誇りがあった。
ロストはふらつきながら歩き出す。
たどり着いた場所の視線の先に、二つの亡骸が並んでいる。
「王様は……ここか」
白き騎士の亡骸とその隣に横たわるエリオ。
折れた剣、血に濡れた地面、止まった擬似心臓。
ロストはしばらく黙ってそれを見下ろし、乾いた笑みを漏らす。
「……これじゃあ結局、どっちが勝ったか分かんねぇな」
敵の半分も死んで、撤退した。
自分たちの象徴も落ちた。
国は守れたが、失ったものがあまりにも大きすぎる。
勝利と呼ぶには、あまりにも重い。
ロストはゆっくりとしゃがみ込みエリオの顔を見つめる。
戦いの熱はもうない。ただ、静かな表情だけが残っていた。
「……帰ろう、エリオ」
夜風が吹き抜け、戦場の煙をさらっていく。
この戦いに意味はあったのだろうか。
何が残って、何を失ったのだろうか。
帰る場所はどこにあるというのか。
そんな物は今はどうでもいいし、分からない。今はただ力を抜いて休もう。
皇王国終わりです。一ヶ月以内に気が向いたら投稿します




