10 終わりへ向かう王国 後編2
皇王国の精鋭軍と魔王軍がぶつかり合う戦場をロストは駆け抜ける。
刃が閃き、魔王軍の兵が次々と薙ぎ払われていく。
「……ガーベラの嬢ちゃんの魔力が消えた。まずいな」
ロストは足を止めた。目の前の光景を見たから。
ガーベラの姿はない、そこに残っていたのは彼女が着ていた服だけだ。
それを抱きしめたままメリアは座り込んでいる。
光の抜け落ちた瞳で、どこか遠くを見つめていた。
ロストは小さく息を吐く。
「……蒼穹の。今は一人にしてやってくれねぇか」
視線は前を向いたまま
「相手は、俺がやる」
「……残念だが、二対一だ」
低い声が割り込む。アヴァターラが、ゆらりとテウクロスの隣に立った。
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「……待て」
「どうした。戦の最中だぞ」
片目を焼かれながらも皇王エリオは平然と言い放つ。
限界に近い事を悟らせぬ声音だった。
「戦中の余所見は命取りだ。こちらを向け」
「いや――」
フォースの視線はエリオを捉えていない。
「誰かが見ている」
風が止まり戦場の喧騒が、わずかに遠のく。
フォースはゆっくりと天を仰いだ。
「……そこだな」
深く息を吸い込む。
「ふぅーー天を断ち。神を穿ちその力、その願いすべてを断ち切るその万刀を、受けるがいい――スティーリフォトォシュ!!!」
魔力でできた光は空を貫き、雲を裂き、成層圏を越える。
宇宙から戦場を一瞥していた神は星屑の様に消え、光の通った後だけが残った。
「……なるほどな。余を見定めようとするだけはある」
「違う。もう一つある……」
「……?」
エリオの視線がメリアへ向く。
「この魔力量……一人の中に、二人いるな?」
(気付いたか……)
フォースが静かに言う。
「気が変わった。当方は其方らの味方になろう」
エリオの片目が細まる。
「……ほう?」
重装の皇王を、フォースは鞄でも持つかのように軽々と担ぐ。
「敵対関係、一時的な協力とはいえ不敬ぞ」
フゥン――
次の瞬間、景色が歪み一秒も経たず二人はメリアの元へ辿り着く。
無気力なメリアにエリオが告げる。
「……メリアよ。お前にはまだ為すべきことがある。立て。涙はその後だ」
「……エリオ……」
「悲しみも、痛みも知っている。だがここは戦場だ。立たねば死ぬ」
その時、空気が泥を含んだ様な濁った風を吹く。
「……多いな」
六人――全員が同時に空を見上げる。
そこに立つは黒いローブを纏い死装束を着た性別の判別すら曖昧なもの。
「召喚に応じ参上した。我はベルゼブブ―」
無数の羽音が鳴り響く。
その時エリオの左腕が、骨ごと食いちぎられた。
「……まずいな」
フォースの光が蝿を焼き払う。
「気色の悪い術だ」
フォースは魔術の応用で衝撃波を放つ。
だが、
カッ――
杖が地を叩いた音だけで、衝撃は霧散した。
「フォースよ。あの蝿は余が引き受けよう。お前はメリアを水上国家へ飛ばせ。」
フォースが手を伸ばす。
「メリアよ。当方の手を――」
「ガァッ――!!」
メリアの手が赤く染まる。
「これは……血か……?」
フォースはメリアの手を見、歯を食いしばる。
(あの血の矢…俺の手を貫いていたのかーー〜!!!)
フォースの光弾がテウクロスとアヴァターラを直撃し、ロストを救う。
「助かった、あんたの名を――」
振り向いたロストの視界に映ったのは、
杖に貫かれた皇王だった。
「……よくも、王をッ!!」
怒号が戦場を裂く。
ベルゼブブは無言のまま、エリオを地に投げ捨てた。
メリアは駆け寄る。血が止まらない手を抑え、何度もこけるが立ち上がり王の元へと行く。
「やはり……ここまでか」
「喋るな! 今、治す!」
水撃の応用で、多少の切り傷なら治せるが、そんなもの役に立たない。
そんな事は分かっていようとメリアは必死に発動する。
「……メリア」
空を仰いだまま、エリオは微かに言う。
「俺を殺せ」
「……っ」
「ガーベラも、そうしたのだろう」
メリアは自らの喉元に刀を向ける
「何をするつもりかは知らんが、そんな事をしたとて未来は……変わらん」
「未来……?」
「未来視の魔眼だ。俺の魔術……上に立つ者と、未来を覗く眼を盗め」
涙で視界が滲む。
「俺は……王の力を奪えません」
「はっ、王から物を盗む絶好の機会だというのに」
穴の空いた胴体から血が溢れ続ける。
「俺の役目は、終わった」
瞼が落ち瞳を閉じる
「……少し、眠るぞ……アイビー」
王が最後に発したのは、何年も前に亡くなった妻の名だった。
「同じ王として、その程度とは残念だ」
「……ベルゼブブ」
メリアの瞳に光が宿る。
「ベルゼブブ!!」
怒りが魔力を揺らし、既に限界を超えている左眼で一時眼を発動する。
フォースはその背に手を置いた。
「すまぬ」
空間が歪みメリアの姿が消える。
フォースは静かに手を向けた。
「ベルゼブブとやら」
光が集束する。
「協力関係を持って、その命当方が貰うぞ。」
上空。
雲海を踏み砕くように、二つの魔力が衝突する。
「フヒヒハハハッ! 先刻の王よりも強いではないか!」
狂気を含んだ笑いが響き、無数の蝿が黒い奔流となって空を埋め尽くす。羽音はやがて一つの重低音となり、鼓膜ではなく脳を直接震わせる。
「黙るがいい」
フォースの声は低く重い。
蝿とその王の周囲に幾重もの光輪が展開し、次の瞬間、数百の光弾が一斉に解き放たれた。夜を白昼に塗り替えるほどの閃光。だが、蝿の群れは壁のようにうねり光を包み込み、喰らい、霧散させる。
「効かぬなぁ!」
ベルゼブブが杖を振るう。
空間そのものが歪み、黒い衝撃が波紋のように広がった。
フォースも同時に衝撃波を放つ。
透明な圧力と黒い奔流が正面から激突し、衝突点を中心に大気が吹き飛び、雲が円形に弾けた。
一瞬、完全な静止が生まれる。
「同系統の力か。面倒だ」
「貴様のは所詮応用に過ぎぬ」
ベルゼブブの体がほどける。
いや、分解だ。
肉体が無数の蝿へと崩れ、次の瞬間にはフォースの背後で再構築される。杖が振り下ろされる。
しかし、そこにフォースはいない。
空間が裂けるほどの速さ。
フォースはさらに上空へ跳躍していた。
眼下に広がるのは、黒い渦。無数の蝿の中心に、わずかに濃い魔力の核が脈打っている。
(あれが本体か)
両手を重ね光が一点に凝縮される。
「フォトディソシエーション」
神を撃ち落とした時の奔流ではない。今度は、針のように細く、極限まで圧縮された光。
「――穿て光解離」
放たれた一閃は、音よりも速く黒渦を貫いた。
紙に落ちた水のように蝿の蒸発が広がっていく。
ベルゼブブの笑いが途切れる。
「……ほう」
肩が抉れ、黒い血が宙に散る。しかし次の瞬間には蝿が集まり傷を塞いでいく。
「我は無数に存在し喰らい続ける暴食。最早お前の攻撃など意味は無い」
「ならば全てを断つまで」
フォースは今度は真正面から距離を詰める。
光を纏った拳が杖と衝突し衝撃で雷鳴のような音が轟き、二人は同時に弾き飛ばされる。
高度が落ちる。
だがフォースは落下を利用し重力を乗せた加速を始める
さらに下にいるベルゼブブの懐へ一気に潜り込む。
ベルゼブブが蝿を盾に展開するが、その前にフォースの手が杖を掴んでいた。
直接の接触。
魔力がぶつかり合い、空間が悲鳴を上げる。
「掴んだぞ」
至近距離で逃げ場はない。
フォースの掌が、核の位置へと向けられる。
「スティーリフォトシュ」
光が爆ぜた。今度は拡散ではない。
一点、確実に“殺す”ための光。
上空に、白い柱が立ち上った。
「その命、貰ったぞ。」




