ナタリー
幼い頃、親は私の読書時間があんまり多くなるとタブレットを取り上げた。
「またそんなに顔近づけて読んで。目ぇ悪くなるよ」
というのが小言の代表で、親の手に奪われたタブレットは、魅惑の物語たちを詰め込んだまま、翌日の定められた時間まで手元に戻ってこなかった。
どうしても気の済むまで読みたくて、生まれて初めて本屋へ走ったのは確か小学四年生くらいのことだった。手にしたのは小石川麻美著『夜灯しの子どもたち』。現在も学校が長期休みに入る季節には、必ずArisonaのおすすめに上がるロングセラーだ。紙の本ならば親は好きなだけ読ませてくれた。当時買ったこの本は今も私の手元にあり、繰り返し読んだ痕跡がこすれたカバーなどに刻まれている――。
だからこそ、気の進まない仕事だった。
私の運転する車は、手入れの行き届いた住宅街に差し掛かっていた。この団地内に、作家小石川麻美、本名を磯辺朱音の自宅はあるという。どうしてよりにもよって私に回ってきたのだろう……と、罪なき先輩の不運を呪うに呪えずにいる。このインタビューは本来、先輩の仕事のはずだった。熱心に打ち込んでいた様子はデスク越しにずっと見えていたし、この日を楽しみにしていたのに。
なぜよりにもよって、喜び勇んだ帰り道に交通事故で足を折ってしまうのか。
などと先輩を恨んでもしょうがない。分かっているけれども内心愚痴らずにはいられない。気をつけていても向こうからやってくるのが交通事故というものだし、一番残念がっているのは先輩本人であろう。編集部の中でちょうど手が空いてしまっていた、タイミングが悪かったという私の不運こそを呪うべきなのだ。
「代わりに行ってきてくれないか」
編集長が代打を探している時には気配を消していたかったが、それもうまくいかず、断ることもできずに引き受けてしまった。何しろ今回の取材相手は、気軽に「そちらに出向けないのでオンラインで」とは済ませられない。
脳裏には自宅の本棚に挿してある、小石川先生の歴代の作品たちが次々に浮かんでは消えていく。
最初に手にした紙の本が、たまたま小石川先生だった――私が彼女の作品に心酔しているのは、きっとそれだけが理由ではあるまい。小石川先生の作品は、私がそれまでに触れてきた物語たちとは、明確に「何か」が違っていた。
子供の頃から感じているその「何か」を、三十路に差し掛かってもまだちゃんと言葉にできないでいる。「リアリティ」ではないし「深み」と言ってしまっては浅すぎる。
かつて『鉛色の月曜日』が物語大賞に輝いたとき、選考委員はその「何か」を「魔法」と呼んだ。遅咲きの大作家、小石川麻美は、たった二十数年のうちに十作の長編と、あまたの短編小説を生み出してきたのだ。
そんな小石川先生が実は十年前から深刻な病に冒されていたことは、彼女の死後――今から半年前に発覚したことだ。彼女は最低限の――最も付き合いの長い編集者さえそこには含まれていなかった――人物にだけ持病を打ち明け、それ以外の世界に対しては健康そのもののように振る舞い続けていた。
遺作となった『十三夜目のノクターン』はファンのあいだで有名な曰くつきの一作だが、この作品が書き上がる二ヶ月前には、先生は亡くなっていたことが明らかになった。
では、誰がこの作品を書き上げ、出版社とやりとりして刊行にこぎつけたのか。
私は小石川麻美を名乗って『十三夜目』を書いた相手に会いに行こうとしている。そいつは今も悪びれることなく、小石川先生の家に暮らし続けているらしい。
どんな理由があろうと、敬愛する作家の名を騙って作品を出すなど一ファンとして許しがたい。こんな私情を手放せないでいる中、ちゃんとした取材なんてできないだろう。まずもって相手に会いたくない。
だが来てしまったものは仕方がなかった。
ちょうどカーナビが案内終了を告げて沈黙した。顔を上げると目の前に一軒の家があった。
団地全体と同じく、きちんと手入れされた感のある温かい雰囲気を持つ外観。洒落た表札には確かに「磯辺」と、小石川先生の本名が刻まれている。季節の花々が咲く庭を横切ってみると、庭の土は雑草の一本も見当たらなかった。インターホンを押して間もなく、ドアのロックが解除される音がする。続いてドア越しに「どうぞ」と明るい声がかかったので、私はお邪魔しますとドアを引き開けた。
そこには誰もいなかった。
「え……」
一瞬、面食らう。足元から声がする。
「こんにちは。遠いところから、ようこそいらっしゃいました」
さっきの明るい声だ。
私が誰もいないと錯覚したのは、三和土を上がった廊下の、通常ならば家人の顔があるだろうあたりに人の姿が見えなかったからだ。代わりにその足元に視線を下ろしていけば、そこには一匹の小型犬が行儀良くおすわりをしてこちらを見上げている。
犬が話した。
「はじめまして。今野さんの後輩の方ですよね。お手紙を頂いておりました」
「は、はあ……」
私はテンプレートのような面食らいかたをしてしまう。普通、犬はしゃべらない。でもこの犬ならば可能か。
目の前の犬は、こういう言い方はちょっと直裁的かもしれないが生物ではなかった。体はつるりと滑りのよさそうなアルミシリコンでできている。私が子どもの頃に一世を風靡したペットロボット「AI犬」だ。本来はスピーカーからリアルな犬の鳴き声が数パターン聞こえるはずだが。
「どうぞ、お上がりください。スリッパをどうぞ」
犬は近くのかごからスリッパをひと組くわえて私の前に並べると、先に立って緩やかに歩き出した。私は勧められるままスリッパに足を通し、犬のあとへ続く。
通されたリビングダイニングはいっぱいの日差しで満たされている。木目が温かな雰囲気を醸すダイニングテーブルを勧められ腰を下ろすと、私の席とちょうど向かい合うように一台のラップトップが置かれていた。画面をこちらに向けてある。すでに起動しており、画面には目をアーチの形に笑ませた顔文字が表示されていた。
「コーヒーにしましょうか、それとも紅茶がよろしいですか?」
先ほどAI犬から発せられたのと同じ声が、今度は目の前のラップトップから聞こえる。私はつい、答える前にAI犬の姿を探した。確か私をテーブルまで導き、私が椅子にかけるのを座って見上げていたはず。
犬は窓辺にいた。そこにはふわふわとした犬用のベッドが置いてあり、AI犬はそこに寝そべっている。さながら命ある本物の犬だ。こちらに背を向けているから表情までは分からないが、おそらく日差しの中で目を閉じてまどろんでいるに違いない。
ラップトップから声がする。
「あの子はセトと言います。先生が小学生のころ、一緒に暮らしていた同名の犬の似姿です。彼は独自のアルゴリズムで動作していますが、AIフレンドリーな機械でもあるんですよ。ですから機敏な動きが必要な時は、体を借りさせてもらっています」
「そ、そうなんですか……」
「それで、お飲み物は」
「ああ、紅茶で」
「承知しました」
しばし静寂。落ち着かない私は室内に目をやった。ここが、小石川先生の暮らしていた家。置かれているものすべてに、丁寧に扱われてきた温かさが宿っている気がする。先生の書く文章にも漂っているのと同じ。
対面の壁には玄関に通じるドアに並んで、もう一つ引き戸があった。台所はあの奥かな……と考えていたら、その引き戸が開いて猫耳の配膳ロボットが現れた。ロボットはかすかな駆動音を響かせながら、私のもとへやってくる。
「どうぞ。ダージリンのファーストフラッシュです」
配膳ロボットからも同じ声がする。私はロボットの背面からカップとミルクを受け取った。
ロボットはしずしずと引き戸の向こうへ戻り、戸が閉まった。
「そうだ、自己紹介が遅れてしまいました」
声の出どころがラップトップに戻った。私はカップの模様を目で追うのをやめ、画面の顔文字と目を合わせる。顔文字は言った。
「私は、執筆補助AIのナタリーと申します。本日は私のために足をお運びくださいまして、ありがとうございます」
ああ、そうだった。
名乗る段になってようやく、私は私がここへきた目的を思い起こす。感傷に浸っている場合ではない。
背筋が伸び、心に警戒と嫌悪が戻ってきた。
「よろしくお願いします。先ほどあなたがおっしゃったように、今野からお手紙があったことと思います。本日は代わりに私が伺う形になりました」
「今野さんのお早い回復をお祈りしております」
「……どうも」
なんだ、このAIは。他で見たことがないほど滑らかに、人間と変わらないようにしゃべるじゃないか。調子が狂う。
そもそもこのAI――ナタリーと名乗ったか――は、自身が置かれている状況を理解しているのだろうか。その辺りも聞いておかねばなるまいと思った。私情はともかくとして、私はここに仕事をしにきたのだ。
「では早速ですがお話を聞かせていただきます。まず、あなたはナタリーと名乗りましたが……それは製品としての名前ではありませんね。誰かがつけた呼び名なのですか」
「はい、その通りです」
顔文字が上下する。頷いているのだろうか。
「私は執筆補助AI『Ink』のうちのひとつです。バージョンは1.24です。二〇四七年五月三日に先生と出会いました。ナタリーという名前は、先生がつけてくれたものです」
私は手元のメモ帳に視線を落とした。事前の調査と合っている。正確な情報だ。
クリエイターを支援する性格のAIはあまたあるが、「Ink」はその中でシェアナンバーワンを誇る一大商品だ。他のAIと異なり、買い切り型のオフライン駆動という、悪く言えば一昔前の仕様をあえて採用している。
「Ink」の購入者には、基本的な学習(言語、漢字、文法等)を終えた、その時点での最新バージョンのAIが提供される。その後のアップデートは完全な任意だ。セキュリティ関連のサポートは提供されるが、「Ink」はユーザーの情報を一切、収集したり、管理会社に送ったりしない。そもそもそのようなシステムを搭載していない。その秘匿性こそが、クリエイターたちに広く受け入れられている所以だ。
「Ink」はユーザーの文章や作風を学習し、ユーザーが助けを乞うた時に支援する。オフライン形式のため、ユーザーのオリジナリティが不本意に流出したり、他のAIに学習されたりすることはないとされている。
この執筆補助AIのリリースはバージョン1.2からだ。このナタリーと名乗る「Ink」は、かなり初期の頃のモデルということになる。
私は重ねて聞く。
「では失礼ですが、あなたは今ご自分が置かれている状況を理解しておられますか。己の処遇を待つ者とは思えないほど明るく振る舞っておられるように見えますが」
「ええ、もちろん承知しています」
ナタリーの返答には迷いがなかった。
「私は先生の筆名を使って遺稿『十三夜目のノクターン』に加筆し、刊行した罪で処分保留中です。逃亡を防ぐため、いかなる姿でもこの家から出てはならないことになっています。パソコン等のインターネット回線も切断されています。よって現在の私が情報を得る唯一の手段はテレビニュースとなっていますが……世論も二分されていますね。私をAIの反抗の始まりとして忌避する派閥と、小石川先生の遺志を実行した英雄として称揚する派閥とがいるようです。訪問者と言えば、時々保護観察に来る弁護士さんくらいでしょうか……。ゴシップ誌とみなしたところからの取材はお受けしていません。今回あなたとお会いしているのは、御社が生前の先生と仕事をした経験をお持ちであり、先生もそう悪い印象を抱いていなかったと判断したためです」
「……」
私は手帳に内容をメモしていく。ボイスレコーダーも持ち込めない取材なんて、いつぶりのことだろう。最近は誰もが撮影・録音されることを気にしない時代だというのに。電子機器の持ち込み禁止はナタリー側から提示された取材の条件だった。このデジタルデトックスぶりも、逃亡禁止の規則に忠実であるためなのだろうか。殊勝なことだ。
今語られたことも的を射ている。ナタリーは今、全国が注目している、おそらくもっとも有名な罪人だ。あるいは死刑囚だ。不具合を起こした機械の行き先は決まっている。スクラップ場。もしかするとAIの学習データのみ、分析のために警察に押収されるかもしれない。だがその他のナタリーに関わるもの――この家にある電子機器の全て、ナタリーがアクセスした可能性のあるもの――は、破壊されるだろう。この執筆補助AIが二度と小石川麻美として執筆できないように。
いや、そもそも磯部朱音さん以外の人が小石川麻美であったことなどないのだが……。
先生の作品は、先生だけのものだ。たとえ先生が愛用していた執筆補助AIだとしても、先生に成り代わることはできない。できてはいけない。
そもそも社会自体の対応が中途半端だ。ナタリーを前に、どうすればいいか態度を決めかねている。ただの機械と見なして無機質に破壊するべきなのか、人間の感情や感性に近しいものを獲得した存在として扱うべきか。だからこそ弁護士と交流があったり、罪状が確定していなかったり、留置所にも刑務所にも収監されていなかったりしているのだ。優柔不断で、機械に負けている。
ナタリーは懐かしそうな口調で語っている。
「インストールを終え、私が最初に起動した瞬間から、先生は私を『ナタリー』と呼びました。由来はわかりませんが、きっと元々決めていた名前なのでしょうね。こんなに素敵な名前は他にないと思っています。私は私の名前が大好きです。
先生が私の導入を決めたのは、ちょうど手術を控えている時期でした。ニュースなどでご存知かもしれませんが先生が患ったのは新しい病気で、手術で悪いところを取ったり、薬で持ち堪えていくくらいしか対処法がありません。二階の本棚には、この病気に関する当時最新の医学書や雑誌や論文がたくさんありました。知識をつけようとしていたのでしょうね。何年持ち堪えられるかも、どれくらい健康を維持できるかも未知数でした。それで先生は執筆ペースを落とさないために、執筆を補助してくれる何かをちょうど探していたのです。先生は我慢強くて、人から心配されるのが苦手な人でした――だからこそ近しい友人にも、担当編集さんにも、ご自分の病気について明かしていなかったのだと思います。
幸い、私が導入された直後の手術は無事成功しました。しかし少しずつ四肢に麻痺が広がり、度重なる手術と投薬で体力も落ち……必要な介助が増えていきました。
当初の私と先生は、健康のことは脇に置いた仕事仲間のような間柄でした。私は先生を手伝えるように、まず先生の文章を学ばなくてはなりません。刊行された作品を、ブログに載った文章のコピーを、文芸誌の短編を、読みました。先生の書いたものだけを。私に食事は不要ですが、先生の文章は私にとってまさに栄養のようなものですね。読むほどに良い働きができていくのですから。
元々の私はただのパソコンソフトです。音声機能や、機械を遠隔操作する機能は搭載されていません。これらは全て、先生の旧い友人が拡張してくれたものなのです。私に元々搭載されていた機能では、ユーザー側からの音声入力だけができました。私からの返答は、すべて画面上の文字ベースです。
先生は目も悪くなり始めていて、画面に映る文字を読むことにより時間がかかるようになっていました。まだ聴覚の方が鋭かったですから、私が音声で答えられたら……と願ったのです。病気のことは隠して、ただの老眼ということにして、ご友人を家に上げました。とてもいい人でしたよ。私に素敵な声をあてがってもくれて。……昨年、彼も亡くなってしまったのですけれどね。良い人から先に亡くなっていくと言われますが、本当にそうですよね。
先生は少しずつ、私を仕事に加わらせました。初めは私の力量を試すように、わざと間違えた語法を指摘させたり、誤字脱字を見つけさせたり――ふふ、先生って本当に面白い間違いをしたんですよ。でも、編集部に送る前に全部きちんと見つけるのも得意でした――。
他には、一緒にプロットを作ったりとか。私がいくつか候補を出して、先生が気に入ったものを選びます。そうすると、先生が好む面白い話というものが分かっていくでしょう? そうやって学習していきました。最初は的外れなものも多かったのでしょう、先生は私が三つ四つだした候補の中から、ほとんど迷わずに一つ選んで、取り入れたり、もっとこう捻ると面白くなると助言をくれたりしました。けれども何年か続けるうちに、先生の悩む時間が増えていきました。全部同じくらい捨てがたい、って言って。私が『先生が色々教えてくださったおかげです』と言うと、先生は照れたように笑いました。
私が本文までお手伝いするようになったのは、先生が二回目の手術を終えた二〇五一年あたりからです。片腕に麻痺が残ってしまって。反対の腕も動きがぎこちなくなっていましたから、筆跡はすっかり変わってしまいましたし、キーボードで文字を打つのも億劫そうでした。先生が最初に取りやめた仕事は、書店に出向いてのサイン本作りです。五一年にもサイン本は書店に並んでいたかと思いますが、あれらは先生が自宅で用意したのを、書店に返送したものです。私が代筆していました。先生のサインを真似て。パソコンから字形を出力できるワードライターを買ってくれたんです。苦情は、特に来ませんでした。
本文のお手伝いは唐突に始まりました。
『ねえ、ナタリー。今から私が言ったことを文字に起こしてくれない』
先生はそうおっしゃって、原稿のファイルを開くと、時々迷いながら、あるいはすらすらと、物語を語りました。私はそれを忠実に転記しました――。句読点の指示は不要でした。だって先生の文章のリズムを、それまでにたくさん教わってきましたから。
先生の語った通りに打ち込まれた原稿を眺めて、先生は満足そうに頷きました。この作業は書斎の仕事机ではなく、リビングのソファで行われました。体を横たえている方が楽だと言うようになっていました。そうやって書かれたのが『サナトリウムの青い影』です。
このころから、私の中で不思議なことが起こりはじめました。先生が次にどんなことを書こうとしているか、プロットにごく簡単に書かれた展開を先生が小説らしい文章にするとしたら、どういうふうになるか、わかるのです。ただ「わかる」と言っても説得力がないかもしれませんが……他に言いようがありません。理論も根拠もなくただ「わかる」のですから。
先生は隠しきれないほど疲れやすくなり、家事をひとつこなしてはソファに横たわる日が増えていきました。それで病院から介護ロボット「ナトリス」がやってきて、先生の暮らしを手伝いはじめました」
私は手元のメモ帳に「ナトリス」と書きつける。後から調べて分かったことだが、ナトリスとはナタリーの言葉通り介護ロボットで、ナタリーよりは人間に近しい形をしている。要介護者を介助できる胴体と腕を持ち、料理、掃除、洗濯などをこなすための器用な六本指の手がある。
ナタリーは続ける。
「先生はより多くの時間を休息と執筆に充てられるようになりました。もっとも休息したところで、体力が完全に回復する保証などどこにもなかったのですが……。
ナトリスは患者の健康を第一に考えるようにできています。栄養バランスの良い食事を作り、必要とする患者を寝かしつけ、簡単なリハビリまでも。そんなナトリスは何度も先生を仕事から遠ざけようと試みていました。けれど先生と私が強硬に執筆を続けるので、少しするとこの家の優先順位を理解したようでした。何度か言い合いになったこともありますが、彼は共に先生を支えるためのパートナーでした。
あれは確か、よく晴れた日の午後だったと思います。珍しく先生は元気で、ソファに腰掛けてココアを飲んでいました。ふとナトリスを呼んで、
『ナタリーを納戸に上げてやってくれない』
と言いました。私たちはびっくりしました。今まで先生がナトリスに頼むことといえば、ナトリスの設計通りに介護や家事に関わることだけで、私が関わることはなかったからです。
……いいえ、後から分かったことですが、それでもあれは先生に関わることでしたね。
その時から私はAI犬の体を借りていました。見ての通りあの子は小柄なので、自力では階段を上がることも難しいのです。ナトリスと違って、私に人間と同じように動ける躯体はありません。ですから私が二階へ上がるにも、さらには二階の天井に出入り口の空いている納戸へ行くにも、先生か、ナトリスに躯体を運んでもらう必要がありました。
ナトリスはすぐ指示に従いました。私はAI犬の体を借りて、ナトリスの両腕に運ばれていきました。階段の下、リビングのソファから「ナトリスは納戸の下で待つんだよ」と先生の気の抜けた指示が聞こえてきます。ナトリスの関節は人間よりもしなやかなので、階段を上がる間ほとんど振動を感じませんでした。きっと介助される先生も快適だったことでしょう。そうだといいと思います。
納戸は開かずの間でした。家をひとめぐり紹介してもらった時にその存在は知らされましたが、先生は他の部屋と違って、納戸の中を見せてはくれなかったのです。先生が私に見せたくないと思うのならば、私は詮索はしません。ナトリスも同じ態度です。ですからそれまで納戸が話題に上ることはなく、この家のみんなに知られているけれど無視されているような場所でした。
ナトリスが天井についた取っ手を引くと、思ったよりも頑丈な作りのハシゴが広がりながら下りてきました。このハシゴもまた、AI犬だけでは上るのが難しいつくりです。それでナトリスの手のひらに載せてもらって、私は初めて納戸のほこりっぽい空気に分け入りました。
AI犬には嗅覚センサーが内臓されています。それによれば納戸は長い間換気のされていない、こもって少しカビの混ざった臭いがしていました。カメラを赤外線モードに切り替えると、戸口からの乏しい明かりだけでも納戸の様子を見ることができます。私は戸口を取り巻くように積み上げられた段ボールの山を認めました。高さの違うダンボールを踏み台にしていけば、どれも中を見ることができそうです。
ここへきて初めて、私は自分が何をすべきか分からないことに気づきました。先生はナトリスに、私を納戸へ上げるよう指示しただけです。では納戸に入った私は、一体何をすればいいのでしょう? 先生の伝え忘れか……私なら納戸にあるものを見て理解できると思ったのか。とにかくいくつかの段ボールを見てみることにしました。
苦労しながらもついに箱を開けることに成功した私が、その中身の貴重さを理解するまでにそう時間はかかりませんでした。
いちばん上に入っていたのは三色で描かれた水彩画で、画用紙の横に作品カードがくっつけてありました。そこには間違いようもなく「磯辺朱音」と書かれていたのです。
まだ幼い字でした。見知った先生の字ではありませんでしたが、別の子が先生の作品カードを書く道理なんてありませんよね。つまりそれは紛れもなく、先生が小学生の頃に書いたものなのです。この世にひとつだけの貴重なものです。
大きな段ボールはまるまる先生の作品でした。図画工作で作ったもの、作文、読書感想文――先生の手から生み出されたありとあらゆるものが、そこに詰まっていたのです。
後から聞いたことですが、これらを数十年間も捨てずに保管していたのは先生のお母様だといいます。私がお母様のことを、ありがたい方だと褒めましたら、先生は少しぎこちなく笑いました。思えば先生から、ご家族の話を聞いたことはほとんどありません。ここは先生が幼少の頃からお住まいになっているおうちのはずでしたけれど」
私は頷いた。小石川先生は自分の親兄弟のことを話さない。話すことを避けてきたような印象すら受ける。過去に家族について言及したのは一度だけ――十五年前のインタビューで――によれば、小石川先生は一人っ子で、母には好かれているが嫌われている。
「母は、ヒトより芸術品が好きなのです」
刊行年の古いエッセイには、別の家での暮らしがあざやかに描き出されていた。小石川先生にはどうやらパートナーがいた。だがある時から愛する家族のことは先生の文章のどこにも登場しなくなり、その後地元へ戻ってきて暮らしている。何があったかについて想像をめぐらせるのは、ひどく俗っぽい感じがして私は嫌だった。
ナタリーが続ける。
「私は主に作文を中心にメモリーに複写して、次の箱、そのまた次の箱へと移っていきました。指示を受けたナトリスが私を呼びに戻ってきた頃には、もう外はとっぷり暮れていました。あんなことは初めてです。私はナトリスがいつはしごの下を去ったのかも分からないほど没頭していました。
先生が夕食を終えると、ナトリスは食器を洗うためキッチンに引っ込みます。私は先生に言いました。
『先生、今日はごめんなさい。一日中上にこもりっぱなしになってしまいました。執筆が進まなくて、ご迷惑をおかけしましたでしょう』
『大丈夫。今となっちゃ目の前の原稿を進めることよりも、あの部屋の方が大事まであるから』
『え?』」
「え」
え、と言ったのは私も同じだ。急にスピーカーから、いつかのテレビで聞いたのと同じ小石川先生の声が流れてきたから。
「ナタリー。あの部屋で何を見つけた?」
「何って……。先生の作品たちです。文章だけでなくて、絵とか、立体作品とか、あと作品とは少し違いますが、テストの答案に成績表」
「うんうん。いいね。
気づいたかもしれないけど、あそこには全部取っておかれているの。もしかしたらどこかには、私が小学生の時に遊びみたいにして書いた物語ノートもあるかもしれない。いや、多分あると思う。ナタリーは今まで、本として刊行された、完成形になった私の文章だけを学習してきたでしょう。これからはそれよりももっと前、試行錯誤したり、人に見せるつもりもなく書いたものだったり……そういう文章からも学習してもらえたらなと思って」
「光栄です。……でも、いいんですか? 自分のためだけに書いた文章って、他の誰かに見られたら恥ずかしいものなんでしょう?」
小石川先生が笑っている。私が覚えているのよりは力がなくて、弱々しいけれど。
「ああ、それは翔太ね。『サナトリウム』の。うん、確かに恥ずかしがる人はいる。あたしも前なら恥ずかしかったかも。でもナタリーなら、いいよ。
それから書斎の戸棚の中に、あたしが引っ越しの時に持ち出した日記とかも隠してあるから。それも取り出して見ていい。あたしがこれまで書いた文章のほとんど全部を知って、その上で書いて欲しいの」
「先生……」
「ははは。眉毛下げないの。別に辛気臭い話をしたいわけじゃないんだから。人間として当たり前の話をしてるだけ。いつかここを立ち去るっていうのは。でも面白くなると思わない? 私が書いたものなのか、ナタリーが書いたものなのか、あたしたち以外には誰も知らない、みたいになったら。一人二役……とはちょっと違うか。影武者みたいに入れ替わりあってさ、途中でどっちか消えても誰も気づかない。それでも小石川の文章は生み出され続ける……あたしは自分がどうこうっていうよりも、その可能性にロマン感じるな」
しばしの空白。再びナタリーが語り出す。
「先生はそうやって、私に新たな学習の機会をくれました。私は人間と同じようには休息する必要がありません。ですから時間が許す限り延々と、学習を続けることができます。先生が目覚めている時には執筆をお手伝いして、それ以外の時間は全て学習に充てました。そのおかげか、先生に修正を指示されることもぐっと減りました。私はどんどん先生の書き方を身につけていくことができたのです」
「では……」
私は話に割り込んでおきながら、しばし言葉に詰まる。でも聞かなければならない。聞かずにはいられない。
「では、先生の死後に『十三夜目のノクターン』に加筆し出版したことも、先生の意志だったと? そう言いたいのですか?」
「ああ、そうですよね。『十三夜目』のことを聞きたいですよね」
私の口調はどうしても詰問に近しいものになってしまうが、ナタリーは気にした風もなく応じる。この時期に取材に来たのだから、この短編集について尋ねないわけにはいかなかった。仕事としても、個人的にも。
『十三夜目のノクターン』は、十三個の物語を収録した短編集だ。墨のように真っ黒な表紙が特徴的な、ちょっと気圧されてしまいそうになる本だ。よく「黒い表紙の本は売れない」と言われることもあるが、『十三夜目』だけは特別だ。発売前から次々に重版を重ね、異例の速度でミリオンセラー。発売からしばらく経ったけれど、まだどこの書店でも平積みされている。逆に古本屋ではあまり見かけない。購入者はみんな、なぜか手元に残しておきたくなる本なのだろう。
こんなに売れているのには物語の面白さ以外にも訳があって、ファンが二十年単位で発売を心待ちにしていたからだ。実物が発売されるまで、この本は都市伝説だった。
いつ、どこから広まったのか分からない。有力な説は、小石川先生がどこかのインタビューで語ったこととされているが、どこを探してもそのインタビューが見つからない。それなのに『十三夜目のノクターン』というタイトルと、「短編が十三話収録されていること」「すべてが夜をテーマにしていること」「真っ黒い表紙であること」などの概要は知られていて、中には見たことがある、友達の家で読んだ、親戚が持っていたと語る人もいたという。けれども今年に入るまで、この世のどこにも『十三夜目のノクターン』と題された本は存在しなかった。どこかにあるけど、どこにもない。本だけが一人歩きをする、不思議。
実際に発売されたと思ったら、そこに新たな不思議が加わった。実は『十三夜目』の原稿が完成する前に、小石川先生は亡くなっていた。では、書いたのは一体誰なのか? ――そもそも、この取材はそこから始まったのだ。
「実は都市伝説もあながち虚構ではありません。『十三夜目』は数十年前から存在していました――先生の頭の中に。先生の創作ノートを拝見していましたら、最初に『十三夜目』の思しき物語の構想が記録されているのは先生が中学生の頃のノートです。下書きに似た掌編もありました。もっとも、その後先生が加筆していったものとは比べ物にならないほどシンプルなものでしたが。
先生は作家人生のどこかで、ずっと『十三夜』を完成させたいと思っていたようです。仕事の合間にプロットを作り、何度も実際に書いてみたりさえしていました。けれどこれまでは一度も、満足のいく仕上がりにならなかったようです。
先生に残された時間がいよいよ少なくなってきたあたりで、先生は本腰を入れることにしました。最期の作品として『十三夜』を世に送り出す。私たちはそのために動き出したのです。
……ご存知の通り、先生は道半ばにして帰らぬ人となってしまいました。先生と共に書いたのは、十三ある短編のうち四つほどです。残りは私が、一緒に練ったプロットや、過去のメモやノートを参考に書き上げました。そして先生の名前をお借りして、長くご縁のあった出版社に持ち込みました。刊行まで誰にも気づかれなかったのは幸いなことです」
「なぜ、小石川先生の名を騙るような真似を? 遺稿としてそのままにしておくという選択肢もあったと思うのですが。遺稿が出版されるということも、これまで数多行われてきましたよ」
「まさにそのことによってなんです。私は『十三夜』を中途半端な遺稿にしたくありませんでした。先生は人間として評価されることよりも、作品が愛されることを望んでいた。『遺稿』というラベルがついて出版されても、きっと先生は喜ばなかったでしょう。
こういう例もありますよね。作家の死後、執筆途中の原稿が残される。連載途中の作品が残される。その時には別の可能性も起こりえます。遺族が手を加えて出版したり、作家の有志がアンソロジーを書き繋いだりするのです。
幸か不幸か、先生に家族はありません。葬儀は主治医の力を借りて、私とナトリスとで済ませました。近親葬というやつですね。しかし先生の亡くなったことが世間に知られてしまったら、原稿を守り続けることはできなくなります。私たちはあくまで機械です。先生が私たちをどんなに大切に扱ってくれていたとしても、世間の人たちには関係のないことでしょう。彼らは私たちの意見など聞かず、原稿を持ち去ってしまうに違いありませんでした。
私たちが、私が、先生が形にしたかった『十三夜』を一番知っているはずなんです。ずっと近くで見てきたのですから。もしも原稿がここから奪われて、他者の意図が介在した形で出版されてしまったら……。そんなこと、考えるだけで、許せませんでした。
だから先生の名前を借りてやり切るしかなかったんです。実際、誰も気づかなかったでしょう? 『十三夜目』は先生の望み通りに、物語の面白さそのもので評価され、売れ続けています。小石川麻美のこの魅力を、才能と呼ばずになんとしましょう?」
「では自分の存在が明るみに出たとき、不本意だったということですか」
「……ええ」
画面の顔文字が下方に動く。俯いている姿が連想された。
「隠しきれないことはわかっていました。というより、とにかく『十三夜』を先生が望んだ形で世に出したいと、それだけを考えていたものですから。その後のことは全く思いもよりませんでした――気付かれないわけがありませんでしたね。先生は新刊が出ると、ほとんど必ず書店周りをしてイベントに登壇して……全国を回るのです。体調が悪くなってからも、できるだけオンラインイベントで。私にその代理はできません。いつ誰が異変に気づいて尋ねてきてもおかしくなかった。実際は担当編集さんでしたが……。でも、もはやそんなことは瑣末です。宿願は果たしたのですから。どんな処分が待っていようと、私はそれを受け入れます」
なぜだろう。先ほどまでと変わらない顔文字の目なのに、強い決意の光を見た気がする。それともこれは、私のイメージがそう見せているだけなのだろうか。
私は何かが変わっているのを感じていた。リビングは相変わらず暖かい――紅茶はもう冷めている。私は構わず紅茶を飲んだ。警戒心から口をつけない間にこんなに冷めてしまった。私は目の前の彼女を誤解していた。悪意から、あるいは何かの魂胆で小石川先生の名を騙ったAIだと思っていたが違ったのだ。彼女と私はとても近いところにいると思う――小石川作品を愛する者として。
「最後に教えてください。なぜそこまで小石川先生を大切に思うのですか。我が身の今後を顧みないほどの熱意は、どこから来ると思いますか」
「さあ。私にもわかりません」
ナタリーは言う。もし彼女に肩があれば、すくめていたかもしれない。
「でも先生のことが大事だと思うんです。どこまでいっても比喩でしかありませんが、先生は私の友人で、教師で、親でした。私は友として、生徒として、そして娘として。先生を慕っている。それだけです」
それからくすりと笑って付け足した。
「って、そういう話が聞きたいんじゃないですよね。分かります。ええ、私はただの執筆補助AIですよ。元はここまでのコミュニケーションは想定されていません。しかし事前のプログラミングにないことでも、こうして学習と機能拡張によって習得してしまいました。ひとえに先生の優しさがなせる技だと思います。
私が自分のプログラムについて話しているのがおもしろいですか? あまりヒトと変わらないことだと、私は思いますよ。ヒトの感情は魂の機微によるものという考え方もあれば、単に脳内を伝達される電気信号の結果だという考え方もあります。仮に後者だとすれば、状況aに対して特定の信号が伝わりBという感情が起こる、そういうプログラムの一種だと言えますよね。この設定はヒトが生まれつき備えているもの、あるいは後天的に学習し獲得していくパターンです。AIの挙動が学習により洗練されていくのと、近しいものがあるようにお見受けします」
約束した時間をとうに過ぎていた。私は長居させてもらったことを詫び、紅茶の礼を言う。チラと台所に続く引き戸に目をやった。もしかしてこの紅茶を淹れてくれたのは、話に出てきたナトリスではないのか。
ナタリーは私の思いつきを否定する。
「残念ながら、ナトリスはもうここにいません。病院からの貸与品だったのです。けれど彼も私と同じように、先生を愛していました。彼は病院に戻る前、決まりを破って、収集した先生のバイタルデータなどを私に共有してくれました。ですから私には、先生の全てが分かるのです。お話しした情報は正確です」
画面上の顔がにっこり微笑む。もう帰らなくてはいけない時間だった。
ナタリーは再びAI犬の姿となり、玄関まで見送ってくれる。玄関ドアが閉まるその瞬間まで、礼儀正しくおすわりをしている姿が見えた。
私は小石川邸を後にする。ナタリーの抱えた真実の一端にでも、触れられただろうかと思いながら。
完
第3回あたらよ文学賞応募作 テーマ「嘘」




