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18


やがて、洞窟に閉じ込められた日々にも終わりが見え始めていた。


雪が少しずつ溶け始めると、ついにネコサウルスにも、待ち焦がれた晴れの日が訪れた。


洞窟の出口から外へ顔を出したとき、冷たい空気が胸いっぱいに広がった。


だがそれは不思議と、苦しさではなく清らかな味わいを持っていた。


吹雪が洗い流した空は透き通り、頭上には久しぶりに太陽の光が差し込んでいた。


こんなに寒い世界で、これほど暖かさを感じるのは初めてだった。


ネコサウルスは胸の鼓動が高鳴るのを感じながら、近くの丘を駆け登った。


雪はまだ分厚く残っていたが、その上を踏みしめるたびに弾むような感触があった。


ネコサウルスは、子どものように何度も足を沈め、時には転がってみたりもした。


ずっと閉ざされていた洞窟から解放された喜びが、全身を軽くしていた。


そのときだった。遠い斜面の上から何かが転がり落ちてきた。


最初はただの雪の塊に見えたが、それは転がるごとに勢いを増し、やがて弾け飛んだ。白い破片が宙を舞い、その中から小さな命が飛び出した。


それは——ウサギだった。


純白の毛皮を持つその群れは、雪の精のように斜面を駆け下りてきたが、ネコサウルスの姿に気づいくと一斉に逃げ出した。


その瞬間、ネコサウルスは血が熱くなるのを感じた。長い眠りから覚めたかのように、本能が叫んだ。


久しぶりの狩りだ。


それからネコサウルスは、雪煙を上げながら駆ける白兎たちを夢中で追った。


捕えるたびに喉を震わせ、牙に力を込めた。


気がつけば、洞窟の中にはウサギたちの死体が山のように積み上がっていた。


最初は一匹だけを仕留めるつもりだったのに、追いかけること自体が楽しくて、遊び半分で次々と噛み殺してしまったのだ。


さらに群れの隠れ家を突き止めてしまったこともあり、結果的にほとんど全滅させてしまった。


肉を味わうと、白兎の肉は驚くほど柔らかく、ちょうど食べやすい大きさだった。


長い飢えを癒すに十分なごちそうだった。


満腹感は心に余裕をもたらし、久しぶりに「生きている」実感を与えてくれた。


その後の日々、ネコサウルスは獲ったウサギを洞窟に蓄え、必要に応じて食べた。


時折、洞窟の奥から昆虫たちが這い出してきては肉を狙ったが、ネコサウルスはそれが嫌いだったので、そのたびに一匹を奥へ投げ与えた。


虫たちはそれらに夢中になり、それ以上近づかなくなった。


こうして小さな共存のルールさえ生まれたのだった。


---


ある日、ネコサウルスは洞窟の入口に腰を下ろし、景色を眺めていた。


そのときの空は澄みわたり、世界全体が輝いて見えた。


すべてが静かで、心の中にあったノイズが一瞬だけ消えたように感じられた。


食べること

満たされること


それだけで世界はこれほど穏やかになるのかと、ネコサウルスは周りの風景を眺めながら思った。


そのとき、視界の遠くに黒と白の群れが現れた。


体を滑らせながら、斜面を一列になって移動していく動物たちの姿。


くちばしの形から、それが鳥の一種であることにネコサウルスは気づいた。


中には、背中に幼い子を乗せて滑る親の姿もあった。


その光景を見つめるうちに、ネコサウルスの胸は熱くなった。


それと同時に、頭の中にはトカゲくんとの記憶が蘇る。


自分の背や頭に彼を乗せ、共に歩んだ日々の記憶だ。


あれは決して遠い昔ではないのに、なぜか手の届かない過去のように思えた。


「……会いたい」


ネコサウルスは小さく呟いた。その瞬間、心の奥に沈めていた思いが、雪解け水のようにじわりと滲み出してくるのを感じた。


忘れようとした記憶は、かえって鮮やかに蘇る。


今もなお、背中の感触をはっきり覚えていた。


まるで、トカゲくんが今すぐそばにいるかのように。


---


ネコサウルスは、その夜も無事に一日を終え、洞窟の奥で眠りについていた。


外は荒れる夜風が唸りをあげ、冷気が岩肌を通して体を震わせた。


寒さを避けるために、いつもより奥へと身を寄せ、石の隙間に身を埋めるようにして眠っていた。


その眠りの中で、ネコサウルスは特別な夢を見た。


最近は決まって、トカゲくんにまつわる夢ばかりが頭を訪れていたが、その夜は違っていた。


夢の舞台は、この洞窟そのものだった。


夢の中の洞窟は、現実よりもはっきりと明るく、輪郭を持っていた。


暗闇に閉ざされているはずの奥が、淡い光に照らされるように鮮明に見えたのだ。


ネコサウルスはそのまま奥へ進んでいく。


そして、ある場所にたどり着いた。


そこには巨大な岩が積み重なり、まるで何かの入り口を塞ぐかのように立ちはだかっていた。


夢はそこで途切れる。


最初、ネコサウルスはその夢を見ても、気にも留めなかった。


ただの夢、疲れた脳が勝手に描き出した映像に過ぎないと思っていたのだ。


しかし、その夢は何日経っても消えることはなかった。


正確に言えば、同じ夢を何度も繰り返し見続けていたのだ。


ネコサウルルスの心は次第にざわつき、夢に導かれるように、洞窟の奥へ足を進めたい衝動が強くなっていった。


そして、ある日ネコサウルスは決意した。


夢の通りに、洞窟の奥へ進んでみよう、と。


進みながら、洞窟の中は暗闇は濃く、光は一切差し込まなかった。


普通なら彼女の鋭い目でも見通せないはずだったが、なぜか感覚が働いた。


夢で歩いた道筋が、現実の闇と重なっていく。


曲がり角、二股の道、滑らかな岩壁。


見えないはずなのに、どれもが夢の中で知っている景色と一致していた。


不思議だった。


一度も進んだことがない場所なのに、なぜ知っているのか。


進めば進むほど、現実と夢が重なり合い、ネコサウルスの胸は高鳴った。


やがて、夢で見たあの場所にたどり着いた。


そこには山のように積み上がった岩の壁がそびえていた。


ネコサウルスは夢と同じ内容に驚きながらも、警戒を解かず、ゆっくりと近づいていった。


しかし、いざ目の前まで来てみると、岩の表面には夢にはなかった植物の蔓が網のように絡みつき、奥へ進む道を完全に塞いでいた。


(なぜ、こんなところに植物が…?)


疑問が浮かぶ。


ここは洞窟の入口から差し込む光も水も届かないはずだった。


ならば、この植物はどうやってここで生き延びているのだろう。


この蔓は、ネコサウルスが洞窟で過ごしてきた間に一度も目にしたことのないものだった。


不可解さは、彼女の好奇心に火をつけた。


もはや押さえきれなくなったネコサウルスは蔓を口に咥え、力を込めて引き剥がし始めた。


最初はびくともしなかったが、次第に岩全体が震え始めた。


慎重に、しかし執拗に引き続けた。


やがて、ネコサウルスの努力に報いて、一つの岩が重みに耐えきれず動き出すと、連鎖するように崩れ落ちた。


轟音とともに、舞い上がる砂煙が視界を覆う。


それと同時に、ネコサウルスは素早く身を引き、安全な距離を取った。


煙は彼女の鼻を刺し、息を詰まらせる。


だが、やがて煙が収まると、ネコサウルスの目の前には異様な光景が広がっていた。


岩の向こう側から、淡い光が差し込んでいたのだ。


洞窟の奥から光が差すなど、本来ありえない。


しかも、そこからは冷たい風も吹いてこなかった。


むしろ、空気はどこか澄んでいて、外の匂いとも、洞窟の空気とも違っていた。


ネコサウルスは半信半疑に耳を立て、鼻をひくつかせる。


これは外ではなかった。


その直感が彼女を突き動かす。


だが、ネコサウルスはもう迷わなかった。


恐れよりも好奇心が勝ったのだ。


慎重に足を運びながら、ネコサウルスはその光の差す方へと歩みを進めた。



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