おかん、捕虜と混浴(未遂)!?
翌朝、ひだまりキャンプでは捕虜たちの処遇を巡って、ちょっとした議論が交わされていた。
「やはり危険です!いつまた牙を剥くか…!」
アキラが強硬に主張する。他の数人もそれに頷いた。しかし、キャンプリーダーのゲンは腕を組み、静かに首を振った。
「ハナさんのやり方に、もう少しだけ賭けてみんか。もちろん、監視は厳重につける。当面は、労働力としてキャンプに貢献してもらう」
その言葉に、ハナは「ゲンさん、話が分かるじゃない!」と満面の笑み。
こうして、捕虜だった略奪者たち――タツと名乗った若い男、ゴウと呼ばれる無口で強面の男、その他数名――とキャンプメンバーとの、奇妙な共同生活が始まった。
当然、捕虜たちは最初、反抗的な態度を崩さなかった。しかし、ハナはそんな彼らにも分け隔てなく接した。
「さあ、朝ごはんよ! しっかり食べて、今日も一日、雪かき頑張りましょ!」
まるで自分の息子たちに発破をかけるように、山盛りのオートミール粥を差し出す。その温かく、素朴ながらも滋味深い味に、彼らの頑なな心も、ほんの少しだけ揺らぐのを感じずにはいられない。
若いタツが、戦闘で負った腕の傷の手当てをハナにしてもらうことになった。
「ちょっと染みるけど、我慢なさいね」
ハナが消毒液を染み込ませた布で傷口を拭う。その際、ハナの豊かな胸がタツの肩にやんわりと触れた。むにゅっとした柔らかな感触と、ハナから漂う太陽のような温かい匂いに、タツは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「あらあら、うぶなのねぇ。男の子って感じで可愛いわ」
ハナはコロコロと笑う。その様子を遠巻きに見ていたアキラは、なぜか自分の胸がチクリと痛むのを感じ、ヤキモキするしかなかった。
ハナは捕虜たちを、薪割りや雪かき、見張り台の補強作業といったキャンプ内の雑務に動員した。もちろん、サボろうとしたり、反抗的な態度を取ったりすれば、
「こらーっ! 真面目に働きなさーい! そんなんじゃ、晩ごはん抜きよ!」
と、お母さんの雷が落ちる。時には、巨大な丸太を軽々と持ち上げてみせる「母の剛腕」で手本を示し、彼らを物理的にも精神的にも圧倒した。
数日が過ぎる頃には、捕虜たちの間に明らかな変化が見え始めていた。
ハナがキャンプの幼い子供たちと遊んでいる姿。誰にでも平等に食事を分け与える姿。夜、冷え込むと「寒くない?」と声をかけ、自分の近くで暖を取らせてくれる優しさ。それらは、飢えと暴力しか知らなかった彼らにとって、衝撃的な光景だった。
特に若いタツは、ハナの姿にかつて自分にもいたかもしれない母親の面影を重ね、複雑な感情を抱いていた。
ある晩、雪かき作業を終え、焚き火にあたっていたタツがおもむろに口を開いた。
「……なんで、俺たちみたいなもんに、そんなに甲斐甲斐しくするんだよ」
ハナは、編み物をしていた手を止め、にっこりと微笑んだ。
「あら、お腹を空かせた子にご飯をあげたり、寒い子を温めてあげたりするのに、いちいち理由なんて必要なのかしら? それにね、タツちゃんたちだって、好きで略奪なんてしてたわけじゃないんでしょ?」
その言葉に、タツはハッとした。まるで心の中を見透かされたようだった。
ぽつり、ぽつりと、タツは自分たちの過去を語り始めた。元々いたキャンプが凶暴なアイス・ビーストの群れに襲われて壊滅し、生き残った者たちでなんとか食い繋いできたこと。だが、それも限界で、ザギという男の力にすがるしかなかったこと。生きるために、略奪するしかなかったこと……。
ハナは黙ってタツの話に耳を傾け、彼が話し終えると、その頭を優しく撫でた。
「そう……辛かったわね。たくさん我慢してきたのね。でもね、どんな理由があっても、人を傷つけたり、人の物を盗ったりするのは、やっぱりいけないことよ。これからは、ここで一緒に、汗水流して働く喜びを思い出しましょ。ね?」
その温かい手の感触と、全てを包み込むような母の言葉に、タツはこらえきれず涙を流した。
そんな日々の中、ハナの口癖は相変わらず「あー、お風呂入りたーい!」だった。特に力仕事で汗をかいた後や、冷え込む夜には、その声はキャンプ中に響き渡る。
「もう、ハナさんったら、お風呂お風呂って、子供みたいだな」
アキラが苦笑すると、キャンプで一番若い技術者であるユキ(以前ハナに励まされた美少女)が、きらりと目を輝かせた。
「ハナさんのためなら……私、作ってみせます! あったかいお風呂!」
ユキはどこからか調達してきた古い設計図(何の図面かは不明だが)と、キャンプの廃材リストを広げ、地熱を利用できないかと考え始めた。
すると、それまで黙々と作業をこなしていた捕虜の一人、無口で強面のゴウが、その設計図を覗き込み、ぼそりと言った。
「……ここの断熱構造なら、古い毛皮と粘土をこう……組み合わせれば、もっと保温性が上がるはずだ」
意外な助言だった。聞けば、ゴウは元のキャンプでは腕利きの職人だったという。
こうして、キャンプメンバーと、協力的になったタツやゴウたち数名の捕虜による、「ひだまりの湯(仮)」建造プロジェクトが、お色気ハプニングを交えつつ(汗だくで作業するハナのダイナマイトボディに皆が釘付け、など)スタートしたのだった。
そして数日後。試行錯誤と、時に珍妙なアイデアの末、キャンプの片隅に念願の湯船が完成した! ドラム缶を改造し、周囲を雪壁と防水シートで囲い、焚き火と、ユキが発見した微弱な地熱を利用してお湯を沸かす、手作り感満載の露天風呂だ。
「わーい! 一番風呂、いただきまーす!」
ハナは、大きな布を体に巻き付けただけの即席湯浴み着(胸元も肩も大胆に露出しており、非常に際どい)をまとい、湯気の立つドラム缶風呂へと嬉々として向かった。
「ふぅぅぅぅ~、極楽極楽ぅ~! やっぱり日本人はお風呂よねぇ~!」
ドラム缶の中で手足を伸ばし、至福の表情を浮かべるハナ。その肌は湯気でほんのり上気し、いつも以上に艶めいて見える。
その時だった。完成したお風呂の焚き火の調整をしようとやってきたアキラが、もうもうと立ち込める湯気で視界が遮られ、うっかり囲いの中に足を踏み入れてしまった。
「ハ、ハナさん!? あ、いや、その、薪を……!」
目の前には、湯気に包まれたハナの、ほとんど無防備な姿。肩から滑り落ちそうになっている布、湯に濡れて肌に張り付く髪、そして何より、湯面に浮かぶ豊かな双丘のシルエット……。
アキラは見た。見てしまった。そして、次の瞬間、鼻から盛大に赤い液体を噴き出し、そのまま雪の上に卒倒した。
「あらあら、アキラさんったら、ドジなんだから。もう、男の子はこれだから、世話が焼けるわねぇ!」
ハナは全く悪びれる様子もなく、コロコロと笑っている。まさに「混浴(未遂)」、いや、アキラにとっては「混浴(成功、ただし記憶は曖昧)」だったのかもしれない。
その騒ぎを聞きつけた他の男たちが、「俺も薪を!」「お湯加減を見に!」と殺到しかけたが、ゲンさんの一喝と、ユキを中心とした女性陣の鉄壁のガードによって阻止されたのは言うまでもない。
その夜、久しぶりのお風呂ですっかりリフレッシュしたハナは、肌もツヤツヤ、上機嫌だった。
「やっぱりお風呂は文明の極みね! これで明日からも、もっともっと頑張れそうだわ!」
彼女の周りでは、アキラがまだ若干鼻を押さえながらも、どこか幸せそうな顔をしており、タツやゴウも、ぎこちないながらも少しだけ柔らかな表情を見せていた。
ひだまりキャンプに、確かな温もりと、小さな変化が生まれ始めていた。しかし、あの雪の闇に消えたザギの執念深い眼差しは、依然として彼らの上に不穏な影を落とし続けているのだった。