おかん、お説教と鍋(物理)で戦う!
ひだまりキャンプの外壁に刻まれた生々しい破壊の痕跡は、住民たちに新たな緊張感をもたらしていた。男たちは交代で見張りの頻度を増やし、女子供はシェルターへの避難経路を再確認する。そんな中、福々ハナはいつも通り、大きな鍋で湯気を立てながら朝食の準備をしていた。
「まったく、困った子たちねぇ。壁を壊すなんて、まるで反抗期の子供みたいだわ」
ぶつぶつと呟きながらも、ハナの手際はよどみない。彼女の作る温かい料理と、太陽のような笑顔は、不安に揺れるキャンプの雰囲気を少しだけ和らげていた。アキラはそんなハナの姿を頼もしく思いつつも、その危機感のなさ(あるいはズレっぷり)に内心ハラハラしていた。
その夜、ついにその時は来た。
「敵影発見! キャンプ西側より、十数名接近中!」
見張り台からの鋭い声が、静寂を切り裂いた。警鐘がけたたましく鳴り響き、キャンプは一瞬にして戦闘態勢に入る。
「ハナさんはシェルターへ!」
アキラが叫ぶが、ハナは首を横に振った。いつものお玉と、寸胴鍋の蓋(若干歪んでいる)をしっかりと握りしめている。
「私も戦うわ。だって、あの子たちに『悪いことしちゃダメ』って、ちゃんとこの口で言わないと気が済まないもの!」
その有無を言わせぬ迫力に、アキラは言葉を失った。ハナの言う「あの子たち」が、これから襲ってくるであろう凶悪な略奪者たちを指していることは明白だった。
やがて、粗末な毛皮を纏い、手製の斧や棍棒で武装した一団が、闇に紛れてキャンプの防壁に迫ってきた。その目は飢えと暴力の色に濁り、獣のような唸り声を上げている。先頭に立つのは、顔に大きな傷跡のある大柄な男だ。
「ヒャッハー! 食料だ! 女だ! 全部奪っちまえ!」
下卑た鬨の声と共に、略奪者たちがなだれ込もうとした、その時。
「こらーーーーーっ!!」
腹の底から響くような、しかしどこか母親が子供を叱るような大音声が響き渡った。ハナだ。
「夜中に騒々しい! 人様のキャンプに勝手に入ってこようとするなんて、一体どういう教育を受けてきたの!? まずはご挨拶でしょ、ご・あ・い・さ・つ!」
鍋蓋を盾のように構え、お玉をビシッと略奪者たちに向けるハナ。その場違いな説教と、暗闇の中でも際立つ豊満なシルエットに、略<x_bin_5>奪者たちは一瞬、動きを止めた。
顔に傷のあるリーダー格の男――ザギと名乗ることになる――は、ハナの姿を頭からつま先までねめ回すように見ると、ニヤリと汚い歯を見せて笑った。
「へっ、威勢のいい女じゃねえか。ちょうどいい、食料と一緒にあんたも頂いていくぜ!」
「問答無用!」ザギの号令で、略奪者たちが襲いかかってきた。
「話の通じない子たちねぇ!」
ハナは嘆息すると、お玉を振りかぶった。金属バットもかくやという勢いで振るわれたお玉は、先頭の男が振り下ろした棍棒を粉砕し、そのまま男の顔面を強か! …いや、寸止めした。
「暴力はダメって言ってるでしょ!」
しかし、勢い余った男は勝手に吹っ飛んで気絶した。
「あら?」
ハナは鍋蓋で斧の一撃を受け止めると、そのまま相手の体勢を崩し、むっちりとした尻でドンッと体当たりをお見舞いする。「豊満クッション・アタック」だ。むぎゅっとした感触と共に、また一人、略奪者が雪の中に沈んだ。
「だーかーらー! 人の物を盗っちゃダメだって、何度言ったら分かるの! ちゃんと働いて、正々堂々とご飯を貰いなさい!」
「うるせえババア! てめえの肉が先だ!」
ザギが巨大な鉈を振りかざし、ハナに襲いかかる。
「ババアとは聞き捨てならないわね! まだ三十路よ!」
激しい攻防。ハナの動きは主婦のそれとは思えないほど機敏で、かつパワフルだ。アキラやゲンさん、他のキャンプの戦闘員たちも加勢し、キャンプはたちまち戦場と化した。
その時、ザギの強烈な一撃がハナの肩口を掠めた。幸い大した傷ではなかったが、ハナの着ていた厚手のセーターのボタンが数個、勢いよく弾け飛んだ!
「あらやだ、ボタンが…! これ、気に入ってたのに! 後でちゃんと直さないと!」
大きく開いた胸元からは、豊かな双丘が惜しげもなく姿を現し、その白く柔らかな肌が焚き火の光を浴びて妖しく輝く。その瞬間、ハナに斬りかかろうとしていた略奪者の一人の動きが、ピタリと止まった。その男は、まるで金縛りにあったかのようにハナの胸元に見入り、完全に無防備な状態に。
「チャンス!」
その隙をアキラが見逃すはずもなく、渾身の一撃が略奪者の脇腹に叩き込まれた。
ハナ本人は、自分の胸元が大変なことになっているとは露知らず、「アキラさん、ナイスよ!」と呑気に声をかけている。
ハナの規格外の戦闘力と、予想外のお色気トラップ(?)、そしてキャンプメンバーたちの必死の抵抗により、略奪者たちは次第に追い詰められていった。
「くそっ! なんだこのキャンプは! 化け物みてえな女がいるぞ!」
ザギは忌々しげに吐き捨てると、手下たちに撤退を命じた。数人の仲間を失い、あるいは負傷させて、彼らは雪の闇へと逃げていく。
「あの女……! 次は必ず、その自慢の肉を削いでやるから覚えてろよォォォ!!」
ザギの怨嗟に満ちた声が、吹雪の中に消えていった。
戦闘が終わり、キャンプには静けさが戻った。しかし、あちこちで負傷者のうめき声が聞こえ、空気は血と汗の匂いで満ちている。
ハナは額の汗を手の甲で拭った。
「もうっ! 暴れたらお腹が空くし、汗もかいちゃうじゃない! あーあ、こんな時こそ、あったかーいお風呂にでも入ってさっぱりしたいわぁ……」
その言葉に、アキラたちがハッとした顔をする。
ふと見ると、戦闘で動けなくなっていた略奪者のうち、数人が捕虜としてその場に残されていた。皆、傷を負い、ハナたちのことを警戒と憎悪の目で見ている。
ハナはそんな彼らを見ると、おもむろに大きな鍋に残っていたスープをよそい始めた。
「あんたたちも怪我してるんでしょ? ほら、とりあえずこれでも飲んで、少しは落ち着きなさいな」
温かいスープの入った器を、戸惑う略奪者たちの前に差し出すハナ。
「な……何を企んでる……」
一人が警戒心を露わにするが、空腹とスープのいい匂いには抗えない。恐る恐るスープを一口すすると、その温かさと優しい味に目を見開いた。他の者たちも、つられるようにスープを飲み始める。
アキラとゲンさんは、ハナのその行動に呆れを通り越して感心すら覚えていた。これが彼女なりのやり方なのだ。
捕虜の一人が、震える声でハナに尋ねた。
「なんで……敵の俺たちに……こんなことするんだ……?」
ハナは、汚れた顔をふきんで拭いながら、こともなげに答えた。
「敵とか味方とか、そういう難しい話をする前に、まずはお腹が空いてちゃ話にならないでしょ? しっかり食べて、体を温めて。それからちゃんとお話ししましょ。どうしてこんなことしちゃったのか、このお母さんに、よーく教えてごらんなさいな」
その言葉には、不思議な説得力と、有無を言わせぬ母の圧があった。荒くれ者の略奪者たちも、なぜかその言葉に逆らえないような気持ちになるのだった。