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おかん、人間湯たんぽとして大活躍(主に夜)!


翌朝、ひだまりキャンプはちょっとした騒ぎになっていた。

原因は、福々ハナの小さなテントから、夜明けと共にホカホカと湯気を立てながら(比喩ではなく、本当に若干湯気が出ていた)出てきた青年アキラの姿だった。

「お、おいアキラ!お前まさか……ハナさんと一晩中……!?」

「ど、どうだったんだよ!? あの女神のようなお方と……!」

男たちが色めき立ち、羨望と嫉妬の入り混じった視線でアキラを取り囲む。アキラは顔を真っ赤にしながら首を横に振った。

「ち、違う!断じて違う!ハナさんはただ、俺が凍えないように……その、温めてくれただけで……」

その言葉がさらに男たちの想像力を逞しくさせたのは言うまでもない。

ハナ本人はと言えば、そんな騒ぎもどこ吹く風。「おはようみんな!朝ごはんは昨日捕まえた雪ウサギでシチューよー!」と、早朝から元気に調理に取り掛かっていた。彼女が焚き火の前に立つだけで、周囲の空気がふんわりと温かくなる。それは「ぽかぽかキッチン」能力の恩恵だが、今はそれに加えて、ハナ自身の体から発せられる尋常ならざる熱気があった。

その日の夜から、「人間湯たんぽ」福々ハナの伝説は本格的に始まった。

まず訪れたのは、夜間の見張りを終えて凍えきった若い男だった。

「ハ、ハナさん……頼む……ちょっとだけでいいんだ……温めてくれ……」

「あらあら、大変だったわね。風邪ひかないようにしないと」

ハナは快くテントに招き入れた。次にやってきたのは、持病の腰痛が悪化したという老婆。その次は、親とはぐれて心細さから震えが止まらない幼い子供。ハナは来る者拒まず、その豊満な体で、あるいは単にそばにいるだけで、彼らを温め続けた。

結果、ハナの小さなテントは毎晩、すし詰め状態となった。

寝ぼけた男がハナの豊かな胸に顔をうずめて「かあちゃ……」と呟いたり、ハナが寝返りを打った際に、そのデカ尻が誰かの顔面を圧迫したりと、お色気とも惨事ともつかないハプニングが続出。それでも、ハナの周りは確かに暖かく、誰もが安心して眠りにつけるのだった。

キャンプリーダーのゲンは、遠巻きにそのカオスな光景を眺めながら、「ハナさん専用の……大型テントというか、むしろ大部屋を建てるべきかもしれんな……」と真剣に頭を悩ませていた。

日中のハナも大忙しだった。

料理はもちろんのこと、薪割りではその「母の剛腕」で屈強な男たち顔負けの働きを見せ、水汲みでは一度に運ぶ量が人の倍。雪に埋もれた食料貯蔵庫の扉が凍り付いて開かなくなった時も、ハナが渾身の力で引っ張ると、バキッと音を立てて開いた(扉の一部も壊れたが)。

その超人っぷりに、キャンプのメンバーたちは日に日にハナへの信頼と、ある種の畏敬の念を深めていった。

もちろん、お色気ハプニングも健在だ。

力仕事で汗をかいたハナが、セーターの首元をパタパタと広げて涼んでいるだけで、男たちの視線は釘付け。汚れた服を着替えようと、物陰に隠れても、どこからか熱い視線を感じる(そして大抵、アキラあたりが赤面しながら硬直しているのを発見される)。ハナは「もう、みんな若いんだから!」と苦笑するだけだったが。

そんなある日の午後、ハナは胸騒ぎを覚えた。「おせっかいセンサー」が微かに反応している。

「なんだか……嫌な予感がするのよね……」

空は相変わらず鉛色だが、風が少し強くなってきた気がする。

その時、見張り台から甲高い声が響いた。

「敵襲ーっ! アイス・ビーストの群れだ! 前回より数が多いぞ!」

キャンプに緊張が走る。アキラを筆頭とする戦闘員たちが、手製の槍や弓を構える。ハナも寸胴鍋の蓋を盾代わりに、大きな調理用お玉をしっかりと握りしめた。その姿は勇ましいというより、どこかユーモラスだが、誰も笑う者はいなかった。

「グルルルァァァァッ!」

雪煙を上げて、十数頭のアイス・ビーストがキャンプに突進してきた。牙を剥き、涎を垂らすその姿は、まさに極寒の悪夢だ。

戦闘が始まった。キャンプの防壁代わりに積み上げられた雪壁を乗り越えようとする獣たちを、男たちが必死に食い止める。

「ひっ……!」

若いメンバーの一人、まだ十代半ばの少年が、目の前に迫るアイス・ビーストの迫力に竦み上がり、動けなくなってしまった。

「コラ! しっかりしなさい! あんたならできるわ!」

ハナの雷のような一喝が飛ぶ。「叱咤激励ヒーター」発動だ。その声に含まれた不思議な力に、少年はハッと我に返り、震える手で槍を構え直し、果敢に獣に立ち向かっていった。

戦いは熾烈を極めた。アキラが特に大きな個体と対峙し、その鋭い爪による一撃を肩に受けてしまった。

「アキラさん!」

ハナは叫ぶと同時に駆け寄り、負傷したアキラを庇うように前に立った。片手でお玉を振り回して獣の攻撃をいなしつつ、もう片方の手でアキラの傷口を押さえる。ハナの温かい手が触れると、アキラの肩からの出血が心なしか和らぐ気がした。

「ハナさん……無茶だ!」

「母親はね、子供を守るためなら火事場の馬鹿力だって出るのよ!」

言葉通り、ハナはその豊満な体を盾に、アキラを守りながら獅子奮迅の働きを見せた。鍋蓋で攻撃を受け止め、お玉で獣の鼻先を打ち据える。その姿は、戦場の女神というよりは、台所で害虫と戦う肝っ玉母さんそのものだったが、その気迫は本物だった。

やがて、ゲンさんの指示とハナの奮闘の甲斐あって、アイス・ビーストの群れは撤退していった。

しかし、キャンプの被害も大きかった。負傷者が続出し、皆疲れ果てていた。

ハナは休む間もなかった。すぐに大きな鍋にありったけの食材を放り込み、栄養満点の温かいスープを作り始め、同時に負傷者の手当て(主にその体で温めながら励ます)に奔走した。

その夜、ハナは泥のように眠り込んだ。自分のテント(という名の雑魚寝スペース)で、何人もの人々に囲まれながら。

彼女の寝顔を見下ろしながら、ゲンさんとアキラはしみじみと語り合った。

「ハナさんがいなかったら、今頃どうなっていたことか……」

「ああ……本当に、彼女は俺たちの太陽だ……」

その時、ハナが小さな声で寝言を言った。

「あー……お風呂……入りたいなぁ……肩までどっぷり……あったか~いお風呂……」

その場にいた全員が、ハナのささやかな願いを、胸に刻んだ。

翌朝。キャンプは昨日の戦闘の後片付けに追われていた。

そんな中、見回りをしていたアキラが、キャンプの外壁――雪を固めて作った簡素なもの――の一部が、鋭利な何かで切り裂かれるように破壊されているのを発見した。それは、アイス・ビーストの爪痕とは明らかに異なる、知的な存在による破壊工作の痕跡だった。

「これは……まさか、略奪者か……?」

ゲンさんの顔が険しくなる。この極寒の世界では、獣だけでなく、同じ人間こそが最も恐ろしい敵となり得るのだ。

ハナもその破壊された壁を見て、眉をひそめた。しかし、その表情は恐怖ではなく、むしろ呆れに近いものだった。

「まあ、なんてことをするのかしら。物を壊しちゃダメって、お母さんに教わらなかったのかしらねぇ。よし、次会ったら、私がちゃんと言い聞かせないとね!」

どこかズレた決意を新たにするハナの言葉に、アキラとゲンさんは苦笑いを浮かべるしかなかった。

ひだまりキャンプに、新たな脅威の影が忍び寄ろうとしていた。

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