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おかん、極寒地獄にドロップキック(物理)転生!


「―――ハナちゃん! 危ないっ!!」

それが、福々ハナ(ふくふく はな)、享年三十五歳が最期に聞いた言葉だった。

愛する我が子が雪山で足を滑らせ、咄嗟にその小さな体を突き飛ばした直後、背中に叩きつけられた轟音と衝撃。雪崩だ。ああ、あの子たちは無事かしら。大丈夫、きっとパパが助けてくれるわ。あなたたちは、私の宝物なんだから―――。

意識はそこで、ぷっつりと途絶えた。

「……さっっっっっっっっっむぅぅぅぅうううううう!!??」

猛烈な寒さと、全身を揺さぶる吹雪の音で、ハナは意識を取り戻した。

目を開ければ、そこは見渡す限りの白、白、白。凍てつく風が容赦なく肌を刺し、空は鉛色の雲に覆われている。まるで巨大な冷凍庫に放り込まれたみたいだ。

「な、なにここ!? 天国? いや、こんな極寒地獄が天国なわけないわよね!?」

パニックになりながらも状況を確認しようと身じろぎすると、自分の格好が薄手のセーターにスカートという、雪山ではありえない軽装であることに気づく。え、私、遭難した時ってもっと厚着してなかったっけ?

「っていうか、私、死んだんじゃ……?」

混乱する頭で自分の体をさすってみて、ハナはさらなる異変に気づいた。

(あれ? なんか……お肉が増えてない?)

確かに元々ぽっちゃり体型ではあったけれど、なんだか全体的にボリュームアップしているような……特に、胸。両手でそっと触れてみれば、明らかに以前より豊満さを増し、ずしりとした重みを感じる。お尻も同様に、むっちりと存在感を主張していた。

「こ、これは一体……? って、寒がってる場合じゃな―――」

そう思った瞬間、ハナは自分が思ったほど寒さを感じていないことに気づいた。いや、寒いことは寒いが、この吹雪と薄着にしては耐えられている。体もなんだか軽い。まるで……そう、子供二人を抱っこしながらスーパーの特売品を抱えて走り回っていた頃のような、謎の万能感が体に満ちている。

「グルルルルゥ……」

背後から聞こえてきた低い唸り声に、ハナは恐る恐る振り返った。

そこには、今まで見たこともないほど巨大な、狼のような獣が立っていた。血走った目に鋭い牙、全身を覆うのは氷柱のような体毛。明らかに、友好的な相手ではない。

「ひぃぃぃぃ! オ、オオカミ!? しかもデカい! 食べられるぅぅぅ!!」

絶体絶命。ハナは咄嗟に、買い物袋でも振り回すかのように腕をぶんっと振った。自衛のつもりだったが、その手がアイス・ウルフと名付けられそうな獣の鼻先にクリーンヒット!

「キャインッ!?」

巨獣は情けない悲鳴を上げ、まるでボールのように雪原の彼方へ吹っ飛んでいった。

「…………え?」

ハナは自分の手を見つめた。今のは何? まるでゴリ……いや、熟練主婦の秘技「肝っ玉母ちゃんパンチ」でも炸裂したみたいな威力だった。

呆然とするハナの耳に、か細い声が届いた。

「た……助け……て……」

声のする方へ駆け寄ると、雪の中に若い男性が倒れていた。年は二十歳前後だろうか、寒さで青ざめた顔はなかなかのイケメンだが、唇は紫色になり、体は小刻みに震えている。凍死寸前だ。

「大変! しっかりしなさい!」

気づけばハナは駆け寄り、その体を抱き起こしていた。母性本能がフルスロットルで稼働する。

青年は朦朧とした意識の中、目の前に現れた温かそうな存在に気づいた。本能的に、その温もりへと手を伸ばし―――ハナの豊満な胸に顔をうずめる形で、しがみついた。

「ちょっ、こ、こら! 男の子がそんな!……って、この子、氷みたいに冷たいじゃない!」

一瞬、青年の大胆な行動に狼狽えたハナだったが、すぐにその危機的状況を理解した。ハナは青年を力強く抱きしめ、自分の体温で温めようと試みる。不思議なことに、ハナ自身はますます体がポカポカしてくるのを感じていた。

「大丈夫よ、あったかくしてあげるからね……。もう大丈夫……」

まるで我が子をあやすように声をかけると、青年の震えが少しずつ収まってきた。やがて、うっすらと目を開けた青年は、至近距離にあるハナの胸の谷間に気づき、顔を真っ赤にした。しかし、それ以上に、命を救われたという事実と、ハナから放たれる太陽のような温もりが、彼の心を打っていた。

「あ……あなたは……?」

「福々ハナよ。とりあえず、どこか安全な場所に連れて行ってくれる? 私も何が何だか……」

青年――アキラと名乗った――に肩を貸し(途中からは軽々とおんぶし)、ハナは彼が所属するという生存者のキャンプ「ひだまりキャンプ」へと向かった。

雪と氷に覆われた廃墟のような建物の影に、そのキャンプはあった。見張りをしていたらしい数人の男たちが、アキラと、その背後にいるハナの姿――特にそのダイナマイトボディ――を見て、あんぐりと口を開けて固まっている。

「ア、アキラ!? 無事だったのか! そ、その後ろの女性は……一体……?」

キャンプ内に足を踏み入れると、さらに多くの視線がハナに突き刺さった。男たちの目は好奇と下心と、そしてわずかな畏怖のようなものでギラギラと輝き、女性たちは警戒と戸惑いの表情を浮かべている。

「すげえ……あんなスタイルの人、初めて見たぞ……」

「まるで……雪の女神様か、あるいは豊穣の女神か……?」

「あの胸……絶対あったかいだろ……」

ヒソヒソと交わされる会話は、お世辞にも上品とは言えないものばかりだったが、今のハナにそれを気にする余裕はなかった。

やがて、キャンプのリーダーらしき初老の男性――ゲンと名乗った――が現れ、ハナは自分がどうやら元の世界とは違う、文明が崩壊した極寒の世界に転生してしまったらしいことを、おぼろげながら理解した。

「福々ハナです。気づいたらここに……その、ご迷惑でなければ、しばらくお世話になってもよろしいでしょうか」

ハナが深々と頭を下げると、ぐぅぅぅ~、と可愛くない音が響いた。ハナのお腹の音だ。つられるように、アキラや他のキャンプメンバーたちからも空腹を訴える音が聞こえてくる。

ハナは顔を上げ、にっこりと笑った。

「あの、もしよかったら何か温かいものでも作りましょうか? 材料、ありますか?」

差し出されたのは、カチカチに凍った干し肉と、雪の下から掘り出したらしいシワシワの芋が数個。お世辞にも豊富な食材とは言えない。

しかし、ハナは怯まなかった。むしろ、主婦の腕が鳴る、とばかりに袖をまくる(実際はセーターだが)。

「ふふっ、お母さんに任せなさい!」

焚き火のそばでハナが調理を始めると、不思議なことが起きた。彼女の周りだけ、ほんのりと空気が温かくなったのだ。それはまるで、見えないオーブンが稼働し始めたかのようだった。

やがて、干し肉と芋を煮込んだだけの素朴なスープが完成した。だが、その香ばしく温かい匂いは、凍えるキャンプメンバーたちの鼻腔をくすぐり、ゴクリと喉を鳴らさせた。

アキラが最初に恐る恐るスープを口にし、そして目を見開いた。

「う……美味いっ! 温かい……体が、生き返るようだ……!」

その言葉を皮切りに、他のメンバーも次々とスープを口にし、その顔に驚きと感動の色が浮かぶ。冷え切った体に温かいスープが染み渡り、自然と笑顔がこぼれた。男たちは、ハナが料理をする姿――テキパキと動き、時折揺れる豊かな胸や、汗で首筋に張り付いた髪――からも目が離せないようだった。

ゲンさんは、ハナの手を固く握りしめた。

「ハナさんとやら……あんたは、このキャンプの救世主かもしれん……」

夜。ハナには、キャンプの隅にある小さなテントが割り当てられた。固い地面と薄い毛布だけだったが、ハナ自身が発する熱のおかげか、それほど寒さは感じない。

(これから、どうなっちゃうのかしら……。でも、どこへ行っても、お母さんはお母さん、よね!)

そんなことを考えていると、テントの入り口から遠慮がちな声がした。

「あ……あの……ハナ、さん……?」

アキラだった。モジモジとしながら、顔を赤らめている。

「少しだけ……その……だ、暖めてもらっても……いいですか……?」

ハナはくすりと笑った。

「あらあら、しょうがないわねぇ。風邪ひいたら大変だもの。さ、こっちへいらっしゃい」

母性全開で招き入れるハナ。アキラは恐縮しながらも、まるで大きな湯たんぽに吸い寄せられるように、ハナの隣に滑り込んだ。

テントの外では、何人かの男たちが羨ましそうに、そしてどこか悔しそうに、その様子をうかがっているのだった。

福々ハナ、三十ウン歳。彼女の極寒異世界サバイバルは、こうして幕を開けた。その温もりと豊満ボディが、凍える世界に何をもたらすのか――それはまだ、誰も知らない。

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