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神送りの夜  作者: 千石杏香
第五章 霜降
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1 町の禁域

 月曜日の朝――。

 千秋と別れ、中通りを進んだ。


 波に似た音を立てて雨は降る。

 限りない雫に通学路は霞んでいた。

 家々に垂れる紅い布が雨を吸って重く垂れている。起伏の激しい道の上に、二、三体の人影が現れては消えていった。


 先日の調査を思い出す。

 美邦が見つけた不審死は四件だ――事故死が三つと溺死が一つ。仲間たちが上げた声を合わせれば異様な数になる。

 一人ひとりに人生があった。

 親族や友人から既に葬送(おく)られたはずだ――美邦が父にしたように。


 今日、そのデータを芳賀がまとめてくる。


 事故車が現れた。

 半ば埋まるように傾き、顔面を削って残骸を散らしている。

 近づくにつれて消えてしまった。


 鞘川を過ぎれば、別の事故車が現れる。

 さらに少し歩けば炭化した家が。

 ――神様に目は一つ。


 幻視は幻視でしかない。

 脳が作る錯覚でしかない――その説明に美邦は安心してきた。しかし、死亡事故や火災について聞いたときから気になっている。


 丁字路が見えだした。紅い消火栓の前に、黄色い傘と薄紫の傘が竝んでいる。


「おはよう、美邦ちゃん。」


 傘の下から現れた顔に固まった。

 由香の血色は明らかに悪い――体調を崩し始めた父に似ている。声にも、いつもの元気がなかった。


「うん――由香、体調は大丈夫なの?」

「平気だでえ。熱もないにぃ。どうして美邦ちゃんもそがなこと言うかいなぁ。」


「――も?」


 薄紫の傘の下から、心配そうな目が覗く。

「いや――私も、ちょっと顔色が悪うなっとらんかって訊いただが。でも、由香は何も感じとらんみたいで。」


「私は元気だで? 何でそう言うかいな? こないだから変でないかえ?」


「変なのはあんたのほうだけん。」

「そうだよ。由香、学校を休んで病院に行ったほうがいいよ。」

「そがなこと言われても――」


 それから、健康を気遣う言葉を代わる代わるかけた。しかし暖簾(のれん)に手押しだ。

 押し問答を続けていても遅刻してしまう。

 仕方がないので学校へ向かいだす。


 校舎へ這入った。


 階段を上り、教室へと這入る。

 学習連絡帳を事務机に置いた。

 ロッカーへ向かう。

 岩井は先に来ていた――席から顔を上げてくる。

「おはようございます、みなさん。」


 おはようと三人は答えた。

 そして、由香の顔を幸子は指さす。

「それより岩井さん――見てな由香の顔。何だか、えらい悪(わる)げでない? それだのに、自分は大丈夫だって言って聞かんくて。」


 岩井はきょとんとした。

 由香の顔を観察し、目を瞬かせる。

「別に悪そうには見えませんけど?」


 予想外の言葉に肩透かしを食らった。

 にこりと由香は笑む。

「ほら、岩井さんもこう言っとるが? みんなちょっと考え過ぎでないの? 私自身、体調が悪いなんて感じられんだけど――」


 本当に――と思ってしまった。

「そう――かなぁ。むしろ、病院行ったほうがいいと思えるくらいだけど。」


 ふと、懐かしい気持ちになる。

 父は病院が嫌いだった。そのため、美邦がよく催促していたのだ――由香にかけたものより強い言葉で。

 事実、体調を崩し始めた頃の父と由香の顔色は似ている。

 だが、岩井さえ理解していない。

 ――お父さんは自然死だったんだろうか。


 鞄を置き、由香の元へ幸子はすぐ来た。

 そして、美邦と揃って体調を心配する。


 しばらくして、冬樹と芳賀が現れた。

 学習連絡帳を置き、ロッカーへ向かう。


 ふと、こちらを冬樹が向いた。

 直後、怪訝な顔が現れる。


 鞄を置いた後、二人は近寄ってきた。

 中性的な片方の顔が、近づくにつれ曇る。

「実相寺さん――大丈夫かえ?」


「もうっ。」

 不満そうに頬が膨れた。

「芳賀君までそがなこと言うだけぇ。」

 今までのやりとりを由香は説明する。

「みんな気にしすぎだぁが。顔色なんて、何とでも取れるにぃ。」


 芳賀は冬樹と目を合わせる。

 やはり、冬樹も釈然としていない。

「そう――なのか?」


 これが普通の反応なのだろう。

 岩井の方が妙なのだ。


 話は終わったとばかりに由香は尋ねる。

「で。芳賀君、データベースはできたん?」


「え――ああ。」

 芳賀はうなづいた。「もちろん。でも――とんでもないことになったな。」

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