1 町の禁域
月曜日の朝――。
千秋と別れ、中通りを進んだ。
波に似た音を立てて雨は降る。
限りない雫に通学路は霞んでいた。
家々に垂れる紅い布が雨を吸って重く垂れている。起伏の激しい道の上に、二、三体の人影が現れては消えていった。
先日の調査を思い出す。
美邦が見つけた不審死は四件だ――事故死が三つと溺死が一つ。仲間たちが上げた声を合わせれば異様な数になる。
一人ひとりに人生があった。
親族や友人から既に葬送られたはずだ――美邦が父にしたように。
今日、そのデータを芳賀がまとめてくる。
事故車が現れた。
半ば埋まるように傾き、顔面を削って残骸を散らしている。
近づくにつれて消えてしまった。
鞘川を過ぎれば、別の事故車が現れる。
さらに少し歩けば炭化した家が。
――神様に目は一つ。
幻視は幻視でしかない。
脳が作る錯覚でしかない――その説明に美邦は安心してきた。しかし、死亡事故や火災について聞いたときから気になっている。
丁字路が見えだした。紅い消火栓の前に、黄色い傘と薄紫の傘が竝んでいる。
「おはよう、美邦ちゃん。」
傘の下から現れた顔に固まった。
由香の血色は明らかに悪い――体調を崩し始めた父に似ている。声にも、いつもの元気がなかった。
「うん――由香、体調は大丈夫なの?」
「平気だでえ。熱もないにぃ。どうして美邦ちゃんもそがなこと言うかいなぁ。」
「――も?」
薄紫の傘の下から、心配そうな目が覗く。
「いや――私も、ちょっと顔色が悪うなっとらんかって訊いただが。でも、由香は何も感じとらんみたいで。」
「私は元気だで? 何でそう言うかいな? こないだから変でないかえ?」
「変なのはあんたのほうだけん。」
「そうだよ。由香、学校を休んで病院に行ったほうがいいよ。」
「そがなこと言われても――」
それから、健康を気遣う言葉を代わる代わるかけた。しかし暖簾に手押しだ。
押し問答を続けていても遅刻してしまう。
仕方がないので学校へ向かいだす。
校舎へ這入った。
階段を上り、教室へと這入る。
学習連絡帳を事務机に置いた。
ロッカーへ向かう。
岩井は先に来ていた――席から顔を上げてくる。
「おはようございます、みなさん。」
おはようと三人は答えた。
そして、由香の顔を幸子は指さす。
「それより岩井さん――見てな由香の顔。何だか、えらい悪げでない? それだのに、自分は大丈夫だって言って聞かんくて。」
岩井はきょとんとした。
由香の顔を観察し、目を瞬かせる。
「別に悪そうには見えませんけど?」
予想外の言葉に肩透かしを食らった。
にこりと由香は笑む。
「ほら、岩井さんもこう言っとるが? みんなちょっと考え過ぎでないの? 私自身、体調が悪いなんて感じられんだけど――」
本当に――と思ってしまった。
「そう――かなぁ。むしろ、病院行ったほうがいいと思えるくらいだけど。」
ふと、懐かしい気持ちになる。
父は病院が嫌いだった。そのため、美邦がよく催促していたのだ――由香にかけたものより強い言葉で。
事実、体調を崩し始めた頃の父と由香の顔色は似ている。
だが、岩井さえ理解していない。
――お父さんは自然死だったんだろうか。
鞄を置き、由香の元へ幸子はすぐ来た。
そして、美邦と揃って体調を心配する。
しばらくして、冬樹と芳賀が現れた。
学習連絡帳を置き、ロッカーへ向かう。
ふと、こちらを冬樹が向いた。
直後、怪訝な顔が現れる。
鞄を置いた後、二人は近寄ってきた。
中性的な片方の顔が、近づくにつれ曇る。
「実相寺さん――大丈夫かえ?」
「もうっ。」
不満そうに頬が膨れた。
「芳賀君までそがなこと言うだけぇ。」
今までのやりとりを由香は説明する。
「みんな気にしすぎだぁが。顔色なんて、何とでも取れるにぃ。」
芳賀は冬樹と目を合わせる。
やはり、冬樹も釈然としていない。
「そう――なのか?」
これが普通の反応なのだろう。
岩井の方が妙なのだ。
話は終わったとばかりに由香は尋ねる。
「で。芳賀君、データベースはできたん?」
「え――ああ。」
芳賀はうなづいた。「もちろん。でも――とんでもないことになったな。」




