↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神送りの夜  作者: 千石杏香
第二章 神無月
PR
13/66

3 人喰いの夜

 藤村(ふじむら)冬樹(ふゆき)は自分の言葉を気にかけていた。


 神社などない。

 なぜ――そう言えなかったのだろう。

 荒神塚を除けば、神社など町にはない。誰の目にも明らかだ。しかし、知らないと言ってしまった――この自分が。


 いや。

 違和感はあったのではないか。

 ――最初から。


 自転車を曳き、ブロック塀と石垣に挟まれた坂道を上る。町は、どこへ行っても迷路のように入り組んでいる。しかも上り坂や下り坂を繰り返すのだ。


 電線の張り巡らされた空に薄紅が差した。

 それを見て歩みを少し早める。


 冬樹は、夕暮れが恐い。


 いや――冬樹だけではないのだ。

 この町に住む者は、大なり小なり誰もが夜を恐れている。クラスメイトも家族も、夜が近づけば不安を必ず訴える。家々の軒に翻る紅い布は、そんな怯えの現れに他ならない。


 なので、日没前の町は閑散とする。

 そんな中、ちらちらと出歩く二、三人の人間が恐い。魂のない木偶(でく)が歩いているのではないかと思ってしまう。だから早めに帰る。


 日没前に家へ着いた。

 玄関の戸を引き、ただいまと声をかける。


 台所から、祖母である良子が顔を出す。

「冬君、お帰り。今から晩ご飯作るけん、うがいと手洗い先に済ませときない。」


「うん。」

 生返事をし、洗面所へ這入った。


 洗濯機の上に本を置き、蛇口をひねる。

 洗面台に飛沫が跳ねた。

 それを見た瞬間、再び気にかかる。


 ――山の中にある神社。

 聞いたこともない。

 町には何もない。

 というより――普通ではない。不可解な死と失踪が蔓延している。

 その二つが重なろうとした。しかし、接点が見えそうで何も見えない。


 手を洗い終える。


 洗面所を出ると、隣接する台所で良子が夕食を準備していた。

 そんな祖母へ声をかける。

「あの、一つ訊いてええ?」

「うん、何ぃ?」


「この町に、神社ってなかった? その――荒神さん以外で。何でも山ん中にあって、大きな社殿があるだとか。」


 ぴたりと手が止まった。


 何秒か経った後、自信なさげに答える。

「少なくとも思い当たらんけど――」


「そっか。」

 当然の回答だった。

 しかし、答えるまでの間が引っかかる。

「それで――神社が一体どうしたって?」


「まあ、色々あって。詳しい話は後で。」

 それだけ言うと台所を後にした。


 階段を昇り、自室に這入る。

 二つある本棚はどちらも満杯だ。床では、収納し切れない本が塔を作っていた。

『青銅の神の足跡』

『神隠しと日本人』

『厄神と福神』

 父から受け継いだ物もある。


 変わり者だとよく言われていた。

 自覚はある。

 ただの歴史好きならともかく、民俗学に深く傾倒する中学生はそういないだろう。


 ――親の血だししゃーない。


 幼い頃から本に囲まれて育った。

 多くは、民俗学や考古学に関する物で教員だった父が遺した物である。

 最初に手に取ったのは、神社の写真集など簡単な物だ。読み進めるうちに、奇妙な懐かしさを感じ始めた――自分が経験したはずがないものへの懐かしさを。


 ――誰もが、自分のルーツを知りたがる。

 どこから自分が来たのかを。

 結果、家にある本はもう読み尽くした。


 借りてきた本を机に置く。

 サイレンが外から聞こえてきた。

 空襲警報のように急激に強まり、単調に鳴り響く。そして、長い余韻を曵きながら灰色の空に消えていった。


 窓へ目をやる。

 夜が始まる――父が失踪した日のように。


 現場を見たわけではない。

 だから想像するしかない。


 海岸沿いの崖を通る県道――。

 湾曲して町が見える地点に、急ブレーキの跡が残る。タイヤをすり減らした黒い線は、何かを避けるように海へと向かい、ガードレールを突き破っていた。


 ――何で。

 

 カーテンを閉める。

 あそこには歩道がない。だから、冬樹は未(いま)だ行けていないのだ。


 スマートフォンを取り出す。

 試しに、平坂町、神社で検索した。


 当然ながら、荒神塚を除いて何も出ない。

 知識として持っているものは何も間違ってはいなかったのだ。


 祭の一つもないのである。


 史跡に詳しい自分だから知っている。

 この町は何もない。

 今まで、それで問題はなかった。


 しかし尋ねられた瞬間――無いという事実が違和感になったのだ。

 ――市内なら、

 神社の一つや二つはある。


 しばらくの間、借りてきた本を読んだ。


 玄関の開く音が床の下から聞こえてきた。

 自室を出て、一階へ降りる。


 母親の早苗が帰ってきたところだった。

 片手にはレジ袋を下げていた。

 早苗は市内で事務の仕事をしている。父親がいないこの家で唯一の働き手だ。


「お帰り――母さん。」

「ただいま。」


 レジ袋を受け取り、台所へ向かった。

 冷蔵庫に食材を入れる。


 ちょうど夕食が出来上がっていたので、良子と共にテーブルへ竝べだした。


 夕食が始まる。

 その最中、夕前の出来事について話した。

 当然、早苗も妙な顔をする。

「神社――?」


「うん。大きな社が山にある神社だって。」


「少なくとも心当たりはないけど――。大体、そんなんあったなら、知らんなんて冬君が言うわけないが? いつもは、出雲大社がどうのこうの、大穴牟遅(オオアナムチ)がどうのこうの言うとるにぃ。」


「まあ――そうだけどさ。」

 しかし、「知らない」と言ってしまった。


 ふと、良子が尋ねる。

「その女の子、冬君と同い年くらいって?」


「うん。」

「知っとる子?」


「いや――全然。」


 学校にいたなら知らないわけがない――あれだけ目立つ外見だったのだから。


 腰の先に届くほど三つ編みは長い。

 失明しているのか、鉛色の真珠のように左眼は濁っていた。一緒にいた少女は妹だろう。よく似ているが、性格は逆らしい。


 ――何で神社を探しとったんだろ。


 明らかに無い物を探そうとは思わない。

 在ると思ったはずだ。だが無い物はない。なぜ、在ると思ったのか。あるいは、

 ――誰かから情報を得たのかもしれない。


 訊き返さなかったことを今さら後悔した。

 ――また会えるだろうか。


 水をさすように早苗が問う。

「ところで冬君――勉強は大丈夫? 数学の追試、近いんでないん?」


 その言葉に、うん、と冬樹は答える。


「神社に興味持つのはええけど、赤点はもう取らんでよ? 中間テスト、数学と理科が酷いことなっとったが。あんたのことだけん、高校に落ちるなんてないと思うけど。希望しとらん学校に行くのも厭(いや)だら?」


「解っとるって。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。