プロローグ 2
晴天に恵まれた吉日のある日。
僕・鈴城優哉と僕の妻・新海沙雪さんの親族、同僚、友人、その他関係者が、教会に集まり、僕らを祝福してくれていた。
なにを隠そう、今日は僕の結婚式なのだ。
ついに僕は、新海さんとこの日を迎えたのだ。
僕の視界には、お義父さんに手を引かれてバージンロードの上を歩く、ウェディングドレス姿の新海さんが映っている。
花嫁衣装の新海さんはとても眩い。いや、神々しい。いつもの可愛らしさは鳴りを潜め、綺麗と形容できる姿に様変わりしているのだ。
僕の元まで辿り着いたお義父さんが、新海さんの手を僕にしっかりと握らせる。
「優哉くん、沙雪を宜しく頼む」
お義父さんの瞳は潤んでいた。今にも零れそうな涙を必死に堪えているようだ。
「はい、任せて下さい」
真摯に頷いた僕はお義父さんの心意気にそう応えた。
若造なりに精一杯頑張ることをここでお義父さんに誓う。
壮年の神父様に促されたお義父さんが、お義母さんの座る最前列新婦側へと静かに腰をおろした。
新海さんが僕の向かい――壇上に到着して、チラリと僕を横目で眺める。目が合うと、ニコッと微笑んでくれた。
僕、シ・ア・ワ・セ。
「では誓いの儀式を執り行います」
うわ、目の前には神父様がいらっしゃったんだっけ。新海さんに見とれてる場合じゃなかった。
「新郎・鈴城優哉――貴方は健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことをここに誓いますか?」
「誓います」
僕は神父様の瞳を見つめ返しながらしっかりと頷いた。
「本当に?」
「誓います」
「嘘偽りなく?」
やけに絡むなこの神父。
って――目の前に居た神父様が、いつの間にやらストーカー女・鈴城姫風にチェンジしていた。
傍らには神父様だった物の脱け殻(神父様変装セット?)が転がっている。
「姫風凄い特技だな!!」
「惚れ直した?」
※元から惚れてません。
「人の感情を捏造するな!」
「そうです! 鈴城くんはわたしのことが好きなんですから!」
隣で仰天していた新海さん(花嫁バージョン)が我を取り戻したのか、傍らから僕を援護してくれた。
しかし、新海さんを意にも介さない姫風が、いつもの無表情でこう言い切った。
「寝取り萌え」
「は!? 寝とむぐぅっ!?」
ムチュッとキスされた。姫風が僕を引き寄せて。新海さんの目の前で。
「す、鈴城くん!? 姫風さんやめてよぉ! 嫌だよぉ! わたしの鈴城くんを放してよぉ!」
わんわん泣く新海さんに僕の身体はグイグイ引っ張られるけど、顔だけは姫風に固定されて一切動かない。
「離して下さい! 離して下さい! は〜な〜し〜て〜く〜だ〜さ〜い〜!」
新海さんヤメテ。このままだと首を境に折半されちゃいそうな気がするから。あぁ、苦しい。あれ、気持ち良い? あぁ、見える。見えちゃいけないお花畑が見える。こんにちは新世界。
「その結婚式、ちょっと待ったぁ!」
教会を閉鎖空間にしていた両開きの巨大な木製扉が、バンッと音を立てて開いた。
みんな一斉にそちらへ振り向く。
注目を受けてそこに立っていたのは、モーニングスーツをビシッと着こなした男性だった。
「鈴城嬢は誰にも譲らない!!」
モーニングスーツ姿でそう宣言したのは、僕の性別を勘違いして止まない佐竹昇くんだった。
「佐竹だ!」「ガチホモだ!」「昇キタ――(・∀・)――!」「修羅場か!?」「四角関係!?」
クラスメイトの喝采を受けながら、佐竹くんは壇上にいる僕と姫風と新海さんの騒動へ駆け寄る。
待って! なんでみんな嬉しそうに佐竹くんを歓迎してるの!?
僕の疑問を他所に、あらゆる状況についていけない新海さんが、彼女の背後に張り付いた佐竹くんに振り替える。姫風から引き剥がす手を一切緩めずに。
「え? 佐竹くん……?」
疑問を呈しながら振り返った新海さんを、佐竹くんが背後からガシリと掴んで、「モブは邪魔だ!」と真横に放り投げた。
慣性の法則そのままに、モブさ――新海さんは頭から教会の壁に刺さった。深く刺さりすぎてヒール(靴)しか見えない。新海さん、死んだ!?
「んんんんんん(新海さん)!? んんん(姫風)、んんん(離して)!」
以心伝心なのか、姫風が僕の口内を舐め回すディープキスをやめてくれた。
「ふふ、ちゅっ」
以心伝心じゃなかった。ただバードキスに乗り換えただけだった。顔中に姫風のキスが降ってくる。空から降る一億のキス。
「その辺りで止めてもらおうか、鈴城姫風!」
そこへ力強い待ったがかかる。当然、僕の背後に張り付いて、尻を撫で回してくる佐竹くんだ。
「ひぃぃ! さ、佐竹くん、やめて! 痴漢良くない! 尻から手を放して!」
「鈴城嬢のお尻は、温度、手触りともに一・級・品・!」
「尻の感想は良いから僕の話を聞いてよ!」
聞く耳をもたない佐竹くんが、さわさわ、と僕の尻を嫌らしく撫で付けながら、もう片方の手で、姫風をビシッと指差した。
「鈴城姫風! いや――お義姉さん! そろそろ雌雄を決しようじゃないか! どちらが鈴城嬢の恋人になるかを!」
漸くバードキスを止めた姫風が、僕の頭を抱き寄せながら、僕の体を掴む佐竹くんに視線を向ける。
「名前は?」
「ノボル・サタケ」
なんで外人風味で名乗ったの!?
「ノボル・サタケ、ゆうのお尻を私の許可なく触った。許さない」
ツッコミなしか。誰もツッコミなしのままノボル・サタケで通すのか。
あらゆることを意に介さない姫風が続ける。
「今から口癖を『でちゅ』に変えてあげる。覚悟しなさいノボル・サタケ」
それ地味に嫌だね!
「……なんでちゅと!? はっ!?」
驚いた佐竹くんが僕の体を放した。
一瞬の油断が勝負の明暗(僕の体の取り合い)を分ける形になった。
「しまったでちゅ!!」と歯噛みした佐竹くんを尻目に、姫風は僕をお姫様抱っこして、佐竹くんを踏みつけ、教会からさっさと逃げ出したのだ。
「私はゆうを必ず幸せにする」
「有言実行タイプだよね、姫風って」
姫風の腕の中で、満更でもないかな、と思う僕がそこに居た。