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嘘から出た嘘

 そんなこんなで私と黒騎士様ことジェシー……じゃなかった、ジェスト様は、急遽私の父と対面することになった。


 ジェスト様を前に顎をぱっかーんと落としている父。うん、気持ちはわかるよ、お父様。まさかサイン会に出かけていった娘が侯爵令息サマを引っ掛けて帰ってくるとは思わないよね。私だって思わなかったよ。土産にしてはデカくてゴツくて美味しくなさそうだし。東京バ○ナやち○すこうの方がずっと嬉しいよね。


「いや、あの……クインザート侯爵令息」

「どうかジェストとお呼びください、ハミルトン伯爵」

「では失礼して……。ジェスト様は、その、グレースとの婚約をお望みだと……?」

「……そうです」

「……」

「……」


 先ほどから酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくさせている父の目がくわっと見開かれてこちらを向いた。その視線を右から左に受け流し、気付かぬそぶりで壁の模様を数えるフリをする。何せ急ごしらえの婚約話だ。ある程度口裏を合わせはしたものの、粗だらけの計画。父は出るとこ出ない平凡伯爵だけど、平凡ゆえに凹むところもほとんどないのが長所だ。騙し通せるかと言えば自信がないとこぼしたら、ジェスト様が自分に任せろむしろ余計でしかないその口は絶対開くなと強くすっぱく言ってくれたので丸投げすることにした。


 そっぽを向く私からなんら情報を得られないことを悟った父は、諦観の様相で額の汗をぬぐい始めた。


「その、娘の、しょしょしょ小説のファンでいらっしゃる、と?」

「……はい」

「それでサイン会に出向かれて、娘に一目惚れなさった?」

「……左様です」

「娘には正体がバレないよう、姿を偽るようにと伝えたはずですが……グレース! まさかべールを取ったのか!?」

「ええぇっ! 取ってませんよ!」

「ならなんでおまえの正体がジェスト様にバレたんだ!?」

「そそそそそそれは……っ」


 しまった、その打ち合わせはなかったと、隣の黒づくめの騎士を見上げれば。短く刈り込んだ黒髪の彼は眉ひとつ動かすことなく、「実は王立図書館で過去に出会っていたのです」と説明した。


「以前の話になりますが、私がアレン殿下のご用命で図書館に本を返却しに行ったとき、館内で熱心に本を読むグレース嬢を見かけたのです。年頃のご令嬢にしては珍しく建築関連の本を読んでいたので目につきました。しかもただ読むだけでなく熱心にメモまで取っていて、勤勉なご令嬢だなと記憶に残っていたのです」


 彼の発言に思わず目を見張った。図書館で建築図鑑、読んでましたとも! 王宮の設計を担当したデザイナーの希少本で持ち出し禁止だったから、説明書きから設計図までメモしまくった。特に庭のガゼボのデザインがイメージ通りで、蔓薔薇に覆われたベンチはアラン殿下とジェシーのキスシーンの舞台に採用したほどのお気に入りだ。


「それから図書館へ足を運ぶたびに、気になって彼女のことを探していました。あるとき彼女が高いところの本を取りづらそうにしていまして、私が取ってさしあげたのです。グレース嬢とはそのとき初めて言葉を交わしました」

「へ?」


 いやそんなシチュエーション憶えがないとばかりに声を漏らせば、彼の赤い瞳が糸のように細められた。……ねぇ、なんで笑ってるのにそんなに圧が強いの? なんか冷気まで感じるんですけど。


「……そうだろう、グレース嬢?」

「はははははい! おっしゃる通りです!」

「名乗り合うことさえしませんでしたが、思えばそのとき、私たちはお互い思いを交わしていたのだと思います。そんな彼女とまさかあんな(・・・)場所で再会できるとは思ってもいませんでしたが」


 あんな場所ってどこだ……ってサイン会場のことか。そして図書館のくだりはまるっと作り話というわけですね、わかりましたとも!


「サイン会場でグレース嬢がうっかり声を漏らしてしまったことを、どうか叱らないでやってください、伯爵。その声を聞かなければ、私は彼女が図書館の君だとは気づけなかったのですから」

「と、図書館の君!?」

「……グレース嬢、何か?」

「い、いえ。大丈夫です。どうぞ続けてください」


 いつの間にかつけられていたこそばゆい二つ名を反芻しながら、よくもまぁ立板に水のごとくすらすらと嘘が出てくるなと感心してしまった。しかも話し方は実に滑らかで、離宮で怒り心頭のままに怒鳴り散らしていた気配など微塵もないときている。さすがは侯爵令息サマ&第一王子殿下の私的な護衛騎士ということか。


 そんなジェスト様の主演男優賞バリの演技に騙されたのか怪しんでいるのか、父は何やら歯切れが悪かった。


「なるほど、お話はわかりましたが……その、ジェスト様は本当に、グレースの小説のファンでいらっしゃると? あ、アレをお読みになった?」

「はい、読みました」

「その上で、本当に娘と婚約したいとおっしゃるのでしょうか。娘がやっていることは正直申し上げて貴族令嬢としては失格の行為です。まだ社交界デビューをさせていませんので、子どものすることだと言い訳もたつかと許容していたのですが、婚約となるとそうもいかないでしょう。お父君であるクインザート侯爵もお許しにならないのでは?」

「私は侯爵家の息子とは言っても養子です。我が家には嫡子の兄も2人おり、どちらも妻帯しています。血筋のもとる三男の婚姻に関して、両親はとやかく申しません」

「クインザート侯爵は王宮騎士団の団長、お兄様方も確か、騎士団に在籍する騎士でいらっしゃいましたね」

「はい。いずれは長兄が侯爵位を継ぎ、次兄が騎士団団長職を目指すことになりましょう。対して私はアレン第一王子殿下に召し抱えられている一介の護衛にすぎません。これといった肩書きも身分もなく、ハミルトン伯爵家のご令嬢と縁付くには不足であるとわかっています」

「いえ、そんなことはありませんとも。私どもは領地暮らしも長く、中央の動向とは無縁の生活を送っていますのでね。ジェスト様のお立場に依らず、クインザート家とのご縁となれば申し分ありませんし、何より娘が望むことであれば叶えてやりたいと、そう思うだけなのですが……」


 言葉を濁した父はうろんな視線を私に向けた。


「今まで色恋沙汰にはまったく興味がなく、怪しげな小説を書くことだけに熱中していた娘が、いきなりジェスト様と婚約したいと言い出したことが何やら不穏でしてね。もしやこれも小説のネタになると目論んでいるのではと疑ってしまいまして……」


 びくりと肩が跳ね上がってしまったのは仕方ないと思う。お父様、鋭い。さすが出るとこ出ないけど凹みもない平凡伯爵。手堅くしぶとく領地を維持し続けているだけのことはある洞察力だ。


 さてどう攻略すべきかと隣を見上げれば、ジェスト様はきりりとした表情で前を見据えていた。


「もしグレース嬢が私との婚約話をネタとして引き受けてくれたとしても、私としては本望です。それに彼女の小説は……確かに万人受けするものではないでしょうが、綿密な下調べを元に書かれるなど素晴らしい努力の跡が見られます。特に離宮の庭にある寂れたガゼボの描写などは、本物が脳裏に浮かぶかのような巧みなものでした。斬新で流麗な筆致や心理描写も秀逸で、小説としての評価が高いのも頷けます。彼女が望むなら婚約後もぜひ創作活動を続けてもらいたいと思っています。……えぇ、万人受けはしなくともね」


 想像もしていなかった彼の発言にまたしても言葉を失った。ガゼボのシーンは建築図鑑の情報を元に書き上げたものだ。手入れする庭師もいなくなった寂しい庭で、それでも咲き続ける蔓薔薇。そこに病に侵されたアラン殿下の命の強さを重ね合わせる意味もあって、何度も書き直すほどこだわったシーンだ。


 “薔薇の騎士”の小説を読んだと、ジェスト様は言っていた。それが本当のことで、しかも私がこめた思いまでも的確に読み取ってくれていて、胸の奥がじんわりとする。


 どうしよう、素直に嬉しいかもしれない。万人受けしないと2回も言われたことだって水に流してあげられそうかもと感じながら、上目遣いを彼に向ければ。


 細められた赤い瞳が、私を現実に引き戻した。


「グレース嬢、どうかお父上に言ってはくれないだろうか。君は私との婚約を(演技で)希望していると」


 笑顔なのにすごい圧。本来の目的を思い出さされた私は、ぎぎぎっと首を父に向けた。


「そ、そうなのです、お父様! 私、ぜひともジェスト様の(偽)婚約者になりたいのです! ジェスト様と離れるなんて(閉架図書室に入れなくなるから)辛いんですもの。そんなことになったら(アレン殿下の命令に背くことになって)命を失ってしまうかもしれないわ!」


 よよよと目元を抑えて泣き崩れるフリをする。私だって伯爵令嬢だ、随所に真実が混ざっているならこれくらいできるわ。何より極上執筆ライフと不敬罪回避が待っていると思えば、なんだってできそうな所存。


「ハミルトン伯爵、いかがでしょう。婚約といってもグレース嬢はまだ社交界デビュー前。今は口頭での確認とさせていただき、デビュー後に両家も交え改めて話を進めるというのは」

「そうですな、我が家としてもいつデビューさせてもよいとは思っていましたので、それは構わないのですが……。グレース、本当にいいのかい? 小説を書きたいからぎりぎりまでデビューしたくないとずっと先延ばしにしていたと思うのだが」

「も、もちろんです! 社交界デビューね! た、楽しみだわぁ……」

「ちょうど3ヶ月後に第二王子でいらっしゃるダミアン王太子殿下の誕生日パーティが開かれます。ご婚約者のカトリーナ・エイムズ公爵令嬢も出席され、華やかな王宮パーティとなりましょう。そこでグレース嬢のデビューということにされては」

「そうですな。未成年のままではジェスト様にもご迷惑をおかけすることになりますし、我が家としては異論はありません」


 社交界デビュー前の私は貴族社会では未成年の扱い。すでに成人済みのジェスト様と婚約を結ぶには、私も一人前の淑女として世の中に認められてからでないと外聞が悪いというしきたりがこの世界にはある。そのため(逃げに逃げ先延ばしにしてきた)社交界デビューをしないわけにはいかなくなった、というのがアレン殿下が描いた筋書きのひとつだ。もちろんこの筋書きには裏も続きも伏線もある。


 私とジェスト様の婚約話は実は偽装。この話は正式な婚約を結ぶ前に立ち消える予定だ。そのための仕込みとして、まずは父に婚約の打診と口約束の取り付けをする必要があった。


 すべてはグレース・ハミルトンの、いえ、作家ナツ・ヨシカワの新作ために必要な仕込みだった。



成人・未成年のしきたりについてはこの小説独自の概念です。

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