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連行されるも多生の縁

 一刻の後。色々驚きすぎて麻痺した私の顎が、またしてもがくん!と落ちるほどの衝撃に襲われた。


 私のすぐ横にはジェシー似の黒騎士様。そして私の目の前におわすのは、ゆるやかな水色の巻き毛と深い碧の瞳が美しい、眩いほどの美貌の男性だった。


 デジャブ再び。これは……! 


 似ている、誰にってもちろん———。


「アラン殿下!!」

()()()殿下だ! 仕えるべき主君の名を間違うとは不敬も言いところだ!」

「いいよ、ジェスト。社交界デビュー前のご令嬢を突然呼び出したこちらにも非はあるからね。それに、彼女は私の臣下というわけでもない」

「マクセイン王国の貴族に連なる者は、すべて王族の臣下です。アレン殿下」

「王族というだけですべての貴族が頭を下げてくれるなら、こんなに楽なことはないんだけどね」


 言いながら長い足を組み替えるその様も、流れるように美しい。うん、これもいい。私が書いたアラン殿下は足を組んで座るような性格ではなかったが、これはこれでいい。似てはいるものの、私のアラン殿下の方がもうちょっと幼いイメージだ。目の前の人物は美少年というよりは、美青年といったところ。ちなみに私の言う美少年はショタっ子ではない。ショタは卒業して、大人の階段を登り始めた、絶妙なお年頃のことで、前世で言うなら高校生から大学生くらいなんだけど、あぁでもアラン殿下がもうちょっと大人になったらこれくらいの色気はぜひとも醸し出してほしい……そうだ、続編でその後の2人を書こう! 病を乗り越え大人の入り口に立ったアランと、彼を守るためさらなる厚みを増したジェシー。でも先に大人への仲間入りを果たしたアラン殿下に、2つ下のジェシーは翻弄され、まさかの攻め×受けの逆転で開く、新たな扉……!


「……君が今何を考えているのか聞かないことにするよ。グレース・ハミルトン伯爵令嬢」


 鋭い声で本名を呼ばれた私は、はっと妄想から立ち返った。そうだ、小説家ナツ・ヨシカワとしてサイン会でファンサをしていた私は、理由もわからぬまま黒騎士様に連行されたのだった。加えてなぜか本名と肩書きまでがバレているという失態の最中。


「あ、あの……ここは、どちらでしょうか」

「ふーん? わからないの?」


 アラン殿下似の男は終始にこやかだが、その瞳はまったく笑っていない。小説家にとって人間観察は命。その本音までは探れないにしても、多少の機微は読み取れる。これはもしかしなくとも、不穏な空気だ。


「———かつて花の離宮と呼ばれたその宮殿に、以前の面影はない。国王に乞われ側妃となった女性が亡くなって以降、使用人は減り、最低限の機能を維持するのみとなった。栄華を極めた時代の調度品の数々も、側妃がとりわけ好んだと言われる絵画の数々も、今やうっすらと埃をかぶり、かつての輝きを失っている。広い庭を埋め尽くした薔薇の生垣も、手入れする者なく朽ちるのを待つのみ———」

「……! その一節は!」


 間違いない、小説の中でアラン殿下の住む花の離宮。母である国王の寵姫が生きている間は、芸術を愛する彼女の趣味で豪奢に飾り付けられたものの、産後の肥立ち悪く彼女が亡くなり、やがて正妃に王位継承者となる長男が生まれてからは、王家からも完全に忘れ去られた悲哀の王子が住まう、その離宮の描写だ。


 はっと辺りを見渡せば、壁に飾られたいくつかの絵画。壁側に備え付けられたマントルピースやキャビネットも、どこか薄ぼんやりとしている。掃除が行き届いていない様子だ。窓の外はここからは見えないけれど、馬車を下された際に目に映った景色は、どこか色褪せていた気がする。


「もしや……ここは“薔薇の騎士”の世界? 私の妄想が現実化した? チートもゲーム要素もなーんにもないなんちゃってファンタジーに転生したと思ったら、こんな摩訶不思議なことが起こる世界だったの!? あなたはアラン殿下で、そしてあなたがジェシー!?」

「私の名は()()()()だ。そしてアランではなくアレン(・・・)殿下! 主君の名を間違えるなと、さっきも言っただろう! いくら社交界デビュー前の未成年だからといって、王族の名前を知らぬとはいったいどういうことだ!」

「へ……っ? おうぞ、く?」

「あぁ、今一度言うぞ。おまえの前におわすのは、マクセイン王国第一王子、アレン(・・・)・マクセイン殿下だ」

「はい? いや、“薔薇の騎士”ではアラン殿……」

「だからその忌まわしい小説から離れろ!」


 真横で凄みを増した黒騎士様のオーラに思わず首を竦めそうになりながらも、負けじと言い返した。


「忌まわしいだなんて、そんなの横暴です! BLは崇高で美しい、心の琴線を揺さぶる芸術です! そんな、読んでもいないのに初めから否定しないでください!」

「読んだとも……俺も殿下もな! くそっ、なんだって俺と殿下があんなことしてると思われなきゃならないんだっ。モデルだなんだと言われて、こちらは迷惑を被っているんだぞ!」

「はい?」


 話の方向がいきなり折れ曲がって、私は目を点にした。モデルっていったいなんのこと?


 疑問渦巻く中、再び、ソファに座した美青年が口を開いた。


「さて、グレース・ハミルトン伯爵令嬢。改めて自己紹介しようか。私はアレン・マクセイン。この国の第一王子だ。そして君の隣で怒髪天をついているのが、ジェスト・クインザート侯爵令息。クインザート侯爵家の三男で、私の私設護衛騎士を務めている」

「ほ、本物の、王子殿下、でいらっしゃる?」

「いかにも。そしてジェストを使って君を呼び出したのは私」

「お、お、お……王子殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう存じます?」


 腐っても貴族の端くれ。2年前に前世覚醒したとはいえ、16年間貴族の端くれ。慌てて立ち上がり、膝を折ろうとする。ちょっと待って、王族相手への挨拶って、カーテシーだっけ? あれ、どうやるんだった? 前にお母様が教えてくれたような……。いやそれより今、ちょっと疑問系で返しちゃった?


「あぁ、無理しなくていいよ。君はまだ社交界デビューも果たしてないと聞いている。きちんとしたマナーが身についていなくても不敬にはしない」

「あ、ありがとうございます……!」


 にわか令嬢とはいえ、この世界における貴族という存在については多少知識を蓄えている。王政が敷かれた今世で身分は絶対。不敬罪もあるし、ひとりがやらかせば一族郎党連帯責任だって罷り通ってしまう。人のいい父も、静かなる裏番長母も、最近やたらと口うるさい兄も、まだまだかわいい弟も、グレースにとってだけでなく、ナツの記憶持ちの私にとってもすでに大切な人だ。


 ほっとしたのも束の間、アレン殿下はとんでもない爆弾を投げつけてきた。


「ただし、君には別のことで不敬罪が問われている。ことと次第によっては家には帰れないと思うことだね」

「は……?」


 思わずそう呟いてしまった私を許してほしい。一難去ってまた一難。私はただただぽかんと口を開けるしかなかった。







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