BLはかすがい
3ヶ月の時が流れ、アレン王太子とカトリーナ様の結婚式が盛大に開かれた。
貴族も平民も老いも若きも、皆が新しい王太子夫妻の誕生と、同時に行われた国王譲位のニュースに沸いた。カトリーナ様に至っては王太子妃だったのはほんの数時間だけ、すぐに王妃のティアラを受け継いでアレン国王と並び立つことになった。なかなかテンポの激しいジョブチェンジだ。
若き国王夫妻の誕生に先立って、宰相をはじめとする政治の中枢の人事も刷新された。ダミアン殿下が遊び呆けている間に着々と若手官僚を中心に人脈を広げていたアレン殿下を支持する者は多く、優秀でありながら閑職に追いやられていた役人たちに次々と役職が与えられ、王国は今活気に満ちている。
王宮だけの話ではない、王都の商人たちで組織される商業組合も、アレン王太子の即位とフォード宰相の更迭を両手を挙げて歓迎した。技術立国である隣国ダリからの輸入品は、商人たちにとって喉から手が出るほど欲しいものばかり。戦争で奪うより健全な商売で入手する方がはるかに利があるとわかっている彼らは、ダリ王国の血を引くアレン新国王の和平政策に多大なる期待を寄せている。
ちなみに商業組合の会長は、あの万年筆を購入した文具屋の店主だった。この前ちらっと覗いたら新しい万年筆が入荷していて、「“真実の愛”作者ナツ・ヨシカワ女史愛用!」とデカデカとしたポップが飾られていた。商売に貢献できたようで何よりだ。
ご成婚&ご即位祝賀パレードは、そんな状況を受けて国民たちに熱狂的に迎え入れられた。秋空の元、晴れやかにパレードしながら笑顔で手を振るアレン国王陛下とカトリーナ王妃殿下。馬車のすぐ横で颯爽と馬に跨り同行するジェスト様の姿も、顎が抜けるほどカッコよくて涎が止まらなかった。
(あぁ、この立ち見席を選んだ自分を褒めてあげたい! この角度からだと二重に楽しめる、まさにベスポジ!)
何が二重って、馬車の中のアレン陛下とカトリーナ様のツーショットと、アレン陛下のすぐ隣を行くジェスト様とのツーショット。こう、右と左の指を組み合わせて四角を作って、ちょっとズラすだけで、二度美味しいアングルの切り抜きが味わえるのだ。伝わるかな、アレ×カトとアラ×ジェシ、どっちもいけるっていうこの贅沢さ……。
うっきうきで心のカメラに双方のツーショットを収めていたら———四角く切り取られた視界の中でジェスト様と目が合った。え、待って、この距離で気づくもの? 前世はアフリカの人とかですか? そしてこのハッピーラブリーな空気の中、冷気を漂わせたジト目でこちらを見ているってどういうことでしょう。
「……おまえはあのとき何を考えながら何を見ていたんだ。正直に吐け」
パレードが終わって顔を合わせた途端に、ものすごく残念なモノを見るかのように凄まれたのは言うまでもなく。夜のご成婚お祝いパーティの準備があるので!おほほほほ!とグレース・ハミルトン史上最速で逃げ切った。
お祭り騒ぎの王都の夜は賑やかに更けていく。
家族と一緒に滞在していたホテルに迎えにきてくれたのはジェスト様だ。出迎える私が身につけていたのは、最初の社交界デビューのパーティで着ていたあのドレスだった。ジェスト様にプレゼントしてもらったものの、ほんの一瞬しかお披露目できず、その後私が着たくないと拒否した、赤と黒の刺繍が美しいドレスだ。
私が再びそのドレスを着用しているのをひと目見て、ジェスト様は片手で顔を覆いながら固まってしまった。隠された頬の色はわからないけど、耳が赤くなっているのは怒っているせいではないのだと、もうとっくに知っている。
「どうしてジェスト様が照れるんですか」
「いや、まさかまた、そのドレスを着てもらえるとは思わず……。その、今回もドレスのプレゼントを断られてしまったから」
今宵のパーティのためのドレスも事前にジェスト様から贈らせてほしい旨の申し出があったのだけど、お断りをしていた。
「それは申し訳ありませんでした。でも、このドレスがもう一度着たかったからなんです。これを着て、ちゃんとファーストダンスを踊りたいなって」
「……そうか」
「そうです」
取材と成り行きだけで決めたドレスに、初めはそこまでの思い入れはなかった。でも今は、このドレスこそが私たちの始まりだったのではないかと、そう思っている。
そんな私たちのやりとりを、両親と兄がニヤニヤしながら見ていた。弟は幼いのでお留守番だ。以前私がジェスト様のエスコートを断ったときのことは、些細な仲違いだったと説明してある。すでに両家の顔合わせもすんで、クインザート家の盛り上がりぶりに若干引きぎみになりつつも、皆が今回のご縁を喜んでくれていた。
「ハミルトン伯爵、奥方、グレースをお預かりいたします」
「あぁ、よろしく頼むよ、ジェストくん。後でまた会場で会おう」
すっかり打ち解けた様子の家族に一旦の別れを告げ、ひと足先に王宮へと向かった。
昼間の祝福ムードそのままに、舞踏会の幕が上がった。開会を宣言するのはアレン国王。傍にはカトリーナ王妃の姿。前国王ご夫妻が、その様子を少し後ろから温かく見守っている。
挨拶に続いてアレン陛下とカトリーナ様がさらに一歩前に出た。
「本来なら舞踏会開幕のダンスへと移るところだが、今日は特別な知らせがある。私とカトリーナの即位を記念して、このたび勲章を新設することとした。内容について、王妃であるカトリーナから発表する」
「はい。この度陛下と私は、新時代の働く女性たちを支援する制度を設けることといたしました。今の時代、特に貴族の女性たちの間では就学や労働が忌避される傾向が強くあります。しかしながら我が国の半数となる貴重な人材をこのまま眠らせておくことは、国の大いなる損失となりましょう。技術立国と名高い隣国ダリでは女性の技術者や職人が多く活躍しており、彼女たちの働きが国の躍進に大きく貢献しています。皆様のお手元にも、ダリ王国の優秀な女性たちの手による製品がひとつやふたつ、おありでしょう」
ダリは職人技術に長けた国だ。万年筆のような文具や日用品だけでなく、宝石の研磨や加工にも優れた技が生かされている。今日この場にダリ王国の宝飾品を身につけているご婦人も多いことだろう。
カトリーナ様はさらに続けた。
「もちろん我が国にも、ダリ王国に劣らぬ優秀な女性たちが多くいます。そんな彼女たちが堂々と己の知識や才能、技術を発揮できる国は、必ずや比類なき発展を遂げることになりましょう。今回新設された勲章は、そんな我が国の女性たちを牽引してくれるような、素晴らしい活躍をしてくれた女性を讃えるためのものです」
「マクセイン王国の新時代の幕開けを告げる、輝ける女性を讃える勲章の名を、ウーマン・オブ・グレース勲章と名付けた。その記念すべき第一回の贈呈式を、今より執り行う。ナツ・ヨシカワ殿、ここへ」
「はい」
アレン陛下にペンネームを呼ばれ、返事をした。隣のジェスト様が「行ってこい」と軽く背中を押してくれる。
「作家ナツ・ヨシカワ殿。そなたはその類稀なる才能とペンの力で、マクセイン王国の未来を創造することに貢献した。伯爵令嬢という身分を持ちながら作家として活動するのには、想像を超える困難があったことだろう。数多の逆境を乗り越え、すべての女性たちの光となる偉業を成し遂げた、その功績をここに讃えよう」
「ナツ・ヨシカワ殿のさらなる活躍をお祈りします」
そしてカトリーナ様の手ずから、三日月をモチーフにしたブローチ型の勲章が私の胸元に飾られた。女性のための勲章ということで、小ぶりでドレスに似合うような洒落たデザインになっている。
ウーマン・オブ・グレース勲章。すべての女性が、女性であることを理由に諦めることなく、機会を得てその才能を発揮できるように。欠けた月は傷ではなく、隠すべきものでもなく、やがて満つる時を待つ豊かな時間となるように———。
「謹んでお受けいたします。マクセイン王国の栄光が永久にあらんことを」
拍手が送られる中、カーテシーを披露する私の耳元で、カトリーナ様が小さく囁いた。
「グレース様……本当にありがとうございました」
彼女の瞳には小さく光るものがあった。それを受けて私までもらい泣きしそうになる。
そんなカトリーナ様の手を、夫であるアレン陛下が優雅な仕草で取った。
「舞踏会の開幕は私とカトリーナのダンスとなるが、今宵は褒賞のひとつとして、ナツ・ヨシカワ殿にも共にファーストダンスを担ってもらおう。さて、我が国の満ち足りた月をさらに充足させられるパートナーはいるものだろうか」
「恐れながら、陛下。栄誉あるそのお役目は私のものにございます」
振り返ればジェスト様が私に手を差し伸べていた。
「どうか私と踊ってほしい、グレース」
「喜んで!」
私たちが手を取り合ってフロアの中央に立ったのを合図に、楽団がワルツの調べを演奏し始めた。向かい合うジェスト様の胸元の緑のタイもさることながら、私の目はどうしても彼の美しい薔薇色の瞳に惹きつけられてしまう。
「ふふっ。ようやく望みが叶いました」
彼の色を取り入れたドレスを着て、ファーストダンスを踊ること。一度は諦めた望みを、今叶えている最中だ。最高に気持ちがいい。
「俺もだ」
私の頭で、今日は少しだけ長めに垂らした燕脂色のリボンが揺れる。ワルツのステップを刻みながらターンをすれば、視界の端で晴れがましい表情をした両親と兄の姿も揺れた。
「グレース、よそ見をするんじゃない。おまえが見ていいのは、俺だけだ」
優しかったリードがほんの少しだけ強引に私を引き寄せる。耳元でそう囁かれ、頬がかっと赤くなるのを感じた。皆の前で踊っているときに、そういうこと言わないでほしい。
「ジェスト様こそ、ちゃんと私を見てくださいね。アレン陛下じゃなくて」
「……まだそれを言うか」
渋い顔をする彼を見て溜飲を下げつつ、すべての始まりとなった出来事を思い出す。
「姿を隠していた私を、見つけてくださってありがとうございます」
あの日、サインをする私の前に現れた、見上げるような長身の黒騎士様。小説の中から抜け出してきたようなヒーローに、私はいつの間にか恋をした。貴族女性としては落第だった私の趣味と仕事に、それに取り組む姿勢に、最大の賛辞を贈ってくれた人。
この人が認めてくれたから、私は自分の力を信じられた。この感謝の気持ちはこの先も欠けることなく、私たちを満たしてくれることだろう。
煌めくシャンデリアの光の中、彼のリードに任せて、秘めたる恋のドレスの裾を翻す。今日のこのよき日に、この国で、この会場で、新たな真実の愛が生まれることを願って———。
前世の趣味のままにBL小説を書いたら、サイン会に来た護衛騎士様の婚約者になりました。
〜Fin〜
これにて完結です。最後に☆評価・リアクションいただけると嬉しいです!
私としては初めて?の異世界ラブコメへの挑戦でした。
一度くらいきっちりかっちり12万字くらいで綺麗に終わる話を書いてみようと挑戦したのですが……13万5千文字。。。まだまだ修行が足りません。
そしてもうひとつの目標。
登場人物が全員幸せになるような話を書くこと。こちらは概ね成し遂げられたかなと思います。
ダミ×カナも、流されやすいおバカと打算女として、案外破れ鍋に綴じ蓋でうまくやれたり。
メリンダとグレースの新たな関係性が生まれたり……といったアナザーストーリーも今後あるかも??
1ヶ月の連載にお付き合いくださりありがとうございました。
そのうちSSもアップしますね。
追記:なんとクレープ回がプレゼント交換回に迫っておりますよ!
微エロvs甘々対決!はたして今後のショートーストーリー内容はどうなる!?
2/24追記 なんと!クレープ回がプレゼント交換回を上回りましたよ!
微エロが盛り返してしまいました。SS内容どうしようかなぁ(嬉しい悩み)
3/17追記 今ここを見たあなたへ。……あの、1000ptまであと10ptなんです……どなたかおひとり、下にある星5を入れてくださったら……1000ptの大台に乗れるんです……どうか、どうか清き1票を……私を1000の大台に乗せてやってください……!




