悔やむ護衛騎士の事情(sideジェスト)
ジェスト視点です。
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完結まであと数話ですので、それまでのチャンスです。
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ダミアン殿下の誕生日パーティの当日。俺はグレース嬢を迎えにエイムズ家を訪れた。社交界デビューなどする必要がないと言った彼女が、美しく装って玄関で出迎えてくれたことに安堵した。
あの日注文したドレスは彼女によく似合っていた。白い生地がほんのりピンクに染まって、初々しいデビュタントそのものの可憐さだ。耳元や胸元を飾るエメラルドが、彼女の穏やかな瞳と調和して輝いている。同じ店で同色のタイを購入しておいてよかったと誇らしい気持ちになった。
彼女の手を取るために近づけば、ピンクに見えたドレス生地にはびっしりと赤と黒の糸で刺繍が施されていた。自分の色であることは明白で、それを可憐に纏ったグレース嬢の顔を見れば……それ以上言葉が出てこなかった。
彼女は今日、社交界デビューを迎える。大人の女性として貴族に披露される良き日に、隣に立つのが自分であるということが……ただ嬉しいと、そう思った。
けれど彼女自身がそうは思っていないことは明白だ。グレース嬢の胸にあるのはアレン殿下。それがわかっていながら彼女を、今から幕開けする王宮の舞台に連れて行かなければならない。グレース嬢が傷つく未来を思うだけで胸が塞がってしまい、逃げるように車窓へと視線を向けた。
沈黙のまま馬車が王宮に到着したとき、私の胸に蔓延る罪悪感がつい口を突いてしまった。
「その、グレース嬢。どうしても出席したくないなら、このまま引き返す方法もあるぞ。社交界デビューには消極的だったし……」
彼女を今日の場に連れ出すことは、アレン殿下からの命令でもある。その命令にこのとき私は背こうとしていた。彼を主君と仰いでから初めての抗命だった。
だが彼女は顔をあげ、きっぱりと言い放った。
「いいえ、ここまで来たら腹を括りました。それに私の小説がどんな結末を見せるのか、この目で確かめたいのです」
胸元で握りしめられているのは銀色の扇。アレン殿下の名で彼女に贈られた執筆への返礼の品だ。今日の装いとしっくりしているのは、殿下の依頼で私が選んだものだからだ。
彼女の小さな指が、アレン殿下からの贈り物だと信じている扇を握り込んでいる。いつもあの位置にあったのは私が贈った万年筆だったはずなのに———。ついこの間まで日常的に見ていた光景が、すでに遠い昔のことのように思えた。そのことがとても不愉快で、己の手を彼女に差し伸べる。扇を握りしめていたうちの片方が私の手に載せられて、少しだけ溜飲が下がった。
そしてついに、舞踏会の幕が上がった。
ダミアン殿下は面白いほどにグレース嬢の小説に誘導された。もともと彼の周囲にむらがっていた貴族子女は、身分こそ高いが能力的にも資質的にも問題がある者たちばかりだ。フォード宰相がダミアン殿下を傀儡にするために、知恵の回る若者を近づけなかったのだ。
そんな緩い取り巻きの中に、我々は間諜をひとり潜り込ませていた。その者の働きで野心の高い少女を選定し、新聞小説の内容をなぞらえるようにダミアン殿下と出会わせた。それがカナリア・ベルカ男爵令嬢だ。ちなみに彼女は元孤児ではなく、とある子爵家の係累という家出少女だ。本名も別にある。我々の配下の者が彼女に入れ知恵をした結果、カナリア嬢はダミアン殿下と出会うためにわざわざ寄付金を積んで孤児院に入り、市井の食堂の前でうろうろしたり、水浸しになって街を歩き回ったりと、とにかくいろんな策を勝手に弄してくれた。殿下もそれを運命だと思うようになり、太鼓持ちの取り巻きたちも“真実の愛”ともて囃して、最終的に潰れかかった男爵家をダミアン殿下が脅して養女とさせた。これで新聞小説のヒロイン・男爵家のカナリア嬢の出来上がりである。
そしてダミアン殿下は自身の誕生日パーティで、カトリーナへ婚約破棄を突きつけた。
我々の長年の願いが身を結んだ瞬間だった。
さらに事態は思っていた以上に良い形で決着した。国王陛下と王妃殿下がダミアン殿下とカナリア嬢の仲を認め、殿下は王家から離脱、アレン殿下が王太子の座に就くことが宣言された。
その一連の流れを寿ぐ間さえ空けず、アレン殿下は長年の想い人だったカトリーナにプロポーズした。
「なんだか、とんでもないことになりましたね……」
「……あぁ」
婚約破棄騒動と王太子の挿げ替えという緊急事態を受けて、パーティは開会する前に散会となってしまった。混乱を避けるために早々に乗り込んだ帰りの馬車で、グレース嬢は放心気味にそう呟いた。
「まさかアレン殿下がカトリーナ様にプロポーズなさるなんて……」
「……あぁ」
「もしかしてカトリーナ様もアレン殿下のことが好きだった、ということなんでしょうか」
「…………」
訥々と彼女の唇から溢れる感想に、私はとうとう相槌すら打てなくなってしまった。グレース嬢がアレン殿下に思いを寄せていることを知っていながら、私は彼女をあの場に連れ出したのだ。その罪悪感でひどく胸が痛む。
なぜなら私は、あの場で殿下がカトリーナに想いを告げることを、初めから知っていた。そもそもこの計画自体が、アレン殿下がカトリーナを得るために仕組んだことだった。幼い頃から王宮で一緒に過ごす中で、殿下がカトリーナのことを好きになる過程を傍で見てきた私も、2人が結ばれることを心から願っていた。その可能性が万が一にもあるなら、全力で彼らを支えようと決意していた。
だからこの結果はとても満足のいくもののはず。しかしすべての願いが叶った今、胸に過ぎるのは一抹の後悔だ。
完璧だった我々の計画。そこに入り込んだ、一筋の鮮烈な光。
その光の元である彼女が———目の前で泣いていた。
その涙を見た瞬間、一抹だった後悔の滲みが瞬く間に膨れ上がった。己の望みを叶えるために、我々は一人の少女の恋心を犠牲にした。
「ごめんなさ……っ」
彼女が謝ることなど何一つない。謝罪すべきは圧倒的にこちらの方だ。それを伝えたくて、彼女の涙を拭いたい一心で手を伸ばす。指が柔らかそうな頬に触れる直前、はっと我に返った。
(俺はいったい何をしようとしているんだ……)
1回目は、つい彼女の頭を撫でようととして避けられ。
2回目は、濡れた肩にかけようとした上着を断られ。
今また、同じ轍を踏もうとしていたことに愕然とする。彼女の心にいるのはアレン殿下だった。その彼が別の女性を選んだからといって、はい次と切り替えられるような人ではない。
「ジェス、ト、様」
痙攣したような声で私の名を呼ぶ彼女自身もまた、ひどく震えていた。
「……すまない」
謝罪して許されることではない。けれど、それ以上の言葉がかけられない。それ以上のことが許される立場に、俺はない。
———自分は所詮、偽の婚約者。
行きと同じ沈黙が支配する馬車は、ただ静かに王都の夜の中を駆けていった。
翌日、王宮から社交界デビューのやり直しとなるパーティの案内が出され、私は今一度グレース嬢のエスコートをさせてほしい旨を、父親であるハミルトン伯爵宛にしたためた。
だがハミルトン家から、グレース嬢から返ってきたのは———断りの知らせだった。
時を同じくして、作家ナツ・ヨシカワの正体がグレース・ハミルトン伯爵令嬢であるという噂が囁かれるようになる。正体がバレただけの話ではない。グレース嬢は小説を使って国家転覆を謀った悪女であると、面白おかしく吹聴されていた。
バレンタインの投稿が暗い話になってしまいましたが……明日から挽回しますので!




