後は野となれ破棄となれ3
そう、奴は最初からそこにいた。国王夫妻とダミアン殿下とカトリーナ様が入場される前に、ひとりでさくっと入場してしれっと壇上の隅にいた。
気配を完全に殺していたアレン殿下が、今まさに猫のような優雅さで、父である陛下と王妃様に首を垂れている。
「アレンよ、どうした」
「あぁ、アレン。もう昔のように“義母上”と呼んではくれないのかしら。“お母様”の呼び名はもちろんリュドミラ様のものですけれど、“義母上”は私に許してくれた呼び名でしょう?」
「もちろんです。不敬でないというのであればいつでも。義母上」
人の良さそうなうさんくさい笑顔を浮かべたアレン殿下の呼びかけに、王妃様は満足げに頷いた。
「義弟の成人の誕生日という記念すべき日に、かくも美しく尊い“真実の愛”を見せていただき、不肖第一王子の私の胸は感動に打ち震えています。マクセイン王国の王太子の座は荷が重いものですが、義弟の真実の愛の成就のために、謹んで拝命する所存です」
「アレンよ、よく言ってくれた! そなたのような孝行息子を持って、私は果報者だ!」
「ダミアンのために代わってくれるだなんて、あなたはなんて優しい子なのでしょう! 天国のリュドミラ様、このようないい子を私の息子として残してくださり、感謝いたします」
「ち、父上、母上! 早まっては……!」
「そうです、陛下! 何卒お考え直しを……っ」
ダミアン殿下とフォード宰相が声を上げるのを遮るかのように、国王陛下は堂々と宣言した。
「皆の者! 聞いたであろう、ダミアンは真実の愛を追求するために王太子の座を捨てた! 若い2人の行く末をどうか祝福してやってほしい。そして今このときよりマクセイン王国の王太子は第一王子アレンとする!」
壇上から響き渡る大音声に続いて、会場からはパラパラと拍手が鳴り出した。あ、これ乗っておかないとダメな奴だと気づいた目端のきく者たちから徐々に伝播し、最終的には万雷の拍手となった。うん、時間差がかなりあったけど、まぁ、いいか。
拍手の先で甘い微笑みを浮かべながら右手を挙げて応えるアレン殿下。その視線が一瞬こちらを掠めた。拍手が収まるのを待ってから、アレン殿下は掲げていた手を胸元にあて、再び陛下と王妃様に頭を下げた。
「父上、義母上。義弟の真実の愛と、父上と義母上の間の愛と。2つの“真実の愛”に当てられた愚かな若輩者の愚行と、どうかお目溢しください。今宵、私もまた“真実の愛”を捧げたい相手がいます」
そして彼は壇上からゆっくりと降り、こちらに向かって歩いてきた。
(アレン殿下の“真実の愛”のお相手ですって!? え、なんでこっちに歩いてくるの? ……待って、嘘でしょう? もしかして……!?)
私はすぐ隣で事態を見守っていたジェスト様を見上げた。いつもより美しく装った彼の赤い瞳は、何一つ見落とさぬとばかりにこちらへ歩んでくる主君へと注がれている。
(まさか、アレン殿下はジェスト様のところへ来ようとしているの? ここでジェシー……じゃなかったジェスト様に告白するつもり? でもジェスト様にはカトリーナ様がいるわけで……殿下はそのことをご存じないの? それとも知っていてなおも彼を求めようとして……)
殿下の歩みを見た人たちのうち、主に腐女子……じゃない、婦女子たちと思われる方々の悲鳴が巻き起こる。私もまたジェスト様とアレン殿下を交互に見ながら、はたと自分の置かれた状況を思い出した。
(待って。アレン殿下がジェスト様に告白して、万が一ジェスト様が主君のためにとその手をとったとしたら……私、男に婚約者を捕られた令嬢扱いになる———!?)
まさかのNTR展開……いやそこはNL小説以上に門外漢すぎてどう対応していいのかわからない。それはそれでおいしいのかもしれないけど、扱いが非常に困るわけで……。
あたふたと焦る私を他所に、アレン殿下はぴたりとその歩みを止めた。そのまま片膝をつき、顔を上げて手を差し出す。
まっすぐにその人だけを見つめ、彼は唇を開いた。
「ずっと昔から君だけを見ていた。けれど君は私には過ぎた人で……やがてほかの人と婚約してしまい、ますます遠い人になった。諦めきれずに今日まで来て、この後に及んで告白する私のことを、君は情けないと思うだろうか。だが、もしこの手を取ってくれるなら、私の生涯をかけて君を愛すると誓おう。どうか私と“真実の愛”を築いてほしい———カトリーナ・エイムズ公爵令嬢」
水を打ったように静まり返った会場で、私の隣にいたカトリーナ様が息を飲む音が小さく響いた。
「あ、あの、アレン殿下……どうし、て」
完璧な淑女のカトリーナ様が声を震わせているくらいだ、彼女にとっても予想外の出来事だったのだろう。アレン殿下は唇に甘い笑みを浮かべてそんな彼女を見上げていた。
「どうして、と聞かれれば、私が君を愛しているからとしか答えられない」
「でも、私はダミアン殿下の婚約者で……」
「偶然にも君は今、ダミアンと婚約解消をし、フリーになった。だからこの機会を逃したくないんだ。カトリーナ、私たちはきっとうまくやっていける。なぜなら“真実の愛”に導かれてここにいるのだからね」
「アレン殿下……」
「どうか昔のようにアレンと呼んでくれ。私のリーナ」
とろけるようなアレン殿下の呼びかけに、奇しくも彼の髪と同じ水色の手袋をしていたカトリーナ様は、驚きを隠せないままおずおずと、それでも答えを定めるかのように———殿下の手を受け取った。
「このような私でよろしければ……アレン」
「君がいいんだ、リーナ」
立ち上がったアレン殿下はそのままカトリーナ様の手袋にキスを落とした。
「まぁまぁまぁまぁなんてこと! 私の息子たちが同じ日に“真実の愛”を実らせるなんて!!」
一部始終を壇上で見守っていたクララ王妃は、ついに感動のまま泣き出してしまった。そんな王妃様を陛下が抱き寄せながら、ご自身も瞳を潤ませて何度も深く頷いている。会場は再びの大拍手と、一部の「アラジェシ……期待したのに」という落胆の溜息に満たされていた。何やら喚いているダミアン殿下とフォード宰相はあれよあれよと衛兵に退場させられていく。黄色いふわふわちゃんもいつの間にかいなくなっていた。そういや彼女、一言もしゃべらなかったけど、気分でも悪かったのかな。
興奮度MAXの会場はなかなか冷めやらず、最終的には感動しすぎたクララ王妃が目眩を起こして倒れるという惨事となり、もはや収集がつかない状態だ。
「おそらく今日はこれで閉会となるだろう。騒ぎが広がる前に帰った方がいい」
周囲を見渡せばバタバタと会場を後にする貴族たちが目についた。真実の愛劇場でかなり薄れてしまったけれど、そういえば王太子の挿げ替え宣言があったのだった。日和見の貴族たちからすれば次に乗る船を間違えては沈む未来しかない。急ぎ対策を練る必要があるのだろう。
少し強引なジェスト様のエスコートに従って、私も会場を後にすることになった。
3話分かけたのにパーティ始まらんかったわ。




