後は野となれ破棄となれ2
「く、クララ、いったい何を……」
「母上! どういうことですか!?」
宰相とダミアン殿下が詰め寄るのを、王妃様は軽く肩をすくめていなした。
「だって、カナリアちゃんの身分では王太子妃にも王子妃にもなれないんですって。それならダミアンが王太子の座を降りるしかないわよね」
「しかし! 母上には私以外に息子はいないじゃないですか! 誰が王太子の役を……」
「大丈夫よ、アレンがいるもの」
「「はい!?」」
またしても祖父と孫の声が重なる。
「陛下、王太子は正妃の息子である必要はありませんわよね?」
「あぁ。側妃の息子でもなれるな」
「なら何も問題ありませんわ。ダミアンは心置きなく王族籍を抜けて臣下となり、カナリアちゃんと結婚すればいいのよ」
「お待ちを、母上! アレンは未開の国の血を引く不出来な者。だからこそ父上も捨て置いてきたのでしょう。王太子はやはり私でないと……っ」
「あら、陛下は別にアレンのことを捨て置いてなどいないわ。ですわよね、陛下」
「あぁ、もちろんだ」
「な……っ! ですが、奴の母親は隣国から押し付けられた側妃。父上と母上の仲を割こうと浅ましくも父上を誘惑した身の程知らずな女のはずでは!?」
「まったくもってそんな事実はないが?」
「は……?」
ぽかんと間抜け顔を晒すダミアン殿下に、陛下は心底不思議そうに告げた。
「側妃リュドミラは別に私とクララの仲を割いたりはしておらぬ。リュドミラが側妃として輿入れしてくるより前にクララとの婚約は成り立っており、リュドミラが横入りしたように見えたかもしれぬが、それも当時の情勢を考えれば仕方のないこと」
「で、ですが、父上はあの女もアレンのことも離宮に追いやって……」
「私が追いやったわけではなく、リュドミラが自ら離宮で隠遁生活することを望んだのだが?」
「は……?」
ぽかんと間抜け顔を晒すダミアン殿下に……って、さっきから同じことを繰り返しているのもなんだから、さくっとまとめると。
陛下と隣国ダリから嫁してきたリュドミラ様は、見事なまでの政略結婚だった。ここまではOK。
そしてこの2人の仲はそれほど睦まじくはなかった。ここもまぁOK。
やがて年若いクララ王妃が成人して正妃となられて以降、リュドミラ様とアレン殿下は隣接する離宮に移り住んで、ひっそりと暮らすようになった。ここもOK。
「そもそもリュドミラには、国に婚約者がいたのだ。もっとも彼女が私の元に嫁いでくる前に病を得て亡くなったそうだが。リュドミラは死んでもなおその男を愛していた。しかしあれもまた王族の娘。政略の意味をよく理解した上で、この国に嫁いできた。そして私もクララとの結婚を待ち望んでいたとはいえ、この国の王太子として果たさねばならぬ務めがあった。かくして私とリュドミラは夫婦となったのだが……」
結婚式の夜、寝室でリュドミラ様は陛下に深く頭を下げたのだそうだ。義務として子をひとり成した後は、妃の身分から解放してほしいと。以後は愛する元婚約者のことを弔って生きていきたいと。自身の婚約者のことを愛している陛下相手だからこそ、打ち明けられた真実。リュドミラ様の願いを陛下は……感動の涙を流して受け入れたらしい。←ここはNew!
「約束通りアレンが産まれた後は、リュドミラの好きにさせることにした。私の胸にはすでにクララという最愛の女性がいたからな、リュドミラの気持ちがよくよくわかったのだ」
「本当に、リュドミラ様にはお気の毒なことでしたけれど、彼女もまた真実の愛を元婚約者の方に捧げられたのですね」
隣で何度も頷くクララ王妃様を見るに、彼女もこの事実を知っていたようだ。両陛下がご存じってことは当然アレン殿下も知っているはず。王家でこの話を知らぬのはおバカ息子ひとりということか。
「王妃の言う通りだな。神の国で2人はきっと結ばれておるのだろう。私と王妃が共に “真実の愛”で結ばれているようにな」
「まぁ、陛下ったら。お上手ですこと」
殺伐としていたパーティ会場だったが、突如としていちゃこらピンクのお花が咲き始めた。もちろん壇上の一部だけの話だ。お花畑夫婦の隣ではおバカ息子が、黄色いふわふわちゃんの腰すらも手放して放心していますがね。
そんな天国と地獄な壇上とは別に、下界にも未だ諦めの悪い人がいた。
「冗談ではない! アレンが王太子になどなれば、ダリ王国併合という長年の夢が潰えてしまうだろう! 王太子になるのはワシの孫のダミアンじゃ!」
「まぁお父様ったら、なんて往生際が悪いのかしら。ダミアンはカナリアちゃんのために王太子の座を捨てるって今宣言したでしょう? 陛下も認められましたわ」
いや、おバカ息子はそこまでは宣言していませんよ? そして陛下は是の返事はなさっておられません。あと何気にあなたのお父様、堂々と口にしてはいけない政治的野望を漏らしてますけどそこはスルーで??
「クララ! おまえはもう黙っておれ!」
「お父様こそお黙りなさって! まったく、こんな無粋でわからずやな人が宰相だなんて、この国の行く末が心配だわ」
お言葉ですが王妃様、「あんたがそれ言うか」という心の声で、今下界はいっぱいです。
「それならいっそ私が引退して、アレンにすべてを譲ることにするか。宰相も連座で引退として、次の宰相はアレンが決めればよかろう」
「まぁ陛下! それは素晴らしいアイデアですわ!」
ちょっと待ってほしい。今何気に国王の代替わりが起きそうな予感がする。いや、こんな一大事、町内会の役員を譲るみたいな簡単なノリで行われるはずない。
「最近は公務が押しての夜更かしがかなり身体にくるようになってしまったからな。アレンは普段から執務の手伝いをしてくれているし、私が引退しても問題ないだろう。それに……引退すればそなたとの時間ももっと増やせるな」
「まぁ、陛下ったら。うふふ。私にとっても陛下が“真実の愛”ですわ」
「というわけだ。アレン、あとは頼むぞ」
予感間違ってなかったああああぁぁぁぁ! この国、王様も王妃様もなんか想像してたのと違ううううぅぅぅぅぅぅぅ!!
「母上! お待ちくださいっ。このような大事、そう簡単に決めていいわけありません!」
まさかのおバカ息子が一番まともだった。ごめん、もうおバカ息子って呼ばない。
「私がカナリアと結婚した上で王太子になればいい話でしょう! 法律なんぞ気にする必要はない、なぜなら私こそが法だからだ!」
やっぱりこっちもダメだった。あからさまにダメなやつだった。
「それに、離宮に引きこもりだったアレンに未来の国王たる仕事など無理でしょう!」
「あら、大丈夫よ。国王なんて誰にでもできるわ」
「同感だな。私でも務まったくらいだからな。ふははははは!」
「まぁ陛下ったら。うふふ」
壇上で繰り広げられる国王夫妻のやりとりに誰もツッコミが入れられないでいる。すべてが崩壊し、もはや王宮主催のパーティの体をなさないこの状況を収集できる人、誰か! 緊急募集です!! 勇者よ今こそ来たれ!!!
そう強く念じていると———。
「父上、王妃殿下。発言をお許し願いますか?」
舞台隅から突如として現れたのは勇者ではなく、すべての筋書きを操る魔王殿下だった。




