後は野となれ破棄となれ1
シリアス展開を期待された方には申し訳ないのですが、ここからはかなりのおバカ展開です。ご都合主義の詰め合わせです。先に謝っておきます。
国王夫妻が入場し、今まさにパーティの開幕を宣言されようという間の悪いタイミングで、ダミアン王太子は玉座の下で控えているカトリーナ様を指差し、そう宣言した。彼の傍にはいつの間に侍らせたのか、黄色いふわふわのドレスを着た女の子がいる。黄色いふわふわ……ひよこちゃんかな? なんかアホ毛みたいなのも浮いてるし……あ! 違うわ、カナリアか! 自分で書いておきながら忘れるところだった。ヒロインちゃんのあだ名だ、そうだった。
多くの貴族諸侯はいつも通りの王宮の舞踏会を想像していたことだろう。国王夫妻が最後に入場して、陛下が開会を宣言。その後ファーストダンスという流れだ。王宮舞踏会は貴族子女にとっての社交界デビューの場にもなる。デビュタントがいる場合は開会宣言に続いて国王陛下がデビューしたての子女たちにお言葉をかけるという追加イベントがある。今日だって私以外にも数名、デビュー予定の人たちがいたはずだ。
そうした予定調和をすべてぶっ壊しての婚約破棄宣言。一瞬誰もが言葉を失ったものの、機転のきく者たちが事態の収集に動こうとした矢先。
「まぁ、ダミアン王太子殿下。おかしなことをおっしゃいますのね。つい先ほど婚約者である私をエスコートして入場されたばかりだというのに。臣下である私は一旦下に降りましたけれど、あなたの隣にいるそのご令嬢は、いったいなんの権利があってそこにいらっしゃるのかしら」
火種に油を注ぎに乗っかってきたのはなんとカトリーナ様だった。しかもいつもの落ち着いた穏やかさを隠して、すごいとげとげした猫被ってらっしゃるんですけど! しかも今の扇の翻し方、メリンダ様に似ているし。
「ふん! 形だけとは言え婚約しているのだから、入場時だけは貴様をエスコートせよと散々言われて、仕方なく手を取っただけのこと。本当はここにいるカナリアと入場するはずだったのだ。何せ今日は彼女の大切な社交界デビューの日だからな」
「本日デビューの見知らぬ令嬢がなぜそこにいるのかと伺っているのです。カナリア・ベルカ男爵令嬢とおっしゃいましたわね。ベルカ男爵家には男児のみで、社交界デビューする年頃の女児はいなかったはずですが?」
「彼女は先日、ベルカ男爵家の養女になったのだ。王太子である私が見染めた女性にはしかるべき身分が必要であろう。私からベルカ男爵に話を通し、養女の手続きをとった。これでカナリアは貴族となり、私と婚姻できる立場を持ったことになる。どうだ、悔しいか……!」
壇上で黄色いふわふわの腰に手を回したダミアン殿下はそう高らかに言い放った。……っていうか、ダミアン殿下ってあんな顔してたのか。アレン殿下とは全然似ていない。あぁ国王陛下似ってことか。瞳の色と髪の色が同じだ。……おっと今カトリーナ様ってば無機質な声で「いえ、まったく」と呟いたわね。でも小さいからダミアン殿下には聞こえなかった模様。
「さして悔しくありませんが、不思議には思っております。そのカナリア嬢とやらが貴族になって殿下と婚姻できる立場となったところで、私にいったい何の関係あるというのでしょう。殿下の婚約者はこの私、カトリーナ・エイムズですのに。あぁそれとも、愛妾に迎えようと、そういうことでございますか」
「頭の悪い女は耳まで悪いときた! 私はついさっき言っただろう、貴様との婚約は破棄すると! 貴様が私の妃になる未来はない! それに私はすべて知っているぞっ。私の寵愛がカナリアに移ったことで彼女に嫉妬し、カナリアに対して貴様が繰り返した嫌がらせの数々を!」
そしてダミアン殿下はカトリーナ様がしたという嫌がらせについて滔々と語り始めた。へぇ、カナリアさんがバイトする店先でゴミを……ほぉ、濡れたドレスで歩いていた彼女に服を買ってあげたと……なんかどっかで聞いたことあるわぁ。
「挙げ句の果てに貴様はゴロつきを雇ってカナリアを襲わせたそうだな! 嫌がらせもここまでくれば犯罪だぞ!」
「私は断じてそんなことはしておりません」
「嘘をつけ! カナリアがおまえの仕業だと言ったのだ! 貴様はカナリアが嘘を言ったと決めつけるつもりか!? さすがは社交界の毒婦、悪役令嬢だな!」
あのぉ、それ仕込んだのある意味私です。もし本当にあったというなら、アナタと半分だけ血が繋がっているお兄さんの仕業だと思いますよ。
カトリーナ様が一瞬言葉を失った(あれ絶対呆れてるわ……)隙に、ダミアン殿下は国王夫妻に向き直った。
「父上、母上! 今し方申し上げた通りです! カトリーナ・エイムズは、この可憐なカナリアを虐げた悪役令嬢。とても未来の王太子妃に相応しいとは思えません。王太子妃に、私の隣に相応しいのはカナリアだけです。私とカナリアは真実の愛で結ばれているのです!」
あああぁ嘘でしょう、あのクッサイ台詞は! カトリーナ様の名前以外、一言一句変わらず憶えがありまくりなんですけど! え、ダミアン殿下ってアホだと聞いてたけど意外と頭イイの? 記憶力ばっちりじゃない? っていうか先ほどからこの騒動を止めようとしている一部貴族たちが衛兵に足止めされてるんだけど、これって……あ、アレン殿下の仕業ですか。じゃ仕方ないですね。見ないフリ見ないフリ。
ダミアン殿下が国王夫妻に向き直ったことで、全員の目が壇上の中心へと移った。視線の先で真っ先に声を震わせたのはクララ王妃様の方だった。
「ダミアン、あなた……」
国で一番高貴な女性である王妃様がはくはくと息をしていらっしゃる。瞳にはうっすらと涙まで。息子のこんな蛮行に胸を痛めてらっしゃるのかと思いきや。
「素晴らしいわ! “真実の愛”だなんて、まるで小説のようね!」
子リスのように目をうるうるさせながら、組んだ両手を胸に押し当てた。
「王妃よ、“真実の愛”とはいったい……?」
「あら陛下、ご存知ないのですか? 巷で大流行の新聞小説のことですわ。“薔薇の騎士”を書かれたナツ・ヨシカワ様の新作でしてよ」
「ひいぃっ!」
咄嗟に出てしまった私の悲鳴は、ダミアン殿下の「そうなのです!」という叫びにかき消された。よし、ダミアン殿下ありがとう! アナタの骨は拾ってあげるヨ!
「私とカナリアは小説と同じ、市井で出会いました。日々の公務や訓練で疲れ果てている私を、彼女はその明るい笑顔と素朴な優しさで癒してくれたのです」
いやアンタ公務も訓練もやらずに遊び歩いてますよね……とあちこちからジト目視線が繰り出されるのもなんのその、ダミアン王太子は意気揚々と続けた。
「彼女と出会い、私は思いました。この国の舵取りという重積を担う私のすぐ傍にいてほしいのは、身分だけしか取り柄のない高慢な女ではなく、素直で愛らしいカナリアなのだと。彼女は私と並び立つために、生まれ育った孤児院を離れ、貴族の身分を手に入れてくれました。私はそんな彼女のいじらしい努力に報いたい……なぜなら私たちは、真実の愛で結ばれているのですから!」
「あぁ、ダミアン、私の愛する息子、よく言ったわ! これこそが本当の真実の愛なのね」
「えぇ、母上。これこそが本当の真実の愛なのです」
(真実の愛真実の愛って連呼するな。自分で広めておきながら恥ずかしすぎて顔から火が出るわ。っていうかこの人たち本当に王族なの? こんなんでウチの国大丈夫!?)
そんな私の心配を代弁するかのように「お待ちを!」と太い声が上がった。
「どうした、フォード宰相よ」
「あら、お父様」
陛下とクララ王妃がそうを呼ぶということは、あの人がフォード宰相、クララ王妃の父親だろう。いや、着てらっしゃる衣服はそれはそれは高価そうなんだけれど、なぜかくたびれているような気がする。そして宰相の後ろにいるのは衛兵たちだ。それを振り切るように駆けてくるということは、もしや拘束されていたか、妨害しないように押さえつけられていたか、そんなところか。
「陛下! ダミアン王太子殿下の婚約者はカトリーナ・エイムズ公爵令嬢であります! エイムズ公爵家は古参の貴族をまとめる重鎮。王族の縁戚となるには十分なお方でありましょう! ダミアン王太子殿下のお相手にはカトリーナ嬢しかありえません!」
そうだった、フォード宰相は自身がダミアン王太子の外祖父であることを利用して、権力を握るつもりでいるのだった。貴族たちの取りまとめをするためにもエイムズ家の助力は欠かせないと、カトリーナ様を婚約者に据えたのだ。ダミアン殿下がどこの馬の骨ともわからぬ男爵家の養女と結婚するなら、エイムズ家に倣う貴族たちにそっぽを向かれてしまい計画が台無しになる。
それはさておいても、王族の政略的な婚約がこんな“真実の愛(笑)”でひっくり返されてはたまったものではない。
誰もがこのときばかりはフォード宰相に味方したかに思えた、そのとき。
「陛下、王妃殿下、恐れながら発言をお許しください」
「まぁカトリーナちゃん、どうしたの?」
クララ王妃が小首を傾げてカトリーナに問いかけた。カトリーナちゃん呼び……カトリーナちゃん、カトリーナちゃん……。
私の遠い目の先で、カトリーナ様はそれはそれは優雅に顔をあげた。
「私は喜んで婚約解消に応じたいと思います。先ほど殿下がおっしゃった嫌がらせの数々にはまったく、これっぽちも身に覚えがありませんが、殿下とカナリア様が寄り添っていらっしゃる姿を見て、これこそが真実の愛の姿なのだと、感動いたしました」
「まぁカトリーナちゃん、あなたもそう思うのね」
「はい。誠に恐縮ではありますが、私がダミアン王太子殿下に抱いていた愛はただの“友愛”。同じ“愛”の名を冠していても、真実の愛の前には霞んでしまう存在です。私は真実の愛にたどり着いたお二人を心から讃えたいと思います。そのためには喜んで婚約解消させていただきます」
「まあああぁぁぁぁカトリーナちゃん! 私の息子のために身をひいてくれるなんて、本当にありがとう!」
「いいえ、王妃様、これこそが臣下たる者の務め。これこそが“真実の愛”でございましょう」
「えぇえぇ、カトリーナちゃんの言う通りにいたしましょう。これこそが“真実の愛”ですものね」
だからその真実の愛の連呼、本当にやめてほしい。私のライフがもう持ちそうにない。そして感動した王妃様は涙を滲ませながらカトリーナ様の話にうんうんと頷いている。カトリーナ様がしれっと婚約破棄でなく婚約解消に言い換えたことも、たった今しれっと認められてしまった。破棄だとされた方に傷がつくけど解消なら円満扱いだからね。さすがはカトリーナ様。こんな場面でも発揮される辣腕がすごい。
「お、お待ちを! 未来の王太子妃はやはりカトリーナ嬢でなければ困っ……そうだ、その者は愛妾とすればいいのです!」
「まぁお父様、なんてひどいことをおっしゃるの!? 真実の愛で結ばれたお相手を“愛妾”にだなんて。ダミアンもカナリアちゃんもそれで納得するはずないでしょう、ねぇダミアン」
「母上の言う通りです! 私はカナリア以外の者を伴侶になど求めません!」
「殿下!? クララもだっ! おまえは何を言っているんだ! それが王妃の口にすることか!」
ついにフォード宰相ってば地が出てしまったようだ。いくら親子とはいえ王妃となった方相手に公の場で呼び捨てにするなどやっていいことではない。
だが王妃様はその不敬についてはスルーして、隣にいる国王陛下を見上げた。
「ねぇ陛下。陛下はダミアンの真実の愛を応援してくださいますわよね」
「あ、あぁ……そのことなんだが、王妃よ。我が国の法では、王族が迎える伴侶は伯爵家以上の血筋の者と決まっている。下位貴族が上位貴族の養子に入って身分を新たにしたとしても認められぬ。元が平民で、現男爵令嬢であるそこの令嬢は、王太子妃にも王妃にも、王子妃にさえもなれぬのだ」
「あら、そんなこと。なんの問題もありませんわ。ダミアンが王族籍を抜ければいいのです」
「「は!?」」
重なった声はダミアン王太子とフォード宰相のものだった。




