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前世の趣味のままにBL小説を書いたら、サイン会に来た護衛騎士様の婚約者になりました  作者: ayame@キス係コミカライズ


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作家は食わねど高楊枝

「「ジェスト様……っ。どうして!?」」


 奇しくも私とメリンダ様の声が重なる。だが彼はその問いに答えることなく、私の元へと駆け寄った。


「グレース! 大丈夫か!?」


 突然の登場もさることながら、名前を呼び捨てにされたことにも驚いて一瞬反応が遅れた。ジェスト様は私の肩に触れつつ、私の姿を上から下までざっと確認した。そしてその視線が、立ち上がる私の手に握られた物へと移った。


「これは……」

「あ、いや……その」


 咄嗟のことで隠すこともできず、取り上げられたページの切れ端に彼が目を走らせる。何かを感じ取った彼は、はっとメリンダ様を振り返った。その鋭い目が、彼女が手にしたボロボロの本へと向けられる。


「メリンダ嬢、これはどういうことだ? あなたはまさか、その本を破ったのか?」


 問いかけるまでもなく、辺りに散らばった惨状から察せられるだろうに、それでも彼はメリンダ様に迫った。


「あなたはそれがナツ・ヨシカワ女史の……グレースの書いたものだと知った上で、この狼藉を働いたのか」


 怒鳴っているわけでもないのに底冷えするような低い声が部屋に響いた。指摘されたメリンダ様は咄嗟に手元の本を背中に隠したが、ジェスト様の視線に耐えきれず声を振るわせた。


「……まさかジェスト様は、グレース・ハミルトン嬢がこの本の作者だと知っていたのですか? こんな、こんな醜悪な本を書く令嬢とわかって婚約したのですか!? 私との婚約は断ったくせに……っ」


 綺麗な唇を噛み締めるように彼女が問えば、ジェスト様は「それがどうした」と返した。


「そんな……っ、嘘です! ジェスト様は騙されているのですわ! その者はなんの取り柄もないどころか、伯爵令嬢のくせにこんな低俗で品のないものを書き散らしているんですのよ!? ジェスト様はご存知ないのですか? この本の登場人物のモデルはあなたとアレン殿下で、現実のお二人も色恋の関係にあるとまで言われているのですよ!? それもこれも、その者が自分の小説を売りたいがために行った所業。ジェスト様に近づいたのだって、おぞましい作品の材料にするためだったに決まっています!」


「……言いたいことはそれだけか。ならグレースを、私の婚約者を返してもらうぞ」

「ジェスト様……っ!」


 なおも追い縋ろうとするメリンダ様を振り切るように、ジェスト様は彼女に背を向け、こちらに向き直った。やや足元がおぼつかない私を支えるように身体を寄せてくる。


 だから、背後でメリンダ様が何をしようとしているのか、彼には見えていなかった。気づいたのは彼女と向かい合っていた私の方だった。ジェスト様の視線が私の持ち物の確認をしている隙に、メリンダ様は手にしていた本を床に投げ捨てた。


「……こんなものっ、こうしてやるわ!」


 鼠だって追い詰められれば猫を噛むことがあるという。腐女子だって高位の悪役令嬢に噛み付いたくらいだ。悪役令嬢だって追い詰められれば、恋する人の前であっても何をするかわからない。


 すでにボロボロになった本を床に叩きつけた次の瞬間、彼女の手はカップを持ち上げていた。


 怒りで色を変えた彼女の瞳は、とてもじゃないけれど冷静ではなかった。


「ダメ————っ!!!」


 私の荷物を回収しようとしていたジェスト様は、ほんの一歩程度、私から離れていた。自由だった私は咄嗟に床に落ちた本に向かってダイブした。


 パチャンっ!!


「グレースっ!」


 肩の辺りが濡れる感覚と、ティーカップが転がる音がやけに鮮明で。


「グレース! 大丈夫か!」

「……ジェスト様、私は平気です」


 言いながら胸に庇った本を取り上げる。薄汚れた白表紙、ビリビリに裂かれた中身。それでも表紙に描かれた青薔薇と黒い剣は鮮やかに鋭く、そこにあった。


 どれだけ踏まれても穢されることのない、私の矜持———。


「あ、あの、私……」


まさか私が飛び出してくるとまでは思わなかったのだろう。本にかけるつもりだった紅茶が私にかかってしまい、うろたえているのは彼女の方だった。


「メリンダ嬢。クインザート家の婚約者に対してのこの狼藉、正式に抗議させてもらおう!」

「ジェスト様、もうやめてください。お茶、だいぶ冷めていたみたいですから」

「しかし……っ」


 あの瞬間、メリンダ様は本にお茶をぶちまけようとしていた。すでにページが裂かれ、ボロボロになっているとはいえ、これ以上大切な本が汚されるのが耐えられず、咄嗟に身体が動いてしまった。幸い私たちが入店してからかなり時間が経っており、最初に用意されていたお茶もすっかり冷えてしまっていた。ドレスに紅茶の染みがついたくらいの被害しかない。


 納得がいかなそうに顔をしかめるジェスト様に、私は本を掲げて見せた。


「本当に大丈夫です。私は、私が守りたかったものをちゃんと守れました」


 ジェスト様のように剣の技術があるわけでも、カトリーナ様のように社交術に長けているわけでもない。アレン殿下のように広い世界に目を向けることもできない。ちっぽけで取り柄のない私だけど、そんな自分にも守りたいものがある。


 守るためには、守れるだけの力があるのだと、行動で示さなくてはならないときがある。


 それができたことに、心から満足していた。





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