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BL作家の道も一歩から

作者はNL専門でBLは詳しくなく…雰囲気で書いてます。こんなのBLファンじゃないなどあってもご容赦願います。

 ある日私は、突然気づいてしまった。


「あれ、もしかして転生してない?」


 (よわい)14の、早すぎもせず遅すぎもしない覚醒だった。





 私の今世の名前はグレース・ハミルトン。ハミルトン伯爵家の長女だ。2つ上の兄と8つ下の弟がいる。


ハミルトン伯爵家は王都から馬車で丸1日程度離れた場所にある、立地からいっても悪くない立ち位置の伯爵家だ。代々のお人好し気質から、王都での栄達よりも領地での穏やかな暮らしを望む、欲のない家系でもあった。ちなみに特産品は馬。農耕馬から軍用馬まで、あらゆる馬の繁殖と育成に力を入れている。馬はこの世界の主要な労働力であり、気候や原料に左右されることもない、安定した収入源だ。そのおかげもあって大きく没落することもなく、手堅い商売と信用で、貴族世界の荒波の中をしぶとく漂っている。


 そんな中堅どころの地味な伯爵家の令嬢であるグレースに、私は転生していた。気づいたのは本当にふと、というタイミング。こっちの世界で頭を打ったとか、高熱を出したとか、訳アリの婚約者に初対面したとか、そんなイベントはいっさいなく、14歳になって程なく、頭の中に前世の記憶がぶわっと流れ込んできたのだ。ちなみに前世の名前は吉川奈津。高校を卒業し、大学入学を控えたJKとJDの間だった。


 転生、それは前世の私にとってはとても身近なワードだ。巷には転生をテーマにしたラノベやマンガ、アニメにゲームなどが溢れ、プロだけでなくアマチュア作家が膨大な数の作品を世に送り出し、読者はスマホ一台でそれらを楽しめる。かく言う私も熱心なネット小説読者だった。特にハマったのがBL、すなわちボーイズラブ。線の細い美少年と屈強な美青年のカップリングが大好物で、読むだけに飽き足らず自分でも書き散らし、同人イベントに青春のすべてを捧げた日々。


 そう、あの日。ウキウキの女子大生生活を間近に控えた春休みのイベントで。新作の同人誌をブースに並べようと台車でイベント会場を爆走していたら、不意に足がすべった。そこから先の記憶はない。思えばあのとき命を散らしたのだろう。享年18歳。死に場所がコミケ会場。腐女子冥利には尽きるが全然笑えない。萌えもしない。


 だが! 神様は私を見捨ててはいなかった。お約束のごとく見事に転生させてくれた先は、お中世ヨーロッパを思わせるような貴族社会の根付いたなんちゃって異世界だった。


(ここはどこ!? 私は誰!?)


 幸い自分=グレースのことはすぐに理解できたという、転生あるある事情に助けられたものの、肝心の「ここはどこ」問題は未だ薄ぼんやりだ。いや、ここがナイディア大陸の南に位置するマクセイン王国ということはちゃんとわかっている。問題は、そのマクセイン王国というのがいったいなんの世界だったかが思い出せないという点。


(普通は思い当たるラノベやゲームがあってもいいと思うんだけど……なーんにも憶えてないのよね)


 ただ単に忘れているのか、そもそも自分が知らない世界線なのか、はたまた前世にも創造されていなかった新世界なのか。わからないまま2年が経過した今、グレースの身体は16歳になっていた。


 この2年間何をしていたのかといえば、前世持ちとしてチートをかましていたわけでもなく、キャッキャウフフのヒロインクオリティ学園生活を堪能していたわけでもなく、悪役令嬢としてヒロインいじめを回避していたわけでもなければ、その取り巻きのモブだと気づいたわけでもない、聖女として崇められることも、膨大な魔力が発覚して魔術師団にスカウトされることも、家族に虐げられてドアマット化することも、ハーブに目覚めて薬師になりつつ獣人とモフモフしながら精霊とお友達になることも一切なかった。なーんもなかった。ただただハミルトン伯爵家の長女として、適度なおうち教育を受けながら、領地で牧歌的に暮らしていただけだった。残念ながら転生令嬢のくせにチートはなく、前世の知識はあるものの活かし方もわからない。化粧水や石鹸を作る技術もないし、料理なんてレンチンしかしたことない前世の身では食育革命も起こせない。農地改革や商業革命も夢のまた夢。ついでにいえば魔法も獣人も貴族が通う学園もないこの無情な世界。


(私って、ただの女子高生からただの伯爵令嬢に生まれ変わっただけなのねぇ)


 それでもあくせく働く必要のないこの身はとても幸せな転生だと言えよう。容姿も、前世のあっさり塩顔日本人に比べたらまだ洋風な造りでまつ毛なんかはバッサバサだけど、この世界の美醜も2年の間にだいたいわかってきた身としては、絶世の美女とは言い難い。亜麻色の巻き毛とぎりぎり言い張れる癖毛に、オリーブグリーンの瞳は薄っ!という感じで埋没要素満載だ。背は前世に比べれば高いけど、この世界では小柄な方。つまりスタイルとしてもそれほど決まらない。


 まぁ、言い出せばキリがないし、と色々諦めようとしたのだけど、どうしても諦めきれないものがあった。それは———。


 この世界にはBLがなかった。


 なんということだ! あのめくるめく美しき官能の世界を知らぬまま残りの人生を過ごすなんてありえない! 父の商談にくっついて王都に出向いた際、何件もハシゴした本屋で絶望に苛まれたあの日、私は誓った。


「ないなら作ってしまえばいいじゃない!」


 そう、BL作家とは愛の伝道師。尊き教えを未開のこの地に広げるべく、前世から遣わされた使徒。それが私に課された役目。幸いカケラのチートも持たざる私だったけど、膨大な前世のBL知識と作家魂だけはしっかりみっちりねっとり引き継いでいた。これが使命でなくてなんというのか。


 領地に戻った私はひたすら書いた。(ほとばし)る思いのたけをすべて原稿にぶつけた。


そうして書き上げたのが「薔薇の騎士」の一章だ。


国王と側妃の息子として生まれたアラン王子と、彼を守る護衛騎士ジェシーの物語。母側妃はすでになく、父王の愛情も薄れ、正妃の嫌がらせに晒される毎日の中、健気に育つアラン。やがて病魔が彼を襲ったそのとき、ジェシーは己の欲深い愛情に気づく。2人の主従関係ぎりぎりの世界を描いた渾身の作品を、新聞広告で見つけた出版社に送ったところ、話はパタパタとまとまり「ぜひ出版を」という運びになった。この世界の平民女性は職を持ってバリバリ働いている者も多い。出版社の社長であるオードリーも30代の女性だった。


「グレースお嬢様、この話……とてもイイです」

「オードリー社長、わかってくださいますか!?」


 初めて会ったその日に固く握手を交わした私たち。ちなみにそのとき腐女子という言葉もオードリー社長に教えてあげた。彼女は既婚者だから貴腐人だったけど。


 出版社の方は問題がなかったが、我が家に話を通すときはちょっと苦労した。何せグレースは16歳で成人前。まだ何事にも親の許可がいる年頃だ。貴族女性が仕事をする例もないわけではないが、あくまで将来的に家を出ることが決まっているような下級貴族たちの話であり、加えてBL作家というのは例を見ない上になかなかのハードルであろう。


 ちなみに我が家で一番強いのは家長である父でなく母だ。その前情報を元に、オードリー社長は母に私の原稿をそっと差し出した。母は部屋にこもってそれを読み……翌朝、あっさり許可が下りた。ただし私は嫁入り前の身であり、ハミルトン家としての体面もある。身分だけは徹底的に隠すよう、覆面作家の指令つきで。母の後ろで何やらげっそりしている父と、げんなりしている兄の姿があったが、我が家の裏番長の許可が下りたのだ。何も言えまい。


 なお穢れをまだ知らぬ幼き弟の目は父が、耳は兄がしっかりと塞いでいた。安心して、お姉ちゃん、ショタはあまり好みじゃないのよ。





 こうして世の中に送り出された「薔薇の騎士・上巻」は、オードリー社長の巧みな販売戦術のおかげで一大センセーションを巻き起こした、らしい。「らしい」というのは、王都での話なので、領地にいる私の耳にまでその人気ぶりが入ってこないせいだ。うちは王都まで馬車で1日と比較的近いこともあり、一家揃って領地暮らしだ。一方で王宮勤めの家系だったり、積極的に社交をこなす成人の息子や娘たちがいる家などは、王都で暮らしている場合も多い。そのため王都は常に賑わっており、いろいろな流行で溢れている。先物好きの世代が新しい文化に喰いつくのもわかるというものだ。


出版された上巻はベストセラーとなり、貴賤を問わず腐女子……じゃなかった、婦女子たちの心を掴んだ。いやもう腐女子でいい気もするけどね。興奮したオードリー社長から「下巻はよ!」という速達が届き、才能も煩悩もフル稼働で執筆した原稿を送り返した2ヶ月後。


「……あなたの小説のファンです。サインを、いただけないだろうか」


 下巻発売記念と称して開かれたサイン会会場で私の前に立ったのは、黒基調の衣装に身を包んだ、黒髪赤い瞳の騎士様だった。


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