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前世の趣味のままにBL小説を書いたら、サイン会に来た護衛騎士様の婚約者になりました  作者: ayame@キス係コミカライズ


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かわいい作家には旅をさせよ

 ジェスト様から万年筆というブースト兵器を差し入れられ、勢いを取り戻した私は無事連載スタートにこぎつけることができた。


 人生初となるNL小説のタイトルは“真実の愛”という。いや、ベタだけどさ、これくらい突き抜けないと書ききれる自信がなかった。ちなみに”真実の愛(笑)”って呼んでいるのは内緒だ。


 世の女の子たちは皆ダミアン王太子の恋人候補だ。小説に感情移入しやすいようにと、敢えてヒロインの名前は出さず「私」という一人称で書き始めた。孤児院で暮らしながら街の食堂で働いているという設定で、人から呼ばれるシーンでは「嬢ちゃん」や「あんた」や「お姉ちゃん」など呼ばせている。対するヒーロー枠の殿下はダダン王太子。ダミアンに寄せてみた。ヒロインちゃんがいつもカナリアを(かたど)った手作りの髪飾りをつけているという設定で、ダダン王太子は彼女のことを「カナリア」と呼ぶ。2人だけの秘密の呼び名だ。


 もちろん悪役令嬢もすでに登場している。ダダン王太子の婚約者である公爵令嬢キャサリン。キャサリンという名前はカトリーナの別名だ。さすがに被せすぎかと、ご本人に嫌ではないかお伺いをたててみたところ、「面白そうね。ぜひ使ってちょうだい」と二つ返事で返されたので採用とした。


 第3話で初登場となったキャサリンは、ダダン王太子が市井の食堂に入り浸っているという噂を聞き、「王太子という立場にありながらはしたない」と食堂に赴き、ヒロインちゃんと談笑する婚約者の姿を目にして、女の勘から激しく嫉妬するようになる。ここから悪役令嬢の本領発揮。次回作からは店の前にゴミをばら撒いたり、出勤途中のヒロインちゃんにわざと馬車で泥跳ねさせたりという、地味な嫌がらせが始まる。店の前のゴミは、登場したダダンが掃除を買って出て、泥跳ねヒロインちゃんにはワンピースをプレゼントするという展開つきだ。お客様にそんなことさせられないと掃除道具を取り合うヒロインちゃんがよろけてダダンが抱き止めたり、泥跳ねでエプロンドレスがちょっとだけ透けて見えるというラッキー○ケベも入れたのは、男性層の取り込みも意識してのこと。万事抜かりはない。


 連載がスタートして3週。すでに人気が出始めて、新聞社にはファンレターが届いているとのこと。中には「私こそがカナリアです」と名乗る投書まであるのだとか。


 新作が上々の滑り出しをみせる一方で、社交界デビューに向けた私の淑女教育も大詰めを迎えていた。


「今度、我が家でお茶会を開くことになったのだけど、グレース様もぜひ出席なさって」


 お世話になっているエイムズ公爵家のカトリーナ様から、そうお誘いがあった。本格的なデビューの前に、すでに社交界デビューを済ませているほかのご令嬢方を紹介してくださるらしい。


「今回はデビューしてまだ2、3年以内の未婚のご令嬢ばかりをお招きしているの。皆気心の知れた人ばかり……と言いたいのだけど、そうともいかなくて」


 残念そうな表情までもが完璧に美しいカトリーナ様は、眉尻を下げた。


「ダミアン殿下の婚約者という立場である以上、私は特定の派閥や身分の方々に肩入れができないのよ。今回は下位貴族の方々や、当家や私のことを快く思っていない人たちもお迎えすることになるわ。中にはあなたに悪意を持っている人もいるはずよ」

「私に、ですか?」


 自慢じゃないが私はこの歳まで引きこもりの領地ガールだ。王都に知り合いはおらず、良くも悪くも無名のはずだ。


「あなたはジェストの婚約者として今、時の人なのよ。ジェストやアレンは、本人たちの身の上のことを差し引いても若い令嬢方の憧れの的だから。さすがにアレンは王族だからおいそれと声をかけるわけにもいかないけれど、ジェストは侯爵家の人間だし、養子という立場もあって、手が届きそうな存在でしょう?」


 カトリーナ様の言い分は皆まで聞かずともよくわかった。アレン殿下もジェスト様もあの麗しいご尊顔だ。片や甘い顔立ちの王子様、片や硬派なイメージの黒騎士。タイプが違うだけで2人してそれはそれはオモテになることだろう。


 そして世間的には高嶺の花すぎるアレン殿下より、一貴族のジェスト様の方が現実的と、彼の実家に縁談を持ち込むご令嬢が後をたたなかったのだとか。そういえば最近もお見合いしたって言ってたっけ、あの人。私の書いた小説の風評被害のせいでお相手から断られたって言われたけど、そもそもカトリーナ様がいるんだから断られて正解のはず。それをアレン殿下ってばネチネチと言ってくるなんて、なんだか騙された気分だ。


「グレース様、聞いてらっしゃる?」

「は、はい!」

「とにかく、そうした事情があるの。ジェストはあの通り、女性にほとんど興味がないものだから縁談もすべて断ってきたのだけど、中にはクインザート侯爵の顔を立てるために受けたお見合い話もあって。もちろんすべて破談にはなっているわ。でも未だにジェストのことを諦めていないご令嬢もいるの。メリンダ・ハーパー侯爵令嬢もそのおひとりね」

「メリンダ・ハーパー侯爵令嬢……」


 聞き慣れない名前だ。というか、すべてのご令嬢が初めまして状態だから、聞き慣れている名前があるはずもないのだけど。


「グレース様、彼女には気をつけてちょうだい。ジェストとお見合いをして断られた後も、ずっとジェストにつきまとっている方よ。彼女は一人娘だから、ジェストを婿養子にと願ってかなりしつこく圧力をかけてきたと聞いているわ。私はあなたの味方でいたいけど、彼女の家はダミアン殿下の強力な後押しをしてくださっているの。殿下の婚約者である手前、私も彼女の言動を牽制することは難しくて」


 いくらダミアン殿下との婚約を白紙に戻したいと思っていても、カトリーナ様はまだ婚約者のままだ。未来の夫の協力者である家門のご令嬢を敵に回すわけにはいかないのだろう。


「わかりました。なるべくメリンダ様には近づかないようにしますね」


 そう答えはしたものの———。


「あなたがジェスト様の婚約者ですって!? 嘘でしょう……どうしてあなたみたいな人がっ」


 ハンカチがあれば口に咥えてキーっと裂いてしまいそうなほど怒りを滲ませたメリンダ・ハーパー侯爵令嬢に、お茶会の席で早速捕まってしまった。カトリーナ様が席次を考えて、彼女を上席に、私を末席に置いてくださったのに、そのお心を無駄にしてしまうこの作為的な流れ。


 うーむメリンダ様許すまじ。


 けれど派手に巻いて結い上げた髪といい、昼間用のドレスにしては背中がやや空きすぎなデザインといい、高めから見下ろす容赦のない視線まで、すべてが見事なまでにハマっている。


(これはどう見てもカトリーナ様以上に悪役令嬢枠……!)


 私もまた「さぁ来い陰湿なヒロイン(じゃないけど)イジメ!」と、むしろわくわくしながら目を輝かせてみたのだが。


「メリンダ様、ようこそお越しくださいました。ちょうど我が家の庭の薔薇が見頃でして、今回はお庭にお茶席を設けましたの。美しいものの目利きに優れていらっしゃるメリンダ様に、ぜひご感想をいただきたいわ」


 さすがの女主人(ミストレス)役・カトリーナ様が、ごく自然にメリンダ様の腕を取り、庭へと誘導してしまった。メリンダ様も未来の王太子妃にそこまでされては従わぬわけにはいかないという最低限の礼節は備えている人らしく、憤怒の表情を扇で隠しながら、一旦は庭へと足を向けた。


 高位の2人の令嬢に倣って、招待客が庭を散策し始めた。いろんな品種の薔薇が咲き誇りなんともいえぬ芳しい色香を放つ様は、これぞお貴族様という光景で確かに優雅だ。あちこちから「素晴らしい眺めですわね」と声があがっている。


「皆様ありがとうございます。当家の庭師は薔薇に詳しく、いろんな配合を試しては新種を生み出してくれていますの。こちらにあるのは去年の品評会で優勝した新種ですのよ」


 カトリーナ様が手を延べた先には、初々しいピンクの大ぶりの花が揺れていた。


「あの、カトリーナ様。公爵家の庭師の方は薔薇の配合がお得意と先ほど伺いましたけれど、青い薔薇を咲かせることはできないのでしょうか」


 そう声をかけたのは、確かランドー子爵家のご令嬢だ。ランドー子爵家は貿易で莫大な富を成している資産家で、そのため下位貴族ながら高位貴族のお茶会やパーティにもよく招かれているのだとか。フォード宰相も子爵家の富を当てにしており、自身の派閥に取り込みたいと願っている。その思惑に従う形で、カトリーナ様も彼女を招待していた。


「青い薔薇でございますね。私も庭師に話を聞いたことがあります。薔薇の花には黄色と赤の色素しか含まれていないそうで、残念ながら青い色を生み出すことは不可能なのだそうです。でももし青い薔薇の花が実現すれば、とても素敵でしょうね」

「そうなのですか……。“薔薇の騎士”の表紙を飾るような青い薔薇は、現実には見られないのですね」

「ひぃっ!」


 思わず口から漏れた悲鳴は、別のご令嬢の「まぁ、あなたも“薔薇の騎士”をお読みになったの?」という黄色い声に掻き消された。そのまま両名の間で小説談義が花開く。背中に変な汗をかきながらも、耳はダンボになってどうしても離れがたい。


(あぁ私も混ざりたい! ダメかな、ファンの振りして「私も好きなんですぅ〜」とか言ってしれっと入ってもバレないんじゃ……)


 よくよく見ればほかにも瞳をきらめかせているご令嬢がちらほらいたりするではないか。


「ねぇ、ランドー子爵令嬢のそのブローチって、青い薔薇ではなくって?」

「そうなんです! “薔薇の騎士”のブームの影響で、最近は青い薔薇をモチーフにしたアクセサリーやスカーフが大人気なのですよ。私も、うちの商会が契約している職人たちからデザインの意見を求められて、工房に足を運ぶこともあるんです。これも私がデザインしました」


 なんと、“薔薇の騎士”をイメージしたブローチですって? ぜひとも見てみたい。


 よし、勇気を出して混ざろう!と一歩踏み出そうとした瞬間。


「まぁ! あんな穢らわしい小説を嗜む貴族令嬢がいるだなんて、信じられないわ」


 扇の下から呆れた声を張り上げたのは、メリンダ様だった。






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