「薔薇の騎士」
新作スタート。前2作(ゼロキス、薄倖JK)でシリアス恋愛ファンタジーモノが続いたので、明るめラブコメに挑戦です。
一話の冒頭のみBLちっくです。苦手な方は◆◆◆から◆◆◆までを読み飛ばして下さい。飛ばしてもストーリーにまっっったく影響ありません。
◆◆◆
人気のない離宮の一室で、主従の2人はただ向かい合っていた。
咳き込む主人の背にそっと触れれば、浅い呼吸とともに確かな温もりを感じ、大丈夫だとさする手に力がこもる。この熱は苦しみなどではない、命の証だ。彼の主人は幾度となく襲いかかる病に打ち勝ってきた強い人だった。きっと今回の苦難も乗り越え、またあの春の陽だまりのような微笑みを向けてくれるはずだと、そうあってほしいと、支えるその手に祈りを込めた。
「ジェシー、ありがとう。少し楽になったよ」
「無理は禁物です、殿下。熱はさがったとはいえ、体力が完全に回復するにはまだ時間がかかります」
「すまない、ジェシー。護衛騎士である君に看病までさせてしまって。けれどこの離宮に、君以外に信頼できる者がいないんだ」
「私はいつでもあなたの側にいるのが仕事です、アラン殿下。護衛として、あなたを外敵からも病からも守ってみせます」
「仕事か……そうだよな」
「殿下?」
「……ジェシー、君が私の側にいてくれるのは、仕事だから。それが理由だよね」
「どういうことでしょう」
「君は任務が解かれれば僕の元を離れてしまうのだと思うと、胸が苦しくなるんだ。ねぇジェシー。どうか教えてほしい。僕には君しかいないんだ。側妃であった母がすでに亡いことや、父王が僕に興味をなくしていることを言っているんじゃない。僕には、僕には……!」
支える手を振り切るように、アランは護衛騎士に詰め寄った。
「ジェシー。僕の命はきっともうわずかしか残されていない」
「殿下……! いったい何をおっしゃるのです!」
「自分の身体のことだ、僕にはわかるよ。母の愛を知らず育ち、実の父には顧みられず、正妃には疎まれる人生だった。この身を好いてくれるのは蝕む病だけ。ジェシー、君はどうなんだい? 君もまた僕から離れていくのだろう?」
「いいえ! 私は常に殿下とともにあります! それは仕事だからではありません。私がそうしたいと心から思うからです」
「あぁ、ありがとうジェシー。とても嬉しいよ。でも、それだけじゃ足りないと、もっと欲しいと思ってしまう僕を、君は浅ましいと思うだろうか。僕は……君の愛に包まれて死にたい」
「殿下……」
「どうか、名前で呼んでほしい。ジェシー。昔のように」
「……アラン」
「ジェシー……どうか、死にゆく定めの僕に、君の情けを」
そう求められ、ジェシーはアランの水色の巻き毛が張り付いた額に指を寄せた。剣を握る無骨な指でその前髪を撫ぜる。触れる細い身体は自分より2つ上とは思えぬほどに頼りない。けれどその碧の瞳には強い意志があった。幼き頃より共にあったその人は、ジェシーにとって命に変えても守るべき主人だった。
そう思い込んできた。けれど。
「アラン……! 許せっ」
この美しくも儚い存在はすでに、ジェシーの中で一輪の尊き薔薇の花に昇華していた。守りたいと思うのは主人だからではない。その理由は———。
「あなたを斃るのは、俺だ。アラン」
「僕を、君のものに。ジェシー……」
ジェシーの熱い薔薇色の瞳にはもう、愛するその人しか映っていなかった。重ねた唇の温度に溺れながら、2人はシーツの波へと身を沈めた。
———ナツ・ヨシカワ「薔薇の騎士」より。
◆◆◆
「う〜〜〜〜〜〜ん!! やっぱBL最高! 前世今世通じて過去一最高傑作爆誕の予感!!!」
年季の入った羽ペンを置きつつ、凝り固まった肩首をこきこきと回す。おもいきり伸びをしつつ、ふと原稿用紙の側にある本へと手を伸ばした。白い表紙を背に咲き誇る一輪の青き薔薇と、それを守る黒い剣。麗しきフォントで綴られた「薔薇の騎士・上巻」のタイトルと、ナツ・ヨシカワという今世では珍しい異国情緒溢れる著者名。
「はぁ〜〜〜〜〜あ! 今でも信じられない。私が、本を! 出したなんて!」
思わず本を胸に抱き締め、うっとりと頬を染める。抱き締めすぎてやや色褪せてきた気もするそれを撫でながら、目の前の手書き原稿を今一度推敲する。
「下巻の締切まであとわずか。頑張ろう! 同人イベの校了前に比べたら余裕のスケジュールだもの。やれるわ!」
決意を新たに、今一度羽ペンを手に取るのだった。