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第1章 変な子供と小さな期待 2

 見えない糸に引っ張られるようにして、カストルは育児室の前まで引き返す。そのままドアノブに手をかけると、勢いよく開いてズンズンと中へ入った。


 部屋に入ってすぐに、怯えるような青い顔で赤子を抱きしめる若い女の姿が映る。

「おい、騒がしいぞ。何をしている」

 怒り混じりの言葉をぶつけると、女はビクッと肩を震わせて、見上げるような目で恐る恐るこちらを振り向いてきた。


 カストルの姿を確認すると、女は元々青かった顔をさらに青くして、恐怖に顔を歪ませる。その容姿は、扉越しに聞こえてきた声の印象通りかなり若い。もはや幼いと言っていいほどだ。


 少し乱れているが、一応は後ろでひとつにまとめられた赤毛に、若葉のような緑色の瞳。この国の人間にしては低い鼻の頭にはそばかすがわずかに見え、左の頬には、おそらく最近できたと思われる痛々しい火傷の跡があった。両耳には、真珠玉のように白く小さなピアス。服装は侍女が身につけるような、フリルも飾りも何もない機能性重視のシンプルなドレスだ。


 侍女が業務中に指輪やピアスなどのアクセサリーを身に付けることはないが、このピアスは装飾品ではなく、第二覚醒を終えた魔力持ちが必ず身に付ける《魔法器具》だ。


 魔法器具とは、文字通り魔力で動く機械や道具のことで、女がつけているピアス以外にも様々な魔法器具が存在している。女のピアスは、身に付けている者の魔力放出を制限する魔封石でできており、リミッターとしての役割を持っていた。


 魔力持ちの体内には、魔力を貯めておく《器》のようなものがあり、魔力はそこから際限なく溢れてくる。訓練と成長に合わせて器は徐々に大きくなり、生まれる魔力量も同じように増えていくが、第二覚醒後は器の成長だけが止まってしまうのだ。

 だが、生まれる魔力量だけは覚醒後さらに増していく。器に入りきらない魔力は、少量であれば問題ないが、大量に漏れ出すと暴走を始める。その入りきらない魔力を吸収し、魔力暴走を防ぐのが、このピアスだ。


 同じく魔封石を使った封魔錠という鎖があるが、それは罪人が魔力持ちであった時に魔法の使用そのものを制限するために使用する道具なので、ピアスとは用途が違う。


 カストルは目の前で怯える女を、睨みつけるようにジッと見つめた。このピアスをしているということは、この若い女は間違いなく第二覚醒を終えた魔力持ちだということだ。


 妬ましい、という感情が、彼の心に醜く芽生える。


 平民出であるソフィアから生まれたカストルは、出自だけで周りから劣等と言われ続けて、それを払拭するために剣術や学力を磨いてきた。そして結果として、彼を劣等と呼ぶ者は少なくなった。

 しかし、魔力覚醒が見込めないと分かった途端、周囲が再び彼を劣等と呼ぶようになった。


 ……結局、連中が平民の子供を認めることはないのだ。

 そう気づいた時から、カストルは魔力訓練をやめた。しかし、魔法への渇望は未だ持っている。


 カストルは暗い感情を打ち消すように、フゥ、と息を吐くと、女の元へ歩み寄った。女は、カストルが距離を詰める度に身体を震わせ、まるで蛇に睨まれた蛙にように視線を床に落とす。

 心なしか、緑色だったその瞳がエメラルドの宝石に似た輝きを放っていた。


 ……魔力持ちは感情が動くと、瞳の輝きが変わるのだったな。


 女がカストルの姿に激しく恐怖し、感情を揺らしているのだということは問わずともその顔色で分かる。しかし、この女の顔を、カストルは社交界で見たことがなかった。

「……見ない顔だな、名は」

「は……あの、えっ、と……」


 女の声は恐れのせいか、震えてひどく吃っている。赤子を抱く手にも力がこもり、その痛みで赤子はさらに泣き叫んだ。そんなことにも気付かず、女の目は左右に泳ぎ、額には汗が滲んでいる。怯えるばかりでこちらの質問に答える様子のない女の姿に、カストルは苛立った。


 ……何故こんな小娘がここにいるんだ。


「……自分の名前が分からないわけじゃないだろう。さっさと答えろ」

 脅迫するように低く言いながらジロリと睨み付けると、女は再びビクッと肩を震わせ、悲鳴を上げるような声で「はいっ」と答える。荒い息を整えるように何度か大きく深呼吸をすると、少し間を置いてから女は口を開いた。


「か……カレン、ボアルネと…申します。い、引退された、前任に代わり…先月、王女、殿下の、乳母に……」

「ボアルネ……あぁ、噂の末娘か」

 カストルが続けて尋ねると、カレンと名乗ったその女は肯定するように大きく頷いた。

 直接の接点はないが、《ボアルネ》という家名については聞き覚えがあった。


 ボアルネ子爵の末娘。ボアルネの子供の中で、唯一魔力を持って生まれた娘だと、社交界で噂されていた。

 少し前までは、カストルと同じく第二覚醒の兆候すら見られないまま18歳の誕生日を迎えたため、このまま一生覚醒することはないだろうと言われていた。しかし、誕生日の翌日、ボアルネ家の屋敷が火事になった。幸い火はすぐに消し止められたが、火元の近くにいた末娘は顔に大きな火傷を負った。それが引き金になったのか、末娘は高熱を出したのちに覚醒したというのだ。


 その話を聞いた時、基本的に他人に対して興味を持たないカストルは、ひどく驚いた。……そして、ほんの少しだけ羨んだ。彼女にとっては大惨事だっただろうが……。


 一瞬、眼帯の下の右目がわずかに疼いたような気がしたが、気にしないふりをしてカストルは口を開く。

「…ボアルネ家の子供は上の3人以外は未婚だと聞いているが、甥か姪の世話でもさせられたか」

「い、いえ……一番上の、義姉は妊娠中ですが…それ以外は……」

「なら、お前は赤子に触れたことがないということか?そんな娘が何故乳母として呼ばれたんだ、明らかに不相応だろう」

「王妃、様からの命で……そ、その…わたくしは、魔力持ちですので……」

「…それだけの理由で選ばれた、ということか。まったく、あの女は何を考えているんだ、自分の孫だというのに……」

 呆れるようにため息を吐くと、自分に向けられたものだと思っているのか、カレンは三度(みたび)肩を震わせた。俯くその瞳には、とうとう涙が滲み出す。


 ……カストルと目が合う前から怯えた顔をしていたカレン。1度も触れたことのない赤子の世話をたったひとりで行うことを怖がっているのか、それとも、その赤子から溢れ出す魔力の強さに恐れ慄いているのか……。


 どちらにせよ、こんな様子のままで、今も泣き止まないこの赤子をあやせるのか。

 魔力持ちだと判断された王族や貴族の子供の世話に同じ魔力持ちの乳母が必須なのは、自制が効かない幼子の魔力が暴走した時、乳母が真っ先に対応できるように、だ。


 魔力のない普通の侍女やメイドたちがここに近づかないのは、ルールだけが理由ではなく、ただ、魔力が恐ろしいのだ。


 魔力は、誰もが必ず持っている力ではない。神から与えられた奇跡だ。

 誰もが持っているわけではない力を持つ人間は、普通の人間には尊敬の対象になるが、同時に恐怖の対象にもなる。特に幼子の魔力は、少しの感情の変化で暴走しかけることもある、いわば時限爆弾のようなものだ。泣くことでしか要求を表せない乳児は、特に魔力を乱しやすい。


 魔力持ち不足である現在の王城においては、子育て経験もなければ身近に幼子のひとりもいないカレンのような若い娘が、魔力持ちだからという理由だけで乳母として駆り出されるのも、仕方がないのかもしれない。


 ……とはいえ、カレン・ボアルネが覚醒したのは2ヶ月前。1ヶ月前に乳母になったというのなら、魔法の訓練を受ける時間はわずかしかなかったはずだ。もし赤子の魔力が暴走しても、この娘にそれを止めることは難しい。


 ……(てい)のいい厄介払いだ。


 そう心の中で呟きながら、カストルはカレンの火傷をチラッと、見る。

 貴族にとって、見た目は何より重要だ。そうでなくとも女性にとって自分の顔に一生ものの傷が残るなんて一大事だろう。

 ……同じく顔に傷があるからこそ、カストルはそれを嫌というほど痛感している。


 気の毒だが、身分が低い上に末娘のカレンは、顔に傷を負った時点で自身の父親から『女としての価値を落としたキズモノの娘』と思われても不思議はない。

 そんなカレンに与えられた役割が、300年振りに王家に生まれた先祖返りで強大な魔力を持つ王女の乳母とは……まるで生贄だ。


 苛立ちは薄れ、カストルはカレンに同情の念を抱いた。

 しかし、今はそんなもの、何の役にも立たない。

 カストルはカレンの腕の中の赤子に目を落とした。


 ……乳母さえ畏怖の念を抱く赤子。

 確かに、その小さな身体から溢れる魔力は凄まじい。魔力のないただの人間でさえも気圧されてしまうのではないかと思うほどの存在感だ。

 だがカストルの脳裏には、初めて会った時に見た、あの屈託のない笑顔が浮かんでいて、不思議と恐怖の感情を抱かなかった。


 ……あの日のように俺が抱き上げたら、また見られるだろうか?

 一瞬そんな考えがよぎったが、否定するように首を振った。


 そんなはずはない、あれはただのまぐれだ。

「…よこせ。母親の元に連れて行く」

 そう言うと、カストルは今にもアザができそうなほど強く抱きしめているカレンの手から、有無も言わせず赤子を奪い抱き上げる。


 ……この子の母親も娘の魔力を怖がって近づこうともしなかった気がするが、少なくとも、こんな今にも死にそうな娘の元にいるよりはマシなはずだ。

 何か言いたげなカレンを無視して踵を返すと、早足で扉に近づきドアノブに手をかける。

「あっ…あの、王妃様から、王女殿下をあまり外へ出さないように、と……」

 カレンは慌ててカストルの後を追い、そう言って引き止めようとした。

 その言葉に、カストルは眉間に皺を寄せる。


 ……あの女、孫を閉じ込めるような指示を出すなど、本当に何を考えているんだ。


 無視して部屋を出ようとしたその時、カストルはピタッと動きを止めた。


 ……静かだ。

 先ほどまでうるさいくらい響いていた泣き声が、急に消えた。

 まさか……。


 恐る恐る腕の中の赤子に視線を落とす。すると、先ほどまで顔を真っ赤にして泣いていたはずの赤子の涙が止まり、キョトン、とした顔でカストルを見上げていたのだ。

 彼を引き止めようとしていたカレンもそれに気づいたのか、赤子の顔を見下ろし、「あれ」と驚いたように声を上げる。


「………泣き止んだじゃないか」

 動揺を悟られないように冷静を装いながらそう言うと、赤子をカレンに返し、部屋を出ようとした。

 しかしその直後、突然火が付いたように赤子の泣き声が響く。

 突然の声に、カストルは咄嗟に両耳を塞ぎ、苛立ち混じりに振り向き尋ねる。


「何なんだ一体。何が不満なんだ」

 しかし、そう問われても言葉を発せない赤子が答えるわけもない。

 赤子を返されたカレンは、少し落ち着いたのか恐怖の表情を赤子とカストルの姿を交互に見比べる。しばらく見比べて考えてから、何かを思い付いたように口を開いた。


「あの……王女殿下は、カストル殿下に抱っこしてほしいのではないでしょうか?」

 先ほどまでのどもりが消え、急に確信を得たように話す。冷静になろうと努めていたカストルの心は、その言葉に再び動揺した。

「……俺に?」

 思わずそう尋ねてから、カストルは恐る恐る赤子の顔をジッと見下ろす。


 …金色の瞳、先祖返りの瞳。

 ……()()の、瞳……。


 その大きな瞳でこちらを必死に見つめ、何かを求めるように小さな手を伸ばしている。

 …初めて会った日のように。

 その小さな手に引き寄せられるようにして、カストルは赤子に手を伸ばす。抗えないことが、抗おうとも思わないことが、不思議で仕方がなかった。


 そのままゆっくりとカレンから赤子を受け取ると、縦に優しく抱き上げる。

 先ほどは気付く間もなかったが、初めて抱いた頃と比べるとかなり重く、大きくなっているようだ。以前とは違って、赤子の顔がすぐ近くに見える。あの時はほとんど半開きだったその目は、今ははっきりとこちらに向けられている。首も強くなってきたようで、念の為にと軽く頭を支えていたが、重みはあまり感じなかった。

 今にも壊れてしまいそうだったのに、数ヶ月で驚くほど成長したようだ。


 ……名前の分からない感情が、心の中をくすぶる。温かいような、恐ろしいような…。


 赤子はカストルの腕の中で必死に手を伸ばし、そのまま彼の頬に触れる。

 初めて触れられたそれは、怖いほど柔らかく、悲しいほどに温かい。他人から触れられるのは嫌いだったはずなのに、何故か離してほしくないと、もう少しだけこのままでいたいと願うほど心地よかった。


「うー…あー…」

 何か言いたそうに「うー」だの、「あー」だのと声を漏らしながら、何かを確かめるようにペタペタとカストルの顔を触る。こそばゆくて、カストルは思わずフッと息を漏らした。


 飽きもせず何度も触れるオフィーリアの手が、彼の右目の眼帯へ動く。その時、カストルの全身を恐怖という名の電撃が走った。

「——っ」

 ハッと我に返ると、慌てて赤子の手を自分から離し、カレンに突き返す。

 逃げるように廊下へ飛び出したところで、背後からまた赤子の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。だが、今度は決して振り返ることはなく、真っ直ぐに階段を駆け降りた。


 その泣き声は、まるで「臆病者だ」と彼を責め立てているかのように、どんなに離れても、ロワ宮の外に出ても、いつまでも聞こえてきて消えることはなかった。


 ……やめろ、やめろ…!!


 頭の中で響き続ける声は、両手で強く耳を塞いでも止むことがない。

 分かってる。こんなに離れたのに、赤子の声が聞こえてくるはずがない。

 聞こえているような、責められているような()()()()()()()だけだ。それを自分を責める声だと、思ってしまっているだけだ。


 …忘れろ……忘れろ、忘れろ……っ。

 何度も自分に言い聞かせながら、呪文のように繰り返し唱えながら走り続けて、気がつくと彼は自室の扉を開けていた。


 それでも、消えない声。消せない光景。

 …忘れろ、忘れろ……!!


 後ろ手に閉めた扉にもたれ、ズルズルとその場にくずおれる。

 ……まるで、子供の頃のようだと思いながら、身を守るようにマントの端を掴む。

 そこでようやく、自分は疲れているのだと改めて自覚したのだった。



「………」

 膝を抱えたまま、カストルは静かに目を開ける。どうやら自分はあのまま眠ってしまっていたようだと、その時気付いた。

 窓の外は真っ暗で、灯りのひとつも付けていない部屋の中も同じく暗い。カストルは扉の前で座り込んだまま、暗闇の中をボウッと見回す。


 床に座ったまま眠ってしまったせいか、身体のあちこちが痛む。それでも暗闇に目が慣れたところで何とか立ち上がり、開けっぱなしのカーテンを閉めるために窓へ歩み寄った。

 視界が悪く、片付けもしていない床には本が無造作に置かれているので、何度も躓きようになり、チッと舌打ちを吐く。それでも何とか窓に近いてカーテンを閉めると、そのまま慎重な足取りでデスクまで近づいた。


 引き出しを開け、半ば手探りでマッチ箱を探し、手に取る。常に同じ場所に置いてある燭台に手を伸ばし、自分の前まで置くと、箱からマッチ棒を1本取り出した。

 側薬部分にマッチの先を勢いよく擦る。シュッという摩擦音と共に、橙色の炎が手元を一気に照らした。燭台のロウソクに火を灯すと、素早く手首を振って手元の炎を消す。


 デスクチェアに腰掛けて頬杖を吐くと、カストルの口から、まるで今の今まで我慢していたかのように小さなため息が漏れた。それに吹かれて、ロウソクの炎が軽く震える。視界の端に見える壁かけ時計の針は、深夜0時を差していた。


 《習慣》という名の糸に操られるようにしてここまでの動作を終えると、小さく揺れる炎をボウッと眺めながら、彼の意識は少しずつ戻ってきた。

 責めるように聞こえていたあの泣き声の幻聴も、もう聞こえてこない。しかし、頭の中にはまだ、あの変な子供の姿が残っていた。


 ……なんだ、あの子は。

 恐れもせず、拒みもせず、挙句抱き上げた途端泣き止んだ。そんな不思議な子供は、カストルが知る限りただのひとりもいなかった。


 あの子の兄姉にあたるクラトスとアグネスは、生まれた時から現在まで、カストルに対して恐怖の表情しか向けてこない。特にアグネスの方は、最近魔力持ちであることが判明し、カストルと同じように魔力の視認ができるようになった。そのためか、余計にカストルに対して恐怖するようになった。

 第二覚醒がなかっただけで、カストルも一応魔力持ち。それも、判明した当時はかなり強い力が確認されていたらしく、第二覚醒がなかったことでその魔力はおそらく今も器と共に増幅しつつある。

 カストル自身には、自分の魔力は視認できないので分からないが、おそらくアグネスには、そんな魔力が見えているに違いない。


 …制御も歯止めも効かない魔力は、脅威以外の何ものでもない。

 あの赤子は、怖くないのだろうか?


 そう心の中で呟いた途端、あの赤子から感じた強大すぎる魔力を思い出した。

 魔力持ちが持つ魔力の器は、成長と共に大きく強く変化する。初めの器の大きさは人によって様々で、器によって生まれる魔力の量も異なる。

 あの赤子の器は、初めて会った時の魔力量から考えるとかなりの大きさだ。それは体の成長と共にさらに増大していて、今後さらに増していくのだろう。


「…そうか。俺程度の魔力では、お前は全く動じないんだな」

 誰に聞かせるわけでもなくそう呟き、フッと小さく笑う。安心したような、悔しいような、嬉しいような、複雑な心境だ。


 ……だが、やはり()せない。

 魔力を抜きにしても、カストル・レヴィンの容姿はこのテオスの街では異質。この街に住まう彼らにとって、カストルの存在そのものが異物なのだ。


 魔力持ちでなくとも、カストルを見れば誰もが恐れ、口々にこう言う。《呪われた半端者の王子》だと。

 それに……。


 カストルは下唇を噛み、苦虫を噛み潰したかのように眉間に深い皺を刻みつけた。

 考えないように、思い出さないようにしていた記憶が、頭の中を駆け回る。


 ここに至るまでに行っていた所業(しょぎょう)。そのために背負ってきた(ごう)。背中にこびりつく、死の影。


 それは、事情を何も知らない子供ですら感じ取ってしまうほど、強く、拭いきれないものだった。

 カストル・レヴィンの姿を見て泣かない子供など、ひとりもいないと思っていたのだ。


 ……なのに。


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