お嬢様は百合少女
「どうしたの? ふふん、僕の美しさに見とれていたのね? 聡明な僕はそんなことも簡単にわかるのよ」
実に上品で余裕たっぷりといった様子で、本人の言うとおりに美しい動きの両手。その両手により、やたらと金を食に使いたがりな彼女の為に用意された料理はその小さな口に運ばれる。
「なんか言ったらどう?」
そのドヤ顔が無性に腹が立つ。白いブラウスに黒いスカートを着こなす、容姿文武全て文句のつけようがないこのお嬢様にも、人間であるため弱点はある。
俺はその弱点を知っている。さらに、俺はこのお嬢様にむかついた。
なら、少しからかったって罰は当たらないだろう。
「ところで、お嬢様」
「……うん?」
嫌な予感がする、というような引きつり笑いに変わる。
「学校での人間関係はどうなんです? たとえば、想い人が出来たり、あるいは――」
「あっははははは何を言っているのか分からないね。僕は完璧で、ゆえに出来ないことはないの。当然、恋人の一人や二人……」
「えっ! お嬢様、彼氏が出来たんですか?!」
「…………で、うん。できたの。そう、できたのよ! ええ、そうね。できたわ!」
掃除担当が口元に手を当て、キラキラと瞳を輝かせていますね、お嬢様?
強がりな彼女は、見栄を張ることにしたらしい。さて、主従の距離が近いこの家で、旦那様に彼氏が出来たという情報が伝わるのは一体どのくらいか。
伝わったとしたら、何が起きるのか。旦那様はお嬢様を溺愛している。つまり、彼氏ができた、それも自分の知らないところで、なんて言ったらどうなることか。
「……ご馳走、さまでした」
見た目だけは一流の笑顔を空の皿に向け、ゆっくりと立ち上がる。
「春斗。僕について来てくれる?」
ああ、やっちまったかもしれない。
はい、と返事して、いうとおりに後ろを歩く。細い足が大きく動き、華奢な背中がすっと伸びている。腰まで伸びた黒髪が、空気に乗ってはねる。
絵になるなあ。
ぼんやりと思っていると、彼女が自室の扉を開き、入っていく。俺が追って入る。ぱたんと扉が閉じる。
彼女の動作一つ一つが、ぎこちない。
しばらくその場に突っ立っていて、ふー、と深呼吸して、彼女は振り返った。
「僕の反応を分かったうえであれを言ったでしょ! いや、それよりも、いない彼氏をどうするの……彼氏のふりをしてくれそうで、僕のことについて知っている人……」
ものすごい形相で詰め寄ったかと思えば、右手を顎に添えてぶつぶつと独り言を言い始める。
「……春斗」
「嫌ですよ?」
彼女がはっとして俺を指さす。
「だって、……まさかまだ僕の魅力に堕ちてない姫里を男装させて彼氏ですっていうわけにもいかないじゃない」
彼女は自信しかないような人間で、非の打ち所がない少女である。が、彼女は百合物が好きな百合女子であり、自身も、俗的に言うのであれば同性愛者というものだ。
そしてなにより、彼女は恋愛に関してだけはその自信とプライドが邪魔をしてポンコツを誇る。
人間関係は、生まれ持ったカリスマでどうとでもなるけど、恋愛は違うのよ、というのが本人の弁である。
アニメに出てきそうな彼女を今現在恋愛面で苦戦させているのが、姫里という少女なのだという。つまりは彼女の想い人だ。ちなみに、見た目と性格を抜き取って百合小説を書かせていただきたい、とも言っていた。
「だとしても、俺がその彼氏のふりをしたら余計に話がこじれますよ。せめてクラスの方に頼んでください」
珍しく少女らしい不満を顔に浮かべ、すねたような物言いをした。
「やだ。万が一にでも、姫里に誤解されたくないの。ただでさえ、望み薄なのに、壁を作ってしまったらそれっきりよ」
「そうですか。このツンデレ拗らせお嬢様」
呆れながらいうと、その美形を崩し、必死の顔で否定する。
「僕はツンデレじゃない! ただちょっと、そう、ちょっと自分を信じる力があるだけなのよ。まあでも、僕は可愛くてカッコよくて美しく生まれてきたんだから、しょうがないよね」
「自分とその、姫里って子だったらどっちの方が大切ですか?」
「僕」
即答か。そうか、そこが彼女出来ない理由だぞ。
「だからですよ」
「なんでよ。僕は僕を愛してる、相手も僕を愛してる、滅茶苦茶気が合うってことでしょ」
「一方通行の愛……」
俺が呟くと、彼女はふんと鼻を鳴らした。
「うるさい。とにかく、お父様になんていえばいいのか……」
「っていう夢を見たんだ。でよくないですか?」
「……確かに」
名案だ、とばかりに頷くお嬢様。ああ、哀れ。夢の中での彼氏はどんなだったか問い詰められること間違いなしなのに。あの人は恐らく、信じてはくれるだろうけども。
「愛してくれって、一度姫里の前で叫んでみたら彼女は僕の魅力をやっとわかるかしら。どう思う?」
「もっと引かれますよ」
彼女は楽しそうに、想い人についてあれこれ考え始めた。
どうせ叶いはないだろうけど、幼馴染として愚痴やら喜びやらを聞いてやろうかな、と思うくらいには彼女は魅力的だということだろう。
俺はそれを改めて実感し、彼女のカリスマ性を不思議に思った。