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王太子妃になり損ねた公爵令嬢は氷の国で魔王に溶ける  作者: 九条 睦月


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番外編:会いたくて

 お腹の中に子どもがいるとわかって以来、エルの過保護はさらに増した。

 エルだけじゃない。セシルだってそうだし、他の使用人たちも前以上に私を気遣ってくれる。

 それはとても嬉しいしありがたいのだけど、やりたいことを制限されてしまうのは、なかなか辛いものがあった。

 農業はユーゴが見てくれていることもあるし、まだ我慢できる。それじゃ、何が我慢できないのか。


 ──ドラゴンたちに会いに行けないのが辛い。


 身重の私に何かあってはいけないと、エルが一緒でないとドラゴン舎に行くお許しが出ないのだ。

 前までは、フラムの乗り手であるカミーユや、シエルの乗り手のファビアンが一緒であれば、エルがいなくても行くことができたのに。今や、彼らがついていてもダメ。

 なら、エルと一緒に行けばいい。

 でも、エルは多忙でなかなか時間が取れない。というのも、できるだけ早く邸に戻るためにスケジュールを詰めているからだ。そして彼は、私の様子が気になって仕方がないようで、家でできる仕事を持ち帰ってくるようになった。

 早く帰ってきても時間が取れない。なんだか矛盾しているけれど、エルは何かあった時のために、できるだけ私の側にいようとしてくれている。

 それがわかっているから、我儘は言えない。それでも、そろそろ私の中のドラゴン成分が枯渇しそうで、彼らに会いたくて会いたくて仕方がないのだ。


 彼らに会うまで、馴染みのあるグリーンドラゴン以外は本の中でしか見たことがなかった。憧れてはいたけれど、それだけだった。それがまさか、こんな風に恋焦がれるようになるなんて。

 恋、そう、まさにこれは恋にも等しい。……エルにはとても言えないけれど。

 ふぅ、と溜息をつくと、お茶の用意をしていたセシルがこちらを振り向く。


「レティシア様、どうかされましたか? お身体の具合が……」

「大丈夫! 幸い悪阻も軽いし、全然平気よ」

「それはなによりです。ようやく安定期に入ったとはいえ、油断は禁物ですから」

「皆が大事に思ってくれるのはよくわかるんだけど、ちょっと行き過ぎだと思うわ……」

「行き過ぎくらいでちょうどいいんです。そうしないと、レティシア様はすぐに無理をされますので」

「しないわよ」

「いいえ」


 ブラン家ではありえなかった今の私。

 王太子妃になるべく毎日を過ごしていた頃は、身体を動かす時は護身術の鍛錬の時だけ。その他は、ひたすら淑やかに、慎ましく。土を弄るなんてとんでもなかったし、ドラゴンに触るなんてもってのほかだった。

 あの頃の自分を思い出すと、今の私はまるで別人のよう。これほど自分が活動的だなんて、思ってもみなかった。

 動くことが楽しすぎて、それでつい無理をしてしまうのだ。反省はしているけれど、楽しいことを我慢するのは難しい。


 セシルと言い合いをしていると、部屋の扉がノックされ、愛しい人の声が聞こえてきた。


「レティシア、今大丈夫か?」

「エル!」


 どうしたのだろう? 帰りがいつもより随分早い。何かあったのだろうか。

 セシルがドアを開けると、エルが少し困ったような顔をして中に入ってきた。私は椅子から立ち上がり、エルの元へ向かう。


「おかえりなさいませ。今日は早かったんですね」

「実は、少々厄介な問題が起こってな」

「厄介な問題?」


 眉根を寄せるエルを心配そうに見上げると、やがて彼は吹き出すように笑った。


「エル?」

「いや、問題は問題なんだが、レティシアからすると問題ではないからな」

「え……? どういうことですか?」


 まるで謎かけのようなその言葉に首を傾げると、エルはやれやれといったように肩を竦める。


「ドラゴンの世話係が困っている。彼らの機嫌が悪く、ずっと鳴いていたり、時には柵を壊そうとするらしい」

「えぇ!?」


 彼らは自分の認めた人間の言うことしか聞かないけれど、世話係を困らせたりはしない。ドラゴンたちは頭がいいのだ。自分の世話をしてくれている人間のことはわかる。命令を聞いたりはしないけれど、聞き分けのないことはしないはずだ。

 それに、柵を壊そうとするなんて……。これはあくまでポーズだと思うけれど。だって、本気になれば簡単に壊せてしまうのだから。


「彼らに何かあったのですか? 体調が悪いとか、気持ちが落ち着かないとか」

「気持ちが落ち着かない、まさにそれだな」


 エルは優しく目を細め、こう言った。


「レティシアにずっと会えないものだから、拗ねているらしい。というわけで、今からドラゴンたちに会いに行こう」

「……エル!」


 喜びのあまり、私は思わずエルの首に手を回し、抱きついてしまった。

 だって、私もずっとずっと会いたかったから。そして、彼らも同じように思ってくれていたことが、たまらなく嬉しくて。

 エルは私を受けとめながら、複雑な表情を見せる。


「少々妬けるな」


 その小さな呟きに、私は赤くなった頬を隠すように、僅かに顔を俯けた。


「身体が冷えないように、あまり長居しないでくださいね!」

「わかっているわ、セシル。エルも一緒だから大丈夫よ」

「そうですが、我儘を言ってエルキュール様を困らせたりしてはだめですよ」

「わかってるったら!」


 私とセシルの会話を聞いて、エルは肩を震わせている。

 もうすっかり暖かな季節にはなっているけれど、最北の地リバレイ領は夏でも涼しい。だから、セシルはとにかく私の身体を冷やさないよう、気をつけてくれているのだ。

 あれこれ言いながらも、セシルは手際よく外出の準備をする。外出といっても、近くだけれど。


「ありがとう、セシル。いってきます」

「いってらっしゃいませ。……楽しい時間を」


 セシルが優しく微笑む。

 セシルはずっと私の側にいて、毎日のようにあれしたいこれしたいと私の我儘を聞かされている。だからこそ、私が今どれほど浮かれているのかをよくわかっている。

 私は大きく頷き、セシルに手を振った。エルも笑顔で手をあげている。

 私はエルと顔を見合わせ、笑顔になった。


「久しぶりにそんな笑顔を見るな。やはり妬ける」


 エルはそう言って私の額に軽く口づけ、私の手を取り、馬車に乗せる。ドラゴン舎までは歩いていける距離だけれど、用心して馬車を使う。

 やっぱりエルは過保護だ。でも、今は何も言わない。私はひたすらニコニコと笑みを浮かべるのみ。

 馬車はゆっくりと動き出す。

 馬車の中では、私とエルは隣り合って座っていた。エルは私の腰に腕を回し、身体を支えてくれている。

 まだそこまでお腹は大きくなっていないけれど、こうして支えてもらうと安心する。

 私がエルにもたれると、エルはとても嬉しそうな顔をする。

 本当は、こうして甘えるようなことをするのはとても恥ずかしい。でも、そうする度にエルは蕩けるような微笑みを見せてくれる。嬉しいというエルの気持ちが、これでもかというほど伝わってくるのだ。


「ドラゴンたちに会えるのは、とても嬉しいです。でも、こうしてエルと過ごせることが一番嬉しい……」


 だから、頑張って自分の気持ちを口にする。態度でも示す。今は二人きり、プライベートな時間なのだから。


「俺もだ。レティシア」


 エルが腰に回した手で私を引き寄せ、こめかみに唇を落とす。いつの間にかその手は私の髪を柔く梳き、やがて自分の方へ振り向かせる。

 エルの甘い視線が私を捕らえ、私は動けなくなり……。


「ん……」


 唇が重なる。胸の中に囲われ、何度も何度も優しく撫でられ、私は夢見心地になる。そして、互いの唇が再び触れ合おうとするまさにその時──


「エルキュール様、レティシア様、到着いたしました」


 と、御者の声がしたのだった。


「もう少しゆっくりしていたかったのにな」

「……エルったら」


 少し拗ねたようなエルが可愛らしい。

 私がクスクス笑っていると、エルは耳元でこそっと囁く。


「続きはまた後で」


 そう言われた瞬間、私の頬は赤く染まる。

 夫婦になり、そして私のお腹には子どもまでいるというのに、エルの甘い囁きには慣れない。いつだってドキドキさせられる。

 でも、そんなドキドキは、ある大きな音に吹き飛んでしまった。


「え……なに?」

「あぁ、また騒いでいるみたいだな」


 ドラゴン舎からは、ドラゴンたちの鳴き声やら、ドンドンという強く蹴るような音が聞こえてくる。

 もしかして、これが柵を壊そうとする音だろうか。


「エル、早く行きましょう」

「あぁ。だが慌てるな」


 走り出す勢いの私を留め、エルは私の手を引いてゆっくりと歩き出す。

 私はもう側にいるわ。もう少しよ。だから待ってて。私も皆に会いたかったの。

 そんな気持ちで少しずつドラゴン舎に近づいていくと、やがてピタリと音が止まった。


「止まったわ」

「おそらく、レティシアが来たのがわかったんだろう」


 そして、私たちは舎の中に入る。その瞬間、ドラゴンたちが一斉に私を見た。


「グルルルル……」

「グォ」

「グワォ」


 ドラゴンたちがそれぞれに鳴き始める。でも、声はそれほど大きくはない。ほんの小さく唸る程度。

 たぶん、ドラゴンたちはわかっているのだろう。大きな声を出してはいけないのだということを。

 私は彼らに近づき、笑みを向ける。


「ずっと来られなくてごめんなさい。でも、お世話係を困らせるなんて悪い子たちね。……私も、あなたたちに会いたくてたまらなかった」


 私は、ネージュ、フラム、シエルの順に鱗を撫でていく。

 彼らは嬉しそうに瞳を閉じたり喉を鳴らしたりして、私にされるがままになっていた。


 可愛い……。そして、愛しい。


「瞬く間におとなしくなったな。……まったく、これが癖になったらどうしようか」


 エルが困ったようにぼやいている。

 癖。それは、世話係を困らせると、私が来るということを学習してしまうということだろうか。……あり得る。

 私としては嬉しいけれど、これからはすぐに来られない時もあるだろう。どんどんお腹は大きくなっていくし、出産後もすぐに動けるかわからない。……動くつもりではいるけれど。

 だから、私は彼らに言い聞かせる。


「会えない時も、私はいつもあなたたちを想っているから。だから寂しがらないで。それに、会える時はもっと会いに来るようにするわ。だから、お世話係を困らせてはだめよ」

「グルゥ……」

「グワゥ……」

「グルルルル……」


 三頭はそれぞれに応えてくれる。彼らは賢いので、きっとわかってくれている。

 私は彼らに笑顔を見せ、そしてエルを見上げた。


「エルが忙しいのは十分にわかっているけれど、また連れてきてください。私はエルと一緒にここへ来たいから」


 エルは、参ったといったように笑った。


「レティシアには敵わない」


 そう言って、エルはできるだけここへ連れてきてくれることを約束してくれた。

 それがわかったのか、ドラゴンたちが何度もまばたきしたり、声をあげたりし始める。


「グワォ」

「ゴォ」

「グルッ、グルッ」


 とても嬉しそうだ。

 エルは私に敵わないというけれど、私にだけではない。


「お前たちにも困ったものだ」


 その証拠に、エルは相好を崩し、私と同じようにドラゴンたちの鱗を撫でていく。

 彼らはまた、嬉しそうに声をあげるのだった。




 了

番外編というか、小話になります。

たくさんの方にお楽しみいただけますように……。

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