08.見届け人(1)
「念願のドラゴンたちを見ることができて、どうだ?」
私はエルキュール様を見上げ、満面の笑みで答えた。
「素晴らしいですわ。どちらもとても頭がよさそうで、凛としていて、本当にかっこよくて素敵! 二人を見ているだけで、心が浮き立ちます!」
素でいいと言われたこともあり、私は公爵令嬢という仮面を取り去る。
そうしていいと思ったし、むしろそうしたいと思えたのだ。そして、その方がよりエルキュール様の心に寄り添える、そう感じた。そしてそれは、間違いではなかった。
エルキュール様はそっと私を引き寄せ、肩を抱く。
「他の令嬢なら卒倒しているところだろうが……素敵、ときたか。よかったよ、レティシア。君なら彼らを好きになってくれるだろうと思ったし、それに……」
その時、二頭のドラゴンが交互に音を出した。
二頭にとってみれば、ほんの微かなものだったろう。でもその勢いは想像以上に大きく、息だけで吹き飛ばされそうになってしまった。ゴォやら、ガゥという音が聞こえたけれど、きっとそれが彼らの声なのだろう。
叫びもせず目を丸くするだけの私を見て、エルキュール様の方が驚いているようだった。エルキュール様は私の身体を抱え、小さく笑いながら肩を震わせる。
「エルキュール様……?」
深いブルーグレーが、私の瞳を絡めとる。
「レティシア、私と正式に婚姻を結んでくれるだろうか」
「……っ」
その言葉に息を呑む。
もしかして……いや、もしかしなくても、これは結婚の申し込み?
婚約をしたからには、いつかは結婚する。でも私たちは、まだ婚約したばかりだというのに。
「君を私……俺の妻にしたい」
「エルキュール様……」
「早急だろうか? だが、俺の気持ちは初めから決まっていた」
スッと細められた切れ長の瞳に、甘い光が宿る。その瞳に吸い込まれ、溶けてしまいそうだ。
私は、力を抜いてエルキュール様に寄りかかる。エルキュール様は更に強く私を引き寄せた。
「エルキュール様がそう望んでくださるなら」
「俺は望んでいる。だが、レティシアも俺を望んでくれなければ意味がない。婚姻とは、本来そういうものだろう?」
私? 私の望み?
ブラン公爵家に生まれ、何不自由なく育てられ、望みは全て叶えられる。
事情を知らない他人からすれば、私はそんな風に見えるだろう。でも、実際は違っていた。
もちろん、何不自由なく育てられた。欲しいものは大抵手に入ったし、両親からも愛され、幸せな生活を送っている。そして、愛する妹もいる。
それでも、私は名門公爵家の長女であり、聖女であるために、いろいろなものを諦めてきた。その中に、愛する人との結婚がある。
貴族の令嬢として生まれたからには、愛情だけで結ばれることは許されない。そこには、必ず政治的要素が入ってくる。私の場合は聖女でもあるため、それに輪をかけて制約がかかるのだ。
それについてはもう、物心ついた頃にはわかっていた。だから、私を望んでくれる人の元へ嫁ぐことができるなら、それでいいと思っていたのだ。