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王太子妃になり損ねた公爵令嬢は氷の国で魔王に溶ける  作者: 九条 睦月


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53-2.黄金の海と新たな芽吹き(2)

 その後、私は寝室へ運ばれ、すぐさまお医者様の先生が呼ばれた。

 身体の不調は特にないはずと思いながらも、あんな風に倒れてしまっては、エルたちが心配するのも無理はない。

 エルが言わなくても、セシルや他の使用人たちは、先生が来るまで私をベッドから起き上がらせようとはしなかった。


「ふむ……」


 診察を終えた白髪に白髭の先生は、丸い眼鏡をクイと上げて頷く。そして、すぐ隣の部屋で待機していたエルとセシルを寝室へ呼んだ。


「先生、レティシアの具合はどうなんだ?」

「エルキュール様、とんでもないことが判明いたしました」


 え? とんでもないこと? もしかして、治らない病気……?


 頭が真っ白になった私は、先生に詰め寄るエルを止めることが出来なかった。先生は、エルに襟を掴まれて四苦八苦されているというのに。


「先生! レティシアに何があった? どんな病気だ?」

「……うっ、エ……エルキュ……」

「エルキュール様! 先生が苦しんでおられます!」


 セシルの叫びに、エルはようやく我に返った。

 先生はぜーぜーと苦しげに息をつき、恨めしそうにエルを見上げる。


「やれやれ。このおいぼれにトドメを刺すおつもりですか、エルキュール様」

「いや……その、悪かった。だが、レティシアが……」


 先生はコホンと一つ咳払いをすると、ニヤリと口角を上げる。

 どうしてここで笑うの?

 私たちが呆気に取られていると、先生は驚くべきことを告げた。


「おめでとうございます、エルキュール様、レティシア様。レティシア様のお腹には、お子が宿っておりますぞ」


 一瞬、この場がシーンと静まり返る。が、いち早く我に返ったセシルが私に抱きつき、号泣し始めた。


「レ、レティシア様あああああっ!」

「セシル……」

「おめでとうございます! 私、とても嬉しいです。本当に……」

「ありがとう、セシル」


 セシルは涙でぐしゃぐしゃになった顔を手の甲で拭い、取り乱して申し訳ございません、と侍女らしく頭を下げる。そして、エルにも深く頭を下げた。


「申し訳ございません、エルキュール様。私が我先にと出しゃばってしまいました」

「気にするな。ずっとレティシアの側で仕えてくれているんだ。感激するのも無理はない」

「ありがとうございます。そして、おめでとうございます、エルキュール様、レティシア様。それでは私、下がらせていただきます」

「あぁ、そうだ。他の使用人たちも心配しているだろう。先に伝えてやってくれないか?」


 エルの言葉に、セシルは大きく目を見開いて驚く。


「え……あの、私が皆にお知らせしてもよろしいのでしょうか?」

「あぁ。後で俺からも説明するが、先に知らせてやってくれ。きっと心配でやきもきしているだろうからな」

「はいっ! ありがとうございます!」


 セシルは私たちに明るい笑顔を残し、寝室を後にした。寝室を出た後のセシルの足音は小走りになっていて、私たちは顔を見合わせて微笑む。


「それにしても……意地が悪いな、先生は」

「エルキュール様ともあろうお方が、あれほど取り乱されるとは」


 先生は呑気にフォッ、フォッと笑っている。

 一見のんびりしていて春の陽だまりのような雰囲気を持つこの先生は、聞けばかなりの曲者なのだという。でも、腕は確か。リバレイ領の他のお医者様も、困った時にはこの先生を頼るのだそうだ。

 先生は、先代領主の頃からお抱えのお医者様で、エルを少年時代から知っているものだから、いまだにこうして揶揄ってきたりするらしい。魔王を揶揄うなんて、たいした強者だ。


「レティシアの中に、俺たちの子どもがいる……」


 エルは私に近寄り、優しくお腹に触れる。

 まだ実感はわかないけれど、名医の先生がそう言うのだからそうなのだろう。

 私はエルの手の上に、自分の手を重ねる。


「守るものが増えましたね」


 そう言うと、エルが大きく頷いた。私を見つめる視線の力強さに、どんな不安も吹き飛んでしまいそうだ。

 エルは私の肩を抱き、私を安心させるかのようにゆっくりと言葉を紡いだ。


「この子のためにも、リバレイ領を今よりもっと豊かで暮らしやすい地にする。皆が幸せに暮らせる、安住の地に。だがその前に、この子がこの世界に生まれるその日まで、なにがなんでも大事な宝を守りきらなくては。……それにしても、宝の数が増えるのは嬉しいものだな」


 何より大事な宝物。

 エルにとっては、私と新しく芽吹いたこの命。そして私にとっては、エルと……あとは同じだ。

 これまでは、互いがそれぞれの一番の宝物だった。それが、一つ増える。エルの言うとおり、これほど嬉しいことはない。


 私たちの様子を見て、先生がまたフォッ、フォッという楽しい笑い声を残して寝室を出て行った。

 後に残った私たちはというと、ひたすらお腹を撫でながら未来への夢を語り合う。今からこれでは、先が思いやられる。


「ありがとう、レティシア」


 心に沁みわたるような優しい声で囁くエルに、私はそっと寄りかかる。抱きかかえてくれるその腕が温かく、心地いい。その熱に身も心も溶かされてゆく。


「エル、愛しています」

「愛している、レティシア」


 愛を囁き、微笑みあう、そんな優しいひととき。

 これからも、そんな時間を過ごしていくのだろう。

 氷の国で、心優しい魔王とともに──。




 了

こちらで完結となります。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

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