51-2.人知及ばぬ地(2)
エルが私を抱きしめ、背中をさする。私はエルの腕にしがみつきながら、三頭の名前を呼んだ。
「ネージュ、フラム、シエル……!」
「大丈夫だ。こんなことは初めてだが、例がないわけではない」
「例……?」
取り乱した私を落ち着かせるように、エルは私の背をさすったまま説明する。
「かつて、ドラゴンたちがあの場所へ飛び立った後、戻ってきたという記録がある。あの場所は、人が立ち入れない場所だ。おそらく、あそこがレーヌの真の住処なのだろう。そして、三種のドラゴンたちの故郷でもあるのだと思う。ドラゴンたちは何十年かに一度、故郷に帰ると言われている。人とドラゴンの寿命は違う。人よりかなり長生きの彼らからしてみれば、人が一年に一度里帰りするのと同じ感覚なのかもしれないな」
「それが……今日ってことですか?」
「おそらくな」
里帰り……。そうか、あそこはドラゴンたちの故郷──。
私は涙を拭い、笑顔を見せる。動揺のあまり、早合点してしまった。
本当に突然だったから。突然、彼らとお別れなのかと思ってしまったから。
しかし、泣いてしまった自分を恥じながら彼らの飛んで行った方向を見た私は、またもや口を開けて驚く羽目になる。
「ネージュ、フラム、シエル!!」
「……なんて忙しない里帰りだ」
なんと、三頭は揃ってこちらへ向かってきていた。
本当にあの遠い場所に行ってきたのだろうか。
そんな風に疑ってしまうほど、一瞬の里帰り。でも、彼らは確かにあの場所へ行ってきたのだろう。その証拠に、鱗には氷の粒がびっしりと張り付いていたのだから。
「ゴォ」
「グルゥ」
「グワァ」
三頭が地面に降り立ち、ゆっくりとこちらに向かってくる。そして私たちの前までやって来ると、いつものように腰を落としてリラックスした状態になる。
私はすぐに立ち上がって、彼らの元へ駆け寄った。もちろん、エルも一緒だ。
「レティシア、鱗には触れるな。凍傷になってしまう」
「……残念です。撫でてあげたいのに」
「この氷は炎の中にあっても簡単には溶けない特別なものだ。フラムの体の氷も溶けていないだろう?」
エルの言うとおり、フラムの体にも氷がついている。ネージュは元々白いのでそれほど変わらないけれど、体の赤いネージュや、青いシエルまで真っ白になっていた。そのせいか、なんだか寒そうに見えてしまう。
「ドラゴンたちは大丈夫なんですか? 寒くないのかしら」
「問題ないな。皆、いつもより活き活きとしている」
「……確かに」
伸び伸びと水遊びもしていたし、故郷にも帰ったのだ。元気にならないわけがない。
撫でてあげられない分、私はいつも以上に彼らに話しかける。
「故郷は楽しかった?」
「グワォ!」
「あなたたちは水にも潜れるのね。私、知らなかったの。ドラゴンって本当にすごいのね!」
「ゴォ!」
「飛び立って行っちゃった時は、もう戻ってきてくれないのかと思ったわ。でも、すぐに戻ってきてくれた。本当に……よかった。ありがとう、戻ってきてくれて」
「グルゥゥゥゥ」
しばしドラゴンたちとの会話を楽しんだ後、私たちはカミーユとアリソンに呼ばれる。そろそろ邸に戻る時間になっていたのだ。
「ネージュ、フラム、シエル、皆で戻りましょう」
三頭は一斉にきゅっとまばたきをすると、体を起こす。そして、早くついてこいと言わんばかりに、勢いよく大空へと舞い上がった。
私たちから距離を取ってくれたから吹き飛ばされずに済んだけれど、それでもすごい突風にバランスを崩しそうになる。
「やれやれ。せっかちな奴らだな」
「ドラゴンたちは行動が素早いわ」
「あぁ。俺たちも急いで帰ろう」
ドラゴンたちに促されるように、私とエルは慌てて馬車に乗り、帰路を急いだのだった。




