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王太子妃になり損ねた公爵令嬢は氷の国で魔王に溶ける  作者: 九条 睦月


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50.祈り

 レーヌの審判の次の日、前日の天気が嘘であったかのように晴れ渡った。

 太陽が輝き、暖かな陽射しが降り注いでいる。凍てついていた木々の氷が溶け、その水滴が煌めいていた。


「なんて……キラキラしているのかしら」


 至る場所が宝石のように輝いていて、私はその光景を見た瞬間、うっとりと溜息を漏らす。


「おはよう、レティシア」


 背後から抱きしめられ、やんわりとこめかみに口づけが落ちてくる。

 先に起きて窓を眺めていた私を包み込むように抱き、エルは「風邪をひくぞ」と苦笑交じりに囁いた。


「ごめんなさい。あまりにも外の景色が美しくて、つい見入ってしまいました」


 カーテンの隙間から零れる光に気付くと、私はすぐさま外を確かめずにはいられなかった。ベッドを抜け出してカーテンを開けると、そこにはキラキラした風景が広がっていて──。


「今年もまた、女王には認めてもらえたようだ」

「信じていましたが、ホッとしました」

「朝食を済ませた後、レーヌに会いに行こう」

「はい! ……あ」

「どうした?」


 不思議そうな顔をするエルに私は微笑み、思い切り背伸びをして頬に口づける。


「ご挨拶がまだでした。おはようございます、エル」


 エルも柔らかな笑みを浮かべ、もう一度言った。


「おはよう、レティシア」


 互いの唇が重なる。そしてエルは、その唇を僅かに離し、そのまま低い声で囁いた。


「レーヌにレティシアを妻として紹介できることを、この上なく幸せに思う」

「……っ」


 腰が砕けるかと思うようなその声に、この殺し文句。

 顔から湯気が出てしまいそうで、私は咄嗟に両手で顔を覆った。


 *


 朝食を取り、出かける準備を済ませた後、私とエルはネージュたちのいる舎へ向かう。今日は彼らに乗っていかないけれど、ウイユ湖に行くことを知らせるためだ。

 彼らは、一年に一度のこの日のことをきちんと心得ている。だから、こんな風にわざわざ足を運ばなくても、自分たちで勝手に湖に向かうだろう。それでも、ちゃんと伝えたかった。

 三頭はそれぞれに鳴き声をあげ、私たちに応えてくれた。そして舎を出た後、湖に向かって飛び立つ。


「俺たちも行こう。あまり待たせると、ドラゴンたちの機嫌を損ねそうだからな」

「そうですね」


 私たちは顔を合わせて微笑み、待機している馬車に向かって歩き出した。


 *


 馬車に揺られること、二時間と少し。私たちはようやくウイユ湖に到着する。


「ゴォォォ」

「グワ~ッ」

「グルルルルゥ」


 三頭が湖の側で、ここだよと知らせるように私たちに向かって声をあげ、首をゆったりと上下させている。その様子が可愛らしすぎて、この場に画家がいれば三頭の姿を写し取ってもらうのに、なんてことを思ってしまった。

 私は三頭に向かって大きく手を振る。すると、三頭が再びグワォと鳴いた。

 湖から少し離れた場所に馬車を停め、私とエルは馬車を降りて湖の側へ移動する。背後にはカミーユとアリソンが控えていた。


 本来、エルがどこかへ行く際には、もっと大勢の人間が付き従う。けれど、ここは別だ。神聖な場所だし、目的も祈りを捧げること、それに昨日のレーヌの審判で賊がリバレイ領に忍び込むことはまず不可能だし、護衛などいらないくらいだ。それでも、何かあった時のために二人を連れてきている。

 まぁ……守られる対象のエル自身が、護衛を必要としないほど強いから、二人にとっては息抜きのようなものなのだけれど。そして私も、よほどのことがない限りは対処できる自信がある。


「ここは、いつ見ても美しいな。美しいだけでなく、畏怖の念も抱くが」

「そうですね……」


 底が見えそうなほど透明な清水、対岸が霞んで見えるほどの規模、鳥の鳴き声や木々のざわめきは聞こえるけれどどこか遠いように感じる神秘的な空間、その全てに圧倒される。ここは「聖なる地」なのだと思い知らされる。

 エルが静かに跪き、指を組む。私もすぐ隣でそれに倣った。


「かつてこの地を治めし氷の女王、レーヌよ……」


 エルが祈りの言葉を口にする。朗々と辺りに響く声が心地いい。私はその声に、私自身の感謝の思いを重ね、一心に祈り続けた。


「レティシア」


 数十分は経ったろうか。エルの声に、私は閉じていた瞳をゆっくりと開けた。


「終わったのですか?」

「あぁ。疲れただろう?」

「いいえ。祈りに夢中で、あっという間でした」

「そうか」


 エルが私の身体を支え、慎重に立ち上がらせる。ずっと同じ姿勢でいたので、足が少し痺れていた。エルが支えてくれなかったら、よろけてしまったかもしれない。


「ありがとうございます」

「あのベンチで休もう」

「はい」


 湖を見渡せる位置にあるベンチに腰掛け、私は空を見上げた。

 今日は風もほとんどない。ポカポカとした陽射しを浴びていると、眠くなってしまいそうだ。

 が、突如その静寂が破られる。

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