49.審判の夜
その日の夜からチラチラと雪が降り、早朝から吹雪となった。
雪はやがて氷となって、激しく吹き荒ぶ。粒が小さく細かいので、建物を壊したりといったことはないけれど、一日中強風が窓ガラスを通して不気味な音を立てるものだから、いやがおうにも不安が募る。
「すごい音……」
「そうだな。といっても、俺はもう慣れたものだが」
暗くなった窓の外を眺めながら憂える私を引き寄せ、エルが優しい声でそう言った。
女王の審判が怖くはないのだろうか。もちろん大丈夫だと信じているけれど、滅ぼされるなんて言われると、どうしたって不安になる。私ならきっと怯えてしまう。
私がエルを振り仰ぐと、エルは静かに微笑んでいた。
「心配しているのか?」
「……心配、というのとは少し違うような気がします。エルはいつだってリバレイ領の民を思い、この地を治めています。だから、女王レーヌもそれは認めてくれるはず、と信じています。でも、やっぱり怖い。エルが滅ぼされるというなら、私も一緒がいい……」
「まったく、君という人は……」
エルが私をきつく抱きしめ、肩に顔を埋める。大きく息をつくと、顔を上げ、不意に私を抱き上げた。
「エル!」
「俺は、滅ぼされるなら自分だけでいい。レティシアまで巻き添えを食うのはごめんだ」
そんなことを言うエルの襟元を掴み、私は首を横に振る。
「私は絶対に嫌です。滅ぼされるなら一緒に。リバレイ領の統治者はエルだけではありません。妻の私だって……」
「レティシア」
続きを唇で塞がれる。何度も口づけらては離れ、どんどんと深くなって私は息も絶え絶えになる。
ようやく唇が離れ、うっすらと目を開けると、トロリとした甘い眼差しが私を捕らえていた。
「女王レーヌはいつも正当な判断を下される。俺は、自分の考える正しい政を行ってきた。だから絶対に大丈夫だ。それに……今年はレティシアを妻に迎えた。レティシアがこの地へやって来たことは、レーヌにとっても至上の喜びだろう」
「それは……私が聖女だから?」
そう問うと、エルは頷きながら私を大きなベッドにそっと横たえる。そして、私の眦に唇を落とした。
「それもあるだろうが、それだけじゃない。レーヌはいつも俺たちを見ている。彼女は聖女としてだけではなく、レティシア自身を愛しいと感じているはずだ。この地を豊かにしたいと心を砕き、領民のために惜しみなく力を注ぐ、そんなレティシアの姿を見て愛さないわけがない。……レーヌは、これからもこの地を守る者として、俺たちに統治を委ねてくれるだろう」
確信を持ったエルの力強い言葉に、私は途轍もない安堵を覚える。
エルがこう言うなら、絶対に大丈夫。明日は、紛うことなく快晴だ。寒さも緩み、穏やかな一日になる。この一年を正しく生きてこられたと感謝し、また次の一年に向かう大切な一日に。
「明日、私たちはレーヌに祈りを捧げるんですよね?」
領民たちは休息日となり、好きなことをして過ごすのだけれど、私たちは違う。
休息日であることは変わらないので、仕事はしない。その代わり、ウイユ湖に出向き、レーヌに祈りを捧げるのだ。
「あぁ。三頭のドラゴンたちも一緒だ」
「ドラゴンたちも?」
「ホワイト、レッド、ブルーのドラゴンたちは、女王レーヌに従える聖獣とされている。だから、ネージュたちも連れていくんだ」
「そうなんですね」
知らなかった。でも、少し頷ける。
小型のグリーンドラゴンは人との距離も比較的近く、慣れやすい。しかし、他の三種類は違う。滅多に人前には姿を現さず、基本的に人には慣れない。エルやカミーユ、ファビアンが三種ドラゴンたちに認められているのは、かなり稀有なことなのだ。
そして私も──。
三頭があれほど懐いてくれるのは、やはり私が聖女だからなのだろうか。
だとしても、嬉しい。聖女でよかったと心から思う。リバレイ領に来てから、私は聖女である自分自身を肯定できるようになった。
「私……エルと結婚して、リバレイ領へ来ることができて、本当によかった」
「レティシア」
「本当の自分になれる場所、真の居場所を、ようやく見つけられたような気持ちです」
私は腕を伸ばし、エルの胸に顔を埋める。
エルは初めて会った日から、ずっと私を想い続けてくれた。それを感謝せずにはいられない。
「私はこれからの時間全てでもって、エルを想い続けていきたい。エルが私を想ってくれる以上の気持ちで、これからを生きていきます」
「……」
エルが強い力で私を囲う。
「そんなことを言われてしまったら、このまま黙って寝かせることなどできない……と言いたいが、今日は審判の日だからさすがに手を出せないんだが?」
エルの眉間には皺が寄っている。
困ったようなその表情に小さな笑みを零しつつ、私はエルの頬に口づけた。
「今夜は、ずっとこうしていたいです」
「……参ったな」
私の頭上で大きな溜息が聞こえる。そろりと見上げると、優しい視線とぶつかった。
エルは「おやすみ」と甘やかな声で囁くと、私の唇に長い口づけを一つ落としたのだった。




