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王太子妃になり損ねた公爵令嬢は氷の国で魔王に溶ける  作者: 九条 睦月


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46-3.ノースディア領(3)

「わぁ……」


 私は雪が詰まった大樽を前に、感嘆の声をあげた。

 暖かい部屋でしばしの団らんの後、雪が貯蔵されている部屋へ案内してもらったのだ。

 見上げるほどの大きな樽がいくつも連なっていて、それだけで迫力がある。


「これだけあれば、砂漠の民もノースディア領の民も、水不足から解放されますね」

「定期的に補充は必要だろうが、幸いリバレイ領には大きな湖もいくつかある。雪の季節が終わっても問題ないだろう」


 エルの言葉に私も頷いた。

 リバレイ領の気候は厳しいけれど、水については潤沢な地だ。

 雪と氷は溶ければ水になるし、エルの言ったとおり大きな湖だってある。しかも、とても美しいのだ。底まで見えるほどの透明度には驚かされる。


「水が確保できりゃ、作物を育てることもできる。食うものに困らなければ、金などさほど必要じゃない。暗殺を請け負う必要もなくなる。……皆、好き好んであんなことがしたいわけじゃないからな」


 カミルを見ると、彼はどこか遠くを見つめている。

 ふとした呟きだったけれど、そこに彼の本音が込められているように思えた。

 人を殺めなければ生きていけなかった。それが彼らの現実だった。

 なんて過酷なのだろう。

 カミルの言うとおり、何の恨みもない人間を手にかけるなんて、誰だってしたくない。その後の罪悪感は相当なものだろう。いや、そんなものを感じる余裕さえなかったかもしれない。それほどまでに、彼らは辛く険しい人生を歩んできたのだ。


「過去は変えられない。でも、未来はいくらだって変えられるわ。これからは、たくさんの人を救えばいい。私はそう思うわ」


 カミルやアシム、スードを励ましたくてそう言うと、彼らは驚いたように私を見た。そして、一様に目を細める。


「……ありがとな。俺、そういやあんたにまだちゃんと謝ってなかったな。あの時は本当に悪かった。このとおりだ」


 アシムが深々と頭を下げる。スードも「申し訳なかった」と言って同じように頭を下げた。


「え、あの……」


 動揺を隠せずにあたふたとするけれど、二人の真摯な気持ちが伝わってきて、私は嬉しくなる。

 するとカミルが、優しい顔でこう言った。


「これから俺たちは、お前が大切に思うものを守る。俺たちにとって聖女は、何物にも代えがたい大切な存在だ。だが、レティシアが聖女だからそうするんじゃない。魔王やクラウディア国に誓ったから、というのも違う。レティシアがそう願うからそれに応えたい、それだけだ」

「カミル……」


 カミルが一歩近づき、腕を伸ばす。

 私はとにかく驚きで固まってしまい、もう少しで彼の腕に捕まるというところで、反対側から伸びてきた腕に捕らわれた。


「カミル」

「チッ。もう少しだったのに」


 カミルの舌打ちに、エルがムッとした顔をする。アシムとスードは、やれやれと呆れた様子でカミルを窘めた。


「頭、人妻に手を出すのはダメだ。しかも、魔王が相手じゃ勝ち目がねぇ」

「なにをっ? お前は、俺より魔王の方がいい男だって言うのか?」

「そういう意味じゃない。愛し合う二人の間に頭の入り込む隙はない、とアシムは言っている」

「スード!」


 口喧嘩を始める三人を見て、思わず笑ってしまう。

 少々口汚い言葉が飛び交うけれど、本気で罵り合っているわけじゃない。むしろ、仲がいいという風に見えてしまうのだから不思議だ。

 私が微笑ましく三人を眺めていると、エルの腕に力がこもった。


「これだから、レティシアを彼ら……特にカミルと会わせたくないんだ」


 拗ねたような声が頭上から聞こえる。

 私はそっと見上げ、エルに笑顔を見せた。そして、エルにしか聞こえないように小声で囁く。


「そんな風に不機嫌になってしまうエルを見て、嬉しいと思ってしまう私を許してくださいね」

「レティシア」

「私がずっと側にいたいと願うのは、あなただけです。エル」


 エルはくしゃりと表情を崩し、眦を下げる。そして更に強く私を引き寄せると、皆に向かって言った。


「これからノースディア領を回ってくる。もちろんレティシアも連れて行くから、後はカミーユの指示で残りの作業を進めておいてくれ」

「え、おい! 魔王!」


 カミルの叫ぶ声が遠くなっていく。

 エルは私を連れて、貯蔵部屋を出た。エルの顔は、子どものような得意げな表情になっている。


「エル?」

「俺の側がレティシアのいるべき場所だ。いや、いてほしい」


 エルはぎゅっと私を抱きしめる。


「あまり可愛らしいことを言うと、このまま邸に連れ帰って寝室に閉じ込めたくなってしまう」

「……っ」


 真っ赤になった私の頬に唇を寄せ、エルが艶やかに微笑んだ。

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