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王太子妃になり損ねた公爵令嬢は氷の国で魔王に溶ける  作者: 九条 睦月


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45-2.雪の恵み(2)

 カミルが私に近づくと、ファビアンが前に立ちはだかった。

 カミルがもう警戒する対象ではないことはわかっているはずなのに、ファビアンは全身の毛を逆立てるように警戒し、緊張している。


「何もしやしない。レティシアに手を出せば魔王が黙っていない。俺だって、まだ命は惜しいからな」

「よくわかっているじゃないか」


 再び風が吹き込んでくる。でも、今度はすぐに扉は閉じられた。


「エル!」


 エルは私に向かって優しく微笑み、ファビアンには警戒を解くように手を挙げる。ファビアンは一礼し、後ろに下がった。

 エルは私の元へ歩み寄り、そっと頬を撫でる。


「土がついている」

「えっ!」


 夢中になって作業していたので、ちっとも気が付かなかった。

 私が顔を赤くすると、カミルが肩を揺すって笑う。


「元公爵令嬢であり、今はリバレイ領主夫人だというのに、本当に可愛らしいことだな」

「馬鹿になさらないでいただけないかしら? これでも私は……」

「馬鹿になんてしてねぇよ。民のために自らが動くなんざ、誰にでもできることじゃない」


 ムッとする私にそう言うと、カミルはまた笑った。

 皮肉げな笑みはかつて見たことがあったけれど、こんな風に屈託なく笑う彼は初めて見る。こうしていると、暗殺を生業としていたなんてとても信じられない。

 私は、ハッとしてユーゴを見遣る。表情は強張っていたけれど、もう震えてはいなかった。少し落ち着いたのだろう。顔が強張ってしまうのは仕方がない。ユーゴからすると、彼はトラウマなのだから。


「まったく。少し目を離すとこれだ」


 エルがやれやれというように溜息をついた。当のカミルはというと、飄々としたものだけれど。


「俺がレティシアに会いたいとわかっていながら、わざと会わせないようにするからだ」

「当然だ。お前は、俺の何より大事な妻を攫ったんだぞ」

「悪かったよ。だが、その件についてはもうかたが付いただろう? 終わったことをいつまでも愚痴るなんざ、魔王の器もたかが知れている」

「減らず口を」


 二人の視線がギラリと鋭く交差する。

 ひっ、とユーゴが小さく呻く。私は慌ててユーゴの背をさすって、彼を落ち着かせた。

 やり取りだけを聞くと、不穏なことこの上ない。でも二人の顔や空気を読むと、これはじゃれ合っているようなものだろう。……きっと。

 だけど、今にも戦いを始めそうにも見えるから、ユーゴが恐れるのも無理はない。

 私は一つ溜息を落とし、二人の間に割って入った。


「はい、その辺で収めてください。大切なリバレイ領の民を怖がらせないで」

「あはははは! さすがレティシアだ。本当に惜しいな。あのまま攫ってしまえればよかったのに」


 まだ言うの?

 私は呆れながら、カミルに言った。


「命が惜しいんでしょう?」

「そうだな」

「レティシア、そんな奴に近づくな」


 グイとエルに引き寄せられる。カミルは一瞬不機嫌そうな顔になったけれど、ひょいと肩を竦めるだけに留めた。

 私はカミルを見つめ、彼が今ここにいる理由を考える。何の理由もなくいるとは思えない。何か重要な用があるのだ。


 カミルは裁判で、砂漠の民を統一し、クラウディア国と協力関係を築くと誓った。今は、それに向けて動いているはずだ。

 カミルたちを好き勝手にさせるわけにはいかないから、監視も兼ねてエルが彼らの上に立っているのだけれど、着々と準備は進んでいるということだし、話を聞く上では二人の関係は良好のはずなのに。

 いや、良好なのだろう。だからこそ、カミルがこんな軽口を叩くことができるのだ。


「いつもはエルがあちらに行っていたのに、今日はカミルがこっちに来たのね」


 カミルは二ッと嬉しそうに笑い、頷く。

 こちらに来るのは今日が初めてではないと前置き、彼は私に今回の来訪の目的を教えてくれた。


「砂漠の民にとって、最強の武器をもらい受ける相談に来たんだよ」

「最強の武器ですって!?」


 そんなものがあるのだろうか。

 武器といえば、剣や弓を思い浮かべるけれど……もしかして、リバレイ騎士団を貸せと?

 エルはそれを了承したのだろうか。

 エルを見上げると、余裕の笑みを浮かべていた。


「レティシアが考えているものとは、おそらく違うものだ」

「え? でも、武器って……」


 エルは、おもむろに外を指差した。そこには、真っ白な景色が広がっている。

 私はそれを見つめるけれど、さっぱりわからない。

 いくら考えても答えに辿り着けない私を見兼ね、エルは言った。


「雪と氷だ」


 私はきょとんとする。

 雪と氷? 氷は加工すれば武器になるかもしれないけれど、雪は難しいのでは?


「それが武器ですか?」


 エルとカミルは、同時に頷く。


「砂漠の民が渇望するものはなんだ?」

「……あ!」


 ようやく思いつく。

 そうだ。砂漠には、生きるために必要不可欠な、あるものが不足している。それは……


「水。それがありゃ、戦わずとも勝てる」


 カミルは口角を上げ、得意げに胸を反らせた。

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